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演説

 夜間騒音規制案提出以降、橋前市場は妙な熱気に包まれていた。


「宿区画優先しすぎだろ!」

「いや最近夜うるせぇんだよ!」

「工房止めたら物流死ぬぞ!」


 橋前広場では、毎日のように議論が続いている。


 橋前市場そのものが、“議論する都市”へ変わり始めていた。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その空気を静かに見下ろしていた。


(……そろそろ必要か)


 都市が複雑化すると、“方針”を示す存在が必要になる。


 ただ制度を作るだけでは、人はまとまらない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが橋へ上がってくる。


「最近、“結局橋前をどういう街にしたいんだ”って声増えてる」


「でしょうね」


「いやお前、最近全部“でしょうね”で返すな」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 予想はしていた。


 都市政策が増えるほど、人は“目的”を求め始める。


 何のために。

 どこへ向かうのか。


 説明できなければ、不信へ変わる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……で、どうするの?」


 エルザが静かに聞く。


「また公告?」


「今回は違います」


 玲司は橋前広場を見る。


「直接話します」


 エルザが固まった。


「……演説?」


「近いですね」


 前世では普通だった。


 だが今は違う。


 この世界では、平民へ“都市理念”を語る領主側人間など存在しない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場には、大量の人が集まっていた。


「なんだ?」

「管理長が話すらしいぞ」


 ざわめきが広がる。


 玲司は広場中央へ立った。


 視線が集まる。


 期待。

 不満。

 警戒。


 この街の未来を左右する存在として見られている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「まず確認します」


 玲司が静かに口を開く。


「最近の橋前市場、かなり揉めてます」


 周囲が少し静まる。


「宿区画」

「市場区画」

「工房区画」


「皆、優先したいものが違う」


 誰も否定しない。


 今の橋前市場は、完全に利害が分裂し始めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも」


 玲司が静かに続ける。


「それって、多分“街になった”ってことだと思います」


 一瞬、空気が止まった。


 玲司は橋前市場を見る。


 少し前まで、ここは未来のない辺境村だった。


 物流も。

 市場も。

 選択肢もなかった。


 だが今は違う。


 皆、“どういう街にしたいか”を考えている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「前の橋前は、“生きるためだけの村”でした」


 玲司の声は静かだった。


「でも今は違う」


「住みたい」

「商売したい」

「もっと良くしたい」


「そう思う人が増えた」


 周囲が少し静まる。


 都市とは単なる建物ではない。


 そこに住む人間が、未来を考え始めた時、初めて都市になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……じゃあ、橋前はどうなるんだ?」


 誰かが聞いた。


 玲司は少しだけ黙った。


 都市計画には必ず理念がある。


 経済都市。

 港湾都市。

 学術都市。


 街は、“何を目指すか”で形が変わる。


「多分」


 玲司が静かに言う。


「“人が集まっても壊れない街”を目指します」


 ざわめきが止まる。


「物流が増えても」

「人口が増えても」

「意見が割れても」


「それでも回り続ける街」


 その声は大きくない。


 だが静かに広場へ広がっていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当に市長みたいになってきたな」


 ボルドが呆れたように笑う。


 玲司は少しだけ空を見る。


 都市理念なんてパンフレット用の言葉だと思っていた。



 理念とは、“バラバラな人間が同じ方向を見るための言葉”

なのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに広場を見る。


「……危険ですね」


「何がです?」


「人々が、“橋前市場の未来”を本気で信じ始めています」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 都市は理念で膨張する。


 夢。

 期待。

 未来像。


 それが人を集める。


「最近、周辺領地でも“橋前には思想がある”と言われています」


 ラウスは苦笑した。


「普通、村にそんなものありません」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前広場では、人々がまだ話し続けていた。


「壊れない街、か……」

「まぁ最近、本当に人増えすぎだしな」


 完全な賛同ではない。


 だが。


 少しだけ、皆が同じ方向を見始めている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、本当にそのうち選挙演説始めそうよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……人口増えたら、多分必要ですね」


 エルザが深くため息を吐いた。


「もう完全に都市国家なのよ……」


 夜の橋前市場では、“壊れない街”という新しい言葉だけが、静かに人々の間へ広がり始めていた。

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