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 役職引継ぎ制度開始から数日。


 橋前市場は、以前より妙に忙しくなっていた。


「議事録こっち!」

「会計帳簿更新したか!?」


 管理所では、若い補佐役たちが走り回っている。


 少し前まで、橋前の運営は玲司中心だった。


 だが今は違う。


 少しずつ。


 街が“玲司なしでも動く形”へ変わり始めていた。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その光景を静かに見下ろしていた。


(……ようやくここまで来たか)


 制度完成の条件は、“創設者が消えても回る”ことだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが橋へ上がってくる。


「最近、お前呼ばれる回数減ってるぞ」


「良いことですね」


「普通ちょっと寂しがるだろ!?」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 以前なら、問題が起きるたび玲司が呼ばれていた。


 だが最近は違う。


 代表会議で処理される。


 補佐役が整理する。


 若手職員が回す。


 つまり。


 橋前市場は、“玲司個人”から離れ始めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも本当にそれでいいの?」


 エルザが静かに聞く。


「ここ、ほとんどあなたが作った街でしょ」


 玲司は少しだけ黙った。


 創設者依存は危険だ。


 優秀な人間が全部抱えるほど、次が育たない。


 だから。


 どこかで、手放さなければならない。


「多分、“俺が必要なまま”だと制度失敗なんです」


 エルザが少し目を細めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、代表会議が開かれていた。


「市場税調整案は――」

「いや、まず宿側物流整理を」


 怒号。


 議論。


 対立。


 だが。


 以前と違う。


 玲司がほとんど喋っていない。


 ボルドが違和感顔で横を見る。


「……本当に口出さねぇんだな」


「最近、皆ちゃんと議論できてるので」


 玲司は静かに答えた。


 民主制成熟とは、“トップ不在でも回る”ことだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“玲司が管理しなくても動く街”になり始めてるのか」


 カルムが低く呟く。


 玲司は頷いた。


 安定した制度ほど、個人能力依存が薄かった。


 誰かが辞めても続く。


 失敗しても修正される。


 だから長持ちする。


「都市って、多分“特定個人が消えたら終わる状態”危ないので」


 ボルドが遠い目をした。


「最近のお前、本当に引退前の建国者なんだよな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い補佐役が駆け込んでくる。


「西側商隊との調整、代表会議だけでまとまりました!」


 空気が少し静まる。


 以前なら、玲司が前へ出ていた案件だ。


 だが今は違う。


 橋前市場自身が処理している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、嬉しいのか?」


 ボルドが低く聞く。


 玲司は少しだけ空を見る。


 前世では、“必要とされる”ことは良いことだと思っていた。


 だが今は違う。


 制度を作る側になると分かる。


 本当に安定した社会とは、“誰か一人へ依存しない”社会だ。


「……多分」


 玲司が静かに言う。


「一番成功した制度って、“作った人間が不要になる制度”なんだと思います」


 その声は小さい。


 だが静かに管理所へ広がっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前広場では、若い補佐役たちが公告板を書き換えていた。


「次回代表会議予定!」

「討論参加者募集!」


 少し前まで、統治は遠いものだった。


 だが今は違う。


 若い世代が、当たり前のように街を運営している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“橋前が玲司の街じゃなくなり始めてる”のか」


 エルザが静かに呟く。


 玲司は少しだけ黙った。


 前なら、その言葉へ抵抗感があったかもしれない。


 だが今は違う。


「……それでいいんだと思います」


 静かな声。


 制度とは、“個人の所有物”ではなかった。


 社会側へ渡していくものだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 第二橋から見える橋前市場には、以前より多くの人影があった。


 議会灯。


 夜警。


 公告板。


 若手補佐役。


 代表会議。


 玲司が指示していない場所でも、街が動いている。


 玲司はその光景を静かに見下ろしていた。


 優秀なリーダーが社会を動かすのだと思っていた。


 だが今は違う。


 “普通の人間たちが回し続けられる状態”こそが、本当の安定なのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、そのうち本当に引退宣言しそうよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく苦笑した。


「……建国世代、引き際かなり難しかったんでしょうね」


 エルザが少し吹き出した。


 夜の橋前市場では、“誰かに頼る街”ではなく、“皆で回し続ける街”という新しい空気だけが、静かに灯りの中へ広がり始めていた。

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