第十話
エトラは学園長室の扉を開けるなり目を丸くする。
そして次の瞬間にはため息をついて扉を閉めた。
「珍しい方がいらっしゃいますこと。今日は閉じこもってなくてもよろしいの?」
そう言って本棚の一つを扉のように開く。
その中にあるのは小さなキッチンだった。
そこで小ぶりのポットに茶葉を入れ、保温されているお湯を注ぐ。
そうして蓋を閉めてお盆にティーカップと砂糖の入った瓶、ティースプーンと一緒に乗せて応接テーブルに置く。
ソファーに深々と座っているフランはとても楽しそうだ。
「うん、今日はとても面白いコをみつけたからね」
「あらあら、今度はどんな子が目をつけられたのかしら。わたくし的には生徒に手を出さないで欲しいところなのですけれど」
「それならエトラが僕の相手をしてくれればいいのに」
子供の用にぶーとむくれる。
それを見て心底嫌そうな顔をしてフランと向かいあって座る。
「あら、気にいったコ気に入ったコに『僕と契約して子供産んでよ』なんて言う方と契約なんて嫌ですわ。いったいどこの未知の生物だよ、って感じです」
ティーカップに紅茶を注ぎフランと自分の前に置く。
「それは僕も知らないなぁ。今日のコは本当に面白かったよ。友人を探してたらしいんだけど、その最中笑ったり落ち込んだり怒ったり忙しそうで楽しそうだった。思わず塔を降りて話しかけちゃったよ」
「そんな理由で降りてこられても困るんですけれど。嫁探しはよそでやってください、よそで」
そう言ってティーカップを持ち上げ口をつける。
「ひどいなぁ。これでも僕はココの理事長だよ?君の上司だよ、じょ、う、し。シュデルテの時もそうだったけど、僕への対応おかしくない?もうちょっと敬ってくれてもいいんだよ?」
紅茶に瓶から砂糖をティースプーン山盛り五杯ほど入れてグルグルグルとかき混ぜる。
じゃりじゃりという砂糖の溶けきれてない音に、エトラは眉根を寄せた。
「夫と子供だけでなく孫までいる人に『僕と契約して子供産んでよ』とかいう人をどう敬えと?塔に引きこもってないで仕事してください仕事」
それを聞いて、わかってないなぁ、とでも言うような顔をして頭を大げさに何度か振る。
そして砂糖の粒がまだいくらか残っている紅茶を飲んだ。
「エトラ。僕の本業はね、子供を作ることなんだよ。王位は曽祖父が今の王族にあげちゃったけどさ、僕らの仕事は変わらないんだよね。理事だって、城が広すぎるし暇だから始めたに過ぎないんだ。学校作ったら思ったよりおっきくなっちゃった、テヘ♪って父の日記にも書いてあったし」
それを聞いて頭が痛くなってきた。
世界トップクラスとまで言われている我が校が、実はそんな軽いノリで始めましたとか本当に信じられなかった。
いや、先代の学園長でありシャルの祖母にあたるシュデルテに、かるーくではあるが話は聞いていた。
『理事長一族の話は頭が痛くなるからまともに聞かない方がいいわ。理想と現実でが違い過ぎて頭が痛くなるわよ』
実際に会って話を聞けばその通りで、たまの式典でしか見ない爽やかなイケメン理事長が実は子供っぽいナンパ師とか本当に頭が痛くなった。
……黙っていれば顔はいいのよ、顔は。
「あ、うんそりゃね。顔が良くなければ契約者探しもうまくいかないでしょ」
「……心を読まないでください」
エトラはため息をついてまた紅茶を飲む。
「そんなにしたいんですか。契約」
「うん、したいね」
思いのほかはっきりと答えたのでエトラはびっくりした。
なあなあで相手を探しているので、確かにしたいのだろうがそこまで即答ではっきり言うとは思わなかった。
「僕の母はね、未契約者なんだ」
それにも驚いた。
花の親には契約者がなるものだと思っていたからだ。
「最近……っていってもここ二、三代の話だけど多いよ、そういうの。父も母に契約を申し込んだんだって。母は父の身の回りの世話をするヒトでね、よく働くって評判も良かったらしい」
くるくるとスプーンで紅茶をかき混ぜる。
その渦を見ながらフランは言った。
「母は契約者になるのを断ったんだ。母も父のことを慕っていたし、周りにも『富も栄誉も貰えるのになんてもったいない事を!』って言われたらしい。でも嫌だったんだって。子を成すのはいいんだけど、契約は絶対に嫌なんだって」
「……それはまた何故……」
富も栄誉も不老不死でさえも手に入る。まさに夢のような話だ。
そんなものを断るのは確かにもったいないし、愚かとも言えなくもない。
それなのに断るのだ、よっぽどの理由があるのだろう。そう思った。
「『私は人間として生きて、人間として死にたいのです。旦那様の事をお慕いしていますし、長い時間を共に過ごせるのはとてもうれしいし魅力的でありますけれど。それでも私は人間でありたいのです』だって。母は僕を産んであっさり亡くなったし、それからの父はそれはもう見てられないほどだったらしいよ。僕はその父しか知らないからわからないけどね」
寂しそうに悲しそうに言った。
契約をしないという事は別れを言われるのと同じことだった。
花は跡継ぎがいなければいないほど、長い時間を生きる。
フランでさえそろそろ二百歳というところだ。
数えきれないほどの出会いも別れもした。
出会いはどれも楽しく、心躍るものであったが、別れはどれも悲しく、寂しかった。
「だからね、エトラ。僕は契約したいんだ。長い時を一緒にいて、最後は一緒に行ってもらいたいんだ。もう独りは嫌なんだ」
そう言ったフランは、本当にとても幼い子供に見えた。
「いや、だからどうしてそうなる。さっきも説明しただろうが!」
「そんなこと言われてもわからないものはわからないんですー!もっとわかりやすく説明してくださいっ」
エドガーとルイの言い合いを右から左へと受け流し、シャルはホーリーガーデンについて書かれてある本を読んでいた。
それには『花』がどんな姿かたちをしてどのような効果をもたらすかは書いてあっても、どうやって育ち枯れていくのかは書いていない。
それは『花』と契約者と関係者しかしらない。
ブロッサリアと書かれた文字の上にある白と黒の小さな花の絵を撫で、目を閉じる。
一面の白と黒の花と血の匂いがする土に発光する見たこともないほど大きな大樹。
思い出して髪飾りに手をやる。
それはシャルが『あちら側』に染まらないようにと渡されたものだ。
あくまでも侵食の進行を抑えるためのモノ。
……俺は行くなら独りがいい。
あんな場所に行くのも、つらい思いをするのも独りがいい。
そう思ってからゆっくり目を開く。
「……どうでもいいけど、俺帰っていい?寝たい」
帰る用意をしながら言った。
「「だめ」」
見事なハモりを披露し、その直後また言い合いを始める。
シャルはめんどくさい、と言いながら机に突っ伏しみんなには見えないように少し微笑んだ。




