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女子高の王子様は、アタシにだけ重すぎる   作者: ちーよー
泉 真琴 幸せの余韻
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79/80

第79話 恋人でしょ


「ほんと、バカ」


 私の頬を挟んだめるの指先が、小さく、小刻みに震えていた。

 そこから伝わる振動が、そのまま彼女の喉を震わせているかのように、頼りなく掠れた声がこぼれる。


 めるの瞳に溜まっていた涙が、とうとう一粒、頬を滑り落ちる。


「そんなふうに思ってたの? 」


 責める声音ではなかった、怒ってもいない。


 ただ、どうしようもなく悲しそうで。

 その表情を見た途端、また謝りそうになった私の唇を、頬を包んでいためるの親指が、そっと横から塞いだ。


 柔らかな指の腹から、彼女の熱が、直接伝わってくる。



「もう、ごめんって言わないで」

「でも……」

「アタシ、嬉しいんだよ」

 

 思いもしなかった言葉に、思考が止まって息を呑む。

 めるは大きな涙を零しながら、それでも愛おしそうに笑った。



「真琴が嫉妬してたことじゃないよ? それは……まあ、ちょっとだけ嬉しいけど」

「嬉しいの? 」

「ちょっとだけ……嘘、どちらかと言えば嬉しい」


 鼻をすすりながら、めるは慌てたように言い直す。


「でも、一番嬉しいのは、真琴がちゃんと話してくれたこと。怖かったことも、苦しかったことも、アタシに言ってくれたこと」


 頬を包む手のひらに、わずかに力がこもる。柔らかな肌を通じて、めるの熱がもっと深く私の中へと染み込んでくる。

 私が一人で築いた壁を、その手のひらが優しく壊していく。


「やっと、頼ってくれた」


 頼る?


 その言葉が、すぐには理解できなかった。

 私は今、めるを困らせている――醜い感情を押し付けて、泣かせて、それなのに。


「これが……頼ることなの? 」

「そうだよ」


 めるは迷わず頷いた。


「嬉しいことだけ話すのが恋人じゃないでしょ。苦しい時に苦しいって言って、嫌なことは嫌って言って、二人でどうするか考えるのも恋人じゃんね」


 そんなことを、私は一度も考えたことがなかった。


 弱さを見せることは、相手の負担になる。

 不安を口にすることは、嫌われる理由になる。


 ずっと、そう思っていた。


「それにさ」


 めるは涙を指で拭き取ると、少しだけ眉を下げた。


「アタシが真琴に告白した時と同じでしょ」

「同じ? 」


 何故か分からないけれど、めるにデコピンされた。


「いたい」

「真琴、覚えてない? 」


 しばらく私を見つめたあと、困ったように息を吐いた。


「じゃあ、教えてあげる」


 デコピンしてきた手が、私の手を取る。

 指と指が重なり、絡まった。



「泉さんに誰も近付かせたくないし、告白なんてさせたくない、そんなセリフ聞かせたくもない。泉さんはアタシのでいてよ……だよ。確かね」

「確か? 」

「アタシだって必死だったんだから、一語一句は覚えてない」


 そう言ってぷいと顔を背けたものの、絡められためるの指先には、照れ隠しのような強い力が込められていた。

 

 

「違う。『誰も泉さんには近付いて欲しくなかったし、告白なんてさせたくないし、聞かせたくもない。アタシだけの泉さんでいてよ』……だった」

「え? 一語一句、覚えてるの!? 」


 背けていた顔を勢いよくこちらに戻し、めるは目を丸くした。

 その勢いで、絡めていた指先がグッと引っ張られる。

 

