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反対派

 代表会議開始から数日。


 橋前管理所は、以前とはまるで違う空気になっていた。


「市場税軽減を――」

「いや先に井戸整備だ!」


 怒号。


 議論。


 机を叩く音。


 以前の橋前なら、管理所とは“決定を伝える場所”だった。


 だが今は違う。


 “意見が衝突する場所”になっている。


(……完全に議会化したな)


 民主制とは“全員が仲良くなる制度”ではなかった。


 むしろ逆だ。


 対立を、制度へ押し込める仕組みだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが疲れ切った顔で橋へ上がってくる。


「最近、代表同士ずっと揉めてる!」


「でしょうね」


「最近お前、本当に“でしょうね”しか言わねぇな!?」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 市場代表ラグスは減税重視。


 宿代表ミーナは治安と井戸整備。


 工房代表ガルンは排水と設備拡張。


 利害が違う。


 つまり。


 ぶつかる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でもこれ、失敗なんじゃない?」


 エルザが静かに聞く。


「前よりまとまってないわよ?」


 玲司は少しだけ黙った。


 民主制初期は大体混乱する。


 議論が増える。


 意思統一が遅れる。


 対立が可視化される。


 だが。


 それは崩壊とは違う。


「多分、“対立が見えるようになった”だけです」


 エルザが少し眉を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場では、新しい紙が配られていた。


『市場代表団声明』


『宿区画優先政策へ反対する』


 さらに別の紙。


『宿区画連盟声明』


『減税偏重政策へ懸念』


 ボルドが頭を抱える。


「……もう完全に政党なんだよなぁ」


 玲司は小さく息を吐いた。


(まぁ自然発生するよな)


 代表制が始まると、必ず“継続的な支持集団”が生まれる。


 つまり。


 政党化だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……なんか最近、“味方”とか“反対側”とか言い始めてるわね」


 エルザが紙を見る。


「前世でもそうでした」


 玲司は静かに答える。


 民主制では、支持集団が固定化する。


 与党。

 野党。

 支持層。


 完全な一致は存在しない。


「都市って、多分“対立したまま共存する技術”なので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い職員が駆け込んでくる。


「市場側、“代表会議内容全部公開しろ”って要求してます!」


 ボルドが吹き出した。


「監視強化まで始まった!」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 民主制は止まらない。


 透明化。

 監視。

 情報公開。


 一度始まると、市民はさらに権限確認を求める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当にここまで予想してたのか?」


 ボルドが呆れたように聞く。


「多分、“反対され続ける”のも必要なので」


 その声は静かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 代表会議では、議論がまだ続いていた。


「減税しろ!」

「治安崩れたら終わりだ!」


 怒号。


 机を叩く音。


 完全に割れている。


 だが。


 誰も剣を抜かない。


 誰も“反逆”とは呼ばない。


 皆、“反対意見が存在する前提”で話している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“反対派が存在していい社会”になったのか」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は頷いた。


 民主制最大の特徴は、“反対しても社会から排除されない”ことだった。


 負けても残れる。


 反対しても生きられる。


 だから。


 暴力化しにくい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに代表会議を見る。


「……危険ですね」


「何がです?」


「橋前市場、“忠誠”ではなく“支持”で動き始めています」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 民主制とは、人格への絶対服従ではない。


 支持する。


 反対する。


 また次で変える。


 それを繰り返す構造だった。


「最近、周辺領地でも“橋前では反対派が許されている”と噂です」


 ラウスは苦笑する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 橋前広場では、代表会議の結果を巡って人々がまだ議論していた。


「市場側の言い分も分かる」

「でも宿不足本当に危険だぞ」


 誰も完全には一致しない。


 だが。


 誰も“従え”だけでは終わらせない。


 皆、この街の方向について話し続けている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、そのうち絶対“与党調整役”で徹夜するわよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく苦笑した。


「……前世の官僚、本当に大変だったんでしょうね」


 エルザが少し吹き出した。


「最近、本当に妙な方向で現実見えてるのよね」


 夜の橋前市場では、“反対しながら同じ街で生きる”という新しい空気だけが、静かに灯りの下へ根付き始めていた。

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