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交代

 橋前市場に、少し奇妙な公告が張り出されたのは、その日の朝だった。


『管理長代理任命』


 市場がざわつく。


「代理?」

「玲司管理長どうした?」


 橋前市場では、今まで玲司が中心だった。


 物流。

 制度。

 交渉。


 ほぼ全て、玲司を軸に回っていた。


 だからこそ。


 “代理”という言葉だけで、街全体が揺れる。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その反応を静かに見下ろしていた。


(……まぁこうなるか)


 民主制最大の試験の一つは、“最初の権力交代”だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが橋へ上がってくる。


「本当にやるのか!?」


「やります」


「いや、“数日管理所来ません”って軽く言ってるけど、お前この街の中心だぞ!?」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 だからこそ必要だった。


 “あの人がいないと回らない”状態は危険だった。


 制度ではなく、人格依存になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも急すぎない?」


 エルザが静かに聞く。


「皆、かなり不安そうよ」


「だから今やります」


 玲司は静かに答えた。


 制度は、平時でしか調整できない。


 崩壊寸前で交代練習をしても遅い。


「前世でも、“突然トップ消える”って結構起きたので」


 エルザが少し眉をひそめる。


「妙にリアルなのよね最近」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、代表会議が開かれていた。


「本日より三日間、管理長代理をボルドが務める」


 ざわつく。


 ボルド本人が一番困惑していた。


「いや待て待て待て!」


「聞いてねぇ!」


 玲司は静かだった。


「前から補佐入ってましたよね?」


「それと実際やるのは違ぇんだよ!」


 笑いが起きる。


 だが同時に。


 皆、本気で緊張している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“玲司抜き運営テスト”か」


 カルムが低く呟く。


 玲司は頷いた。


 民主制安定条件の一つは、“交代可能性”だった。


 誰が辞めても、暴走せず回る。


「都市って、多分“交代できない瞬間”から危なくなるので」


 ボルドが頭を抱えた。


「最近のお前、本当に制度設計者なんだよな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 玲司は、本当に管理所へ来なくなった。


 一日目。


 代表会議は大混乱だった。


「予算書どこだ!?」

「議題整理されてねぇ!」


 ボルドが叫ぶ。


「玲司ぃぃぃ!!」


 市場中に笑いが広がった。


 だが。


 少しずつ。


 補佐役が整理を始める。


 若手が議事録をまとめる。


 代表同士で進行を調整する。


 完全ではない。


 だが。


 止まっていない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 二日目。


 西側商隊との調整が発生した。


「管理長呼ぶか?」


 一瞬空気が止まる。


 だが。


「……いや、まず代表会議でやる」


 ボルドが低く言った。


 皆が少し黙る。


 民主制とは、“誰かが解決してくれる”構造から離れていく制度だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 三日目。


 橋前市場は、少し疲弊しながらも、普通に回っていた。


 物流も動く。


 会議も続く。


 夜警も巡回する。


 完璧ではない。


 だが


 崩壊していない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……戻ってきたわよ」


 エルザが橋へ立つ玲司へ声をかける。


 玲司は静かに市場を見下ろしていた。


 橋前市場は、今日も動いている。


 自分がいない間も。


 ちゃんと。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、嬉しそうだな」


 ボルドが疲れ切った顔で橋へ上がってくる。


 玲司は少しだけ黙った。


 前世では、必要とされることが重要だと思っていた。


 だが今は違う。


 制度を作る側になると分かる。


 本当に成功した仕組みとは、“作った人間がいなくても続く”ものだ。


「……多分」


 玲司が静かに言う。


「やっと、“街”になったんだと思います」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 第二橋から見える橋前市場は、以前と少し違って見えた。


 玲司が指示しなくても、人が動く。


 会議が開かれる。


 公告板が更新される。


 代表が議論する。


 若手が走り回る。


 街そのものが、少しずつ“自立”し始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、そのうち本当に隠居しそうよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく苦笑した。


「……前世の建国世代、引退後かなり暇だったのかもしれませんね」


 夜の橋前市場では、“誰かが支配する街”ではなく、“人が入れ替わっても続く街”という新しい空気だけが、静かに灯りの中へ根付き始めていた。

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