第九話
「ねぇねぇねぇねぇ。花って何?」
実習棟での一室でルイは、セイロから肉まんを取りながら言った。
その言葉にその場にいた三人はピクリと反応する。
三人が三人とも一瞬ピクリと眉根を寄せた。
その光景があまりにもおかしかったので、ルイは首をかしげる。
「花っていうと植物が生殖行動に使うやつだなぁ」
「……花粉飛ばす奴は危険。鼻がむずむずする」
シャルはノートにペンを走らせながら、エドガーは本を読みながら答えた。
サラはその二人の様子を見て困ったような顔をしている。
「むーーーーー!まともに答える気はないのかー!」
「いや、どの花か言ってくれないと答えようがないし。エドガー」
シャルは文字を書く手を止めノートを閉じてエドガーに渡す。
読んでいた本を閉じて机に置き、受け取ったノートをぱらぱらとめくり確認する。
中には今回ルイが企画したフェスの出し物の内容を詳しく書いて、やってもらいたいこと一覧とか書かれたページがずらーーーと最後のページ付近まで並ぶ。
「ナニコレ」
若干引きつった顔をしてもう一度見直す。
何度見なおしても内容が変わることはない。
「サラはこれお願い。がんば」
サラには4、5枚の紙を渡す。
「おい、なんか量違くないか?というか、そもそも何この企画書。一般の学生がやるには無茶な内容で組まれているわけですがぁ?」
そう言ってノートを机に叩き付ける。
「打ち上げ花火を魔法でやるっていうのはまぁあれだ。やりたくなる気持ちもわからないこともない。魔法にあこがれる者ならやりたくはなる。モノによっては比較的簡単にできるしな。問題はその先だ」
シャルはゴマ団子を取ってかじる。
聞いているのかいないのか表情を見る限りよくわからなかったが、エドガーは構わず続ける。
「打ち上げた花火の火の粉が妖精か精霊に変わってみんなとダンスとかアホかああああああああああああああああああああ!軽い雰囲気で上位魔法の召喚術入ってんじゃねーか!呼び出すってことは返すのも考えないとダメだろーが!それが計画に含まれてないとかどういうことだ!ってかその召喚した妖精とか精霊とかどうやって制御するんだボケ!」
ちゃぶ台があればひっくり返しそうな勢いでまくし立てる。
渡された紙の内容を確認したサラは、んーーと顎に手を当てて考える。
「でも、エディちゃん。出来ないことではないですよ?幸いにもまだ時間はありますし……え?どうかしました?」
ぎょっとした顔で一斉に見られてサラは戸惑う。
ルイとシャルは本当に驚いた顔で、エドガーは恥ずかしさと信じられないといった顔で。
エドガーはサラの前に歩み寄り、両肩に両手を乗せる。
「……サラ。その『エディ』っての誰に聞いた?」
怒りなのか悲しみなのか恥ずかしさなのか、それとも全部なのかよくわからない表情をするエドガーをまっすぐ見据え、サラは小首を傾げていった。
「エトラ学園長先生が、『あの子はそう呼ぶと喜ぶからぜひ』と教えていただいたのですが……違いましたか?」
「……うん、かなり違うね。頼むからヤメテ……自分で言った事あるけど、そういうの以外で言われるのすっごい恥ずかしいからヤメテ」
「……はぁ……」
エトラ相手ではどうしようもない、とエドガーはしょげて椅子に座る。
心なしか色が燃え尽きたように白く見えるのはきっと気のせいだ。
しばらくそっとしておいてあげよう、と視線を外す。
シャルはゴマ団子を持っていた手を濡れたタオルで拭き、参考書の一つを取りペラペラと読みながら口を開く。
「……ルイ、花なんだけど」
いきなり話が戻ってルイは戸惑って無駄に背筋を伸ばす。
「どうしてその話になったのか教えてくれないと、本当に答えようがないんだ。別に制約とかされてるわけじゃないんだけど、説明してもまともにわかってもらえないような事もあるにはあるから」
