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扇動

 政治疲れが広がり始めた頃。


 橋前市場では、別の空気が少しずつ強まり始めていた。


「結局、会議ばっかで何も決まってなくね?」

「昔の方が早かった気がする」


 酒場。

 市場。

 橋の下。


 最近、そんな言葉が増えている。


(……危ない流れだな)


 民主制疲労が起きると、必ず現れるものがあった。


 “全部まとめて解決してくれる強い誰か”を求める空気だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが少し険しい顔で橋へ上がってくる。


「最近、“議会潰せ”って言い始めてる連中いる」


 玲司は少しだけ目を細めた。


「どの辺です?」


「市場南側の酒場周辺」

「最近、“強い管理長が全部決めればいい”って演説してる奴がいる」


(……来たか)


 民主制は疲弊すると、“単純解”が支持を集め始める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも実際、今の橋前って面倒じゃない?」


 エルザが静かに聞く。


「会議長いし、決まるの遅いし」


「その通りです」


 玲司は否定しなかった。


 民主制は遅い。


 非効率だ。


 時には馬鹿みたいに回りくどい。


 だが、“効率だけ”を優先した社会ほど、最終的に危険だった。


「多分、“面倒だから危険を防げる”部分あるので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場では、一人の男が木箱の上へ立っていた。


「聞け!」


 人々が振り向く。


「最近の橋前、会議ばっかりだ!」


「税も減らねぇ!」

「話し合いばっかで遅ぇ!」


 周囲がざわつく。


 男はさらに続けた。


「昔はもっと簡単だった!」


「玲司管理長が決めれば全部早かった!」


 歓声が上がる。


 玲司は少し離れた位置から、その様子を静かに見ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……結構支持あるわね」


 エルザが小さく言う。


「ありますね」


 玲司は静かに答えた。


 民主制は常に、“効率への誘惑”と戦っていた。


 強い指導者。


 迅速決定。


 複雑な議論の省略。


 人は疲れるほど、単純さへ惹かれる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“自由が面倒になってる”のか」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は頷いた。


 民主制は矛盾している。


 自由を維持するには、参加と忍耐が必要になる。


 だが


 人はずっと政治へ熱意を保てない。


「都市って、多分“無関心と独裁欲求”が周期的に出るので」


 ボルドが遠い目をした。


「最近のお前、本当に国家崩壊シミュレーションみてぇなこと言うな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 男の演説は続いていた。


「議会なんか要らねぇ!」


「強い管理者一人でいい!」


 拍手。


 歓声。


 だが同時に。


「いや危なくねぇか?」

「最近の井戸整備、議会通したからだろ」


 反論も飛び始める。


 空気が割れている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……止めないの?」


 エルザが静かに聞く。


 玲司は少しだけ黙った。


 民主制最大の難しさはそこだった。


 “民主制を壊す意見”すら、自由の中へ現れる。


 だが。


 そこで封殺すると、逆に正当化される。


「……多分、言わせた方がいいです」


「え?」


「不満を地下化すると、もっと危険なので」


 その声は静かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前市場では、演説を巡る議論が続いていた。


「会議減らした方がいい」

「でも一人に任せるの怖ぇぞ」


 以前なら、こんな議論は存在しなかった。


 だが今は違う。


 人々は、“民主制そのもの”について考え始めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、怖くないのか?」


 ボルドが低く聞く。


「皆、“面倒だから自由いらねぇ”って言い始めるかもしれねぇぞ」


 自由は疲れる。


 議論は面倒だ。


 だから


 人は時々、自分から権利を手放したがる。


「……多分」


 玲司が静かに言う。


「民主制って、“便利だから残る制度”じゃないんだと思います」


 ボルドが少し黙った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 橋前広場では、演説台の周囲でまだ人々が話していた。


「やっぱ強い奴必要じゃね?」

「いや最近、前より公平にはなった」


 意見は割れている。


 だが


 誰も剣を抜かない。


 誰も暴力へ走らない。


 皆、“言葉で制度を揺らしている”。

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