「記憶力、良すぎでしょ……アタシは初めて人を好きになった」


 めるの声が、少しだけ掠れる。


「これだけは、はっきりと言える。好きになったのが真琴で良かったし、真琴が真琴じゃなきゃ、アタシは好きになっていない」


 喉の奥が熱く締め付けられて、返すための言葉が何ひとつ見つからない。

 めるが私にしてくれたことばかり数えて、自分が渡していたものには、一度も気付かなかった。



「アタシがどれだけ真琴に助けられてるか、真琴だけが全然分かってないんだよ」


 絡められた指が、強く握られる。


「アタシたち、どっちかがずっと助けるとか、助けられるとかじゃないよ」


 めるは私の手を、自分の胸元へ引き寄せた。


「真琴が一人で歩けない時は、アタシが手を引く。アタシが立ち止まった時は、真琴が隣にいてくれる」


 涙で滲んだ瞳の奥に、隠しきれない何かが揺れて、真っ直ぐ私を映している。


「それじゃ駄目なの? 」


 駄目なはずがなかった。


 私が欲しかったものは、きっと最初からそこにあった。


 同じことができなくてもいい。

 同じ強さでなくてもいい。


 どちらかが転びそうになった時、もう一人が手を伸ばせるなら。


 それを、対等と呼んでもいいのかもしれない。


「真琴はさ、アタシのヒーローなんだよ」

「……私が? 」

「そう。すっごくかっこいいヒーロー」

「助けてもらってばかりなのに? 」

「アタシだって助けてもらってるって、言ったじゃんね」


 溢れそうな涙を湛えて笑うめるの顔が近づき、互いの額が優しく触れ合う。

 至近距離で交わる視線から、めるの熱が容赦なく伝わってくる。


「それに、アタシのヒロインでもある」

「両方なの? 」


 小学四年生のあの日から、私にとってめるは、ヒーローでありヒロインだった。

 その眩しさに焦がれて、ずっと手を伸ばしてきた。なのに、私もめるにとっての『それ』になれていたなんて。

 


 涙でぐちゃぐちゃになったまま、私は小さく笑った。


「真琴は、アタシのヒーローで、ヒロインで」


 絡めた指を、もう一度強く握られる。  

 お互いの吐息がひとつの熱になるほど、私たちの鼻先がすぐ近くで触れ合った。


「誰よりも大切な、アタシの恋人だよ」


 恋人。


 何度口の中で転がしても幸せになれた言葉が、今は以前よりもずっと深い場所まで届いていく。


 憧れて、怖がって、失わないように抱え込んで。

 私はずっと、その言葉に相応しくなろうとしていた。


 けれど、最初から完成された恋人になる必要なんてなかった。

 分からないことは聞けばいい。

 苦しい時には、苦しいと言えばいい。

 間違えたら謝って、泣いたら抱き締めて、何度でも二人でやり直せばいい。


「……める」

「なに? 」

「私、これからも嫉妬するかもしれない」

「うん」

「また、不安になるかもしれない」

「うん」

「すぐには、変われないと思う」

「知ってる」


 あまりにもあっさり返されて、思わず目を瞬いた。


 めるは少しだけ笑う。


「アタシだって、すぐには変われないもん。だから、そのたびに話そ」

「嫌われるのが、怖くなっても? 」

「何回でも、好きって言う」

「信じられなくなったら? 」

「信じられるまで言う」

「面倒じゃない? 」

「真琴の面倒なら、見る」

「……重いよ」

「真琴にだけは言われたくない」


 とうとう、二人で笑った。


 泣きながら笑うなんて、少し前の私なら想像もできなかった。


 めるの手が、頬から背中へ回る。

 私も今度は迷わず、その身体を抱き締めた。


 助けてもらうためではなく。

 離さないためでもなく。

 ただ、同じ温もりを分け合うために。


 互いの吐息が混ざり合う距離で、どちらからともなく。

 ただ引き寄せ合うようにして、静かに唇を重ねた。 

 触れた場所から、せつないほど確かな熱が溶け出してくる。



「好き。大好き」


 耳元で、めるが囁く。


「私も、大好き」


 何度も伝えてきた言葉なのに、今日初めて、何一つ隠さず言えた気がした。


 嫉妬する私も。


 弱くて、臆病で、すぐに扉の向こうへ逃げ込もうとする私も。

 全部を見せたうえで、私はまだ、めるの恋人でいられる。


 何度も何度も掛け直してきた、あの鍵はもう、どこにも見当たらなかった。

 閉じ続けていた扉の向こうへ、柔らかな光が差し込んでいる。

 もう、めるに連れ出してもらうだけじゃない。

 これからは私自身の足で、その光の中へ歩いていく。



 隣には、めるがいる。手を繋いで、歩幅を合わせながら。


 小学生の頃に始まって、一度は終わらせようとした恋。

 長い間、誰にも言えず、胸の奥だけで守り続けてきた想い。



 私の初恋は、終わらなかった。


 今、ようやく。


 誰よりも大切な、私の恋人との物語になった。

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