表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/90

倦怠

 修正版予算案成立から数日。


 橋前市場は、以前より静かになっていた。


 だが。


 それは安定とは少し違う。


「最近また会議かよ……」

「正直もう何やってるか分かんねぇ」


 市場でも。

 宿でも。

 工房でも。


 少しずつ、政治への熱が冷め始めていた。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その空気を静かに見下ろしていた。


(……来たか)


 人は疲れる。


 議論にも。

 選挙にも。

 対立にも。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが珍しく静かな声で橋へ上がってくる。


「最近、集会参加人数減ってる」


「でしょうね」


「最近本当に冷静すぎて怖ぇよ……」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 民主制最大の敵は、独裁だけではない。


 無関心。


 政治疲れ。


 “どうせ変わらない”という空気。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも、前より平和じゃない?」


 エルザが静かに聞く。


「揉め事減ったし」


「表面上はですね」


 玲司は静かに答えた。政治参加率低下は危険だ。


 関心を失う。


 監視をやめる。


 すると


 制度は急速に形骸化する。


「最近の橋前、“制度疲労”始まりかけてるので」


 エルザが少し眉をひそめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場では、代表会議報告が張り出されていた。


『市場税一部調整』

『工房排水整備開始』

『宿区画井戸増設進行中』


 以前なら人だかりができていた。


 だが今は違う。


 立ち止まる人間が減っている。


「……最近、皆見なくなったな」


 カルムが低く呟く。


「慣れ始めたんです」


 玲司は静かに答える。


 民主制とは日常化すると、“空気”になる。


 最初は熱狂する。


 だが次第に、当たり前になっていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“政治そのものに飽き始めてる”のか」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は頷いた。


 民主制最大の皮肉はそこだった。


 安定するほど、人は政治を意識しなくなる。


 問題が起きない。


 だから、関心を失う。


「都市って、多分“平和になるほど政治見えなくなる”ので」


 ボルドが遠い目をした。


「最近のお前、本当に政治学の嫌な部分だけ理解してんな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い職員が駆け込んでくる。


「市場側、“代表会議長すぎる”って苦情増えてます!」


 ボルドが吹き出した。


「もう民主制への愚痴始まった!」


 玲司は小さく息を吐いた。


(まぁ当然か)


 民主制は面倒だ。


 遅い。


 複雑。


 決まらない。


 だから時々、“強い独断”が魅力的に見える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前市場では、酒場で住民たちが話していた。


「最近、昔の方が楽だった気もするな」

「まぁ今は全部話し合いだからな……」


 以前なら危険な発言だった。


 だが今は違う。


 民主制そのものへの不満も、表へ出始めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、怖くないのか?」


 ボルドが低く聞く。


「皆、“面倒だから強い奴が決めろ”って言い始めるかもしれねぇぞ」


 玲司は少しだけ空を見る。


 人は効率を求める。


 議論より即断を好む。


 だから


 民主制は自動で続かない。


「……多分」


 玲司が静かに言う。


「民主制って、“維持する努力”必要なんだと思います」


 その声は小さい。


 だが静かに夜風へ溶けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに公告板を見る。


「……興味深いですね」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 民主制最大の敵は、外敵だけではなかった。


 慣れ。


 無関心。


 疲労。


 制度は、使われなくなると急速に弱る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 橋前広場では、公告板の前を素通りする人間が少し増えていた。


 以前なら、皆立ち止まっていた。


 だが今は違う。


 慣れた。


 飽きた。


 橋前市場では、“自由に決められる”という当たり前になり始めた権利だけが、静かに人々の日常へ溶け込み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