魔法の無い国にとっての魔法みたいに、と付け加えてシャルは表情を変えずに言う。
ルイは納得して、こくんと頷いた。
「今日の昼休みにシャルを探してた時の話なんだけど」
思い出しながら、少しずつ話した。
「僕と契約して子供を産んでよ」
そう言った青い髪の青年の顔に見覚えがないわけではなかった。
けれど霧がかかったかのようにぼんやりして思い出せないでいる。
甘い花の匂いがすこしずつ思考を奪っていく。
「そんなコト言われても知らない人となんてしたくないし。そのプロポーズの仕方なんか嫌な感じしかしないし」
と返すことでいっぱいいっぱいだった。
「そうか……今の流行だと聞いたんだけどなぁ……そうかぁ、だめかぁ」
青年の笑みが消えたと同時に甘い匂いが消える。
笑みがなくなったかわりに考え込まれてしまったけれど、まともに考えられるようになったルイはほっとした。
青年はルイから逸らしていた視線を戻してにっこり微笑んだ。
「僕はフラン・ローゼリウス。こんな見てくれだけど一応『花』だよ。君は?」
握手を求めるように手を出され、ルイは無意識にその手を握って答えた。
「ルイ・ミドルイアです」
「そう、ルイちゃんっていうんだ」
嬉しそうに、楽しそうにフランは笑って言った。
ルイの話を聞いてシャルは頭が痛くなってきた。
サラも本当に困った顔をしているし、エドガーに至っては……それどころではないようで話すら聞いていなかったようだ。
鞄から水筒を取り出して、紙コップに注いで飲む。
そしていろいろ考えた末、シャルは思いきることにした。
……まぁ逃げるも受けるもルイが決める事だし。
「……花っていうのは、その辺に生えてる花もあるけど。その人の言う花は似たようで違うもの。命の樹は知ってる?」
言いながら山積みの参考書から該当する本を探しだす。
「うん。魂の浄化をする樹だよね」
シャルは頷きながらその命の樹のイラストが載ってあるページを開いて見せる。
「うん。汚いモノ……俗にいう憎悪とか絶望とかの負のモノは、命の樹ではどうしても浄化できない。それを浄化するのが花」
ぺらっとページをめくる。
色んな形の花がイラストで載ってある。
ブロッサリア、ローゼリウス、ラベンディスという名前の花がそこにある。
「花はそう言ったものを吸収して、元素にかえてこちら側に送るんだ。根があちら側とつながってるツボミや、あちら側にまだ行っていない花は無意識だけどその変えた元素を出してる。だから花の近くでは元素もたくさんあるし、結果どんな種族のであれ文明が栄える」
ルイは花のイラストを見たり、文章を読んだりしながら首をかしげる。
……だって、どうみてもあの人は……
「でもあの人はどう見ても人間で、花じゃなかったよ」
サラは悲しそうな、シャルは寂しそうな顔をした。
とても胸が痛くなる表情に、ルイは言ってはいけなかったのかと後悔する。
「……花はイキモノを苗床にして成長する。成長した花はあちらに持っていかれて咲く。咲いた花は苗床に汚いモノをため込んで、元素を出す。基本的に苗床が汚いモノでいっぱいになったら、その花は枯れるし、イキモノも死ぬ」
「基本的に花は一子相伝です。子を成してその子が成人するまであちらにいけないし、老いることも死ぬことも許されません。花の契約者も然り」
ルイは自分が置かれた状態になんとなく気づき始める。
「え……じゃあ私は……?」
シャルはルイを見据えて言う。
「契約を受ければ花と同じ不老不死と名誉。受けなければ普通の人間のまま。決めるのはルイだ。無理やり契約はできないからその辺は大丈夫」
ルイはまだよくわからないけど、大変なことになっているのはわかっているのだろう、顔色が悪い。
……次から次へと……
少しうんざりしたように、深いため息をついた。