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世論

 公告板設置から数日。


 橋前市場では、人の流れが少し変わり始めていた。


「とりあえず公告見てから行くか」

「最近、先に情報確認する奴増えたな」


 以前なら、噂がそのまま市場を駆け巡っていた。


 人々は、“確認”をするようになり始めている。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その様子を静かに見下ろしていた。


(……情報流れ変わり始めたな)


 都市は“共通認識”を持った瞬間に変わる。


 皆が同じ情報を見るようになると、空気そのものが変わる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが走ってくる。


「公告板、今度は逆効果だ!」


「何がです?」


「皆、“書かれてないこと”まで気にし始めてる!」


 玲司は少しだけ目を閉じた。


(……まぁそうなるか)


 情報公開が始まると、人は逆に“空白”を気にし始める。


 書いてない。

 説明がない。

 つまり隠してるのでは。


 そう考える人間が出る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……人間って面倒ね」


 エルザが公告板を見る。


「かなり」


 玲司は即答した。


 情報社会は便利になった。


 だが同時に、“疑う能力”も強化された。


 人は、情報が増えるほど安心するとは限らない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場では、大勢の人が議論していた。


「井戸増設、南区画優先なのなんでだ?」

「宿密集率高いかららしいぞ」


 以前なら、ただの噂で終わっていた。


 皆、公告情報を前提に議論している。


 カルムが少し驚いた顔をした。


「……最近、住民の話レベル上がってねぇか?」


「ですね」


 玲司は頷いた。


 情報アクセスが増えると、市民は政策を理解し始める。


 そして。


 意見を持ち始める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“街の方針”について皆が考え始めてるのか」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は静かに答える。


 以前の橋前市場は、“管理される側”だった。


 今は人々が、“街をどうするべきか”を語り始めている。


「最近の橋前、“住民”じゃなく“市民”に近づいてる」


 ボルドが固まる。


「シミン?」


「街の構成員です」


 前世では当たり前だった。


 この世界では、平民が“都市運営の当事者”になること自体が異常だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも、それって危なくない?」


 エルザが静かに聞く。


「皆が好き勝手言い始めたら」


「危険ですね」


 玲司も否定しなかった。


 世論は暴走する。


 感情。

 流言。

 短期利益。


 全部、都市を揺らす。


「でも、“無関心”よりは多分マシです」


 その声は静かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当に変わったな」


 ボルドが少し笑う。


「前は“効率良い街”しか見てなかった」


 玲司は少しだけ黙った。


 都市とは、“そこに住む人間が何を望むか”で変わる。


「多分、都市って“共同幻想”なので」


 ボルドが吹き出した。


「最近の言葉、難しくなってきたな!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに広場を見る。


「……興味深いですね」


「何がです?」


「橋前市場、“世論”が形成され始めています」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 支持。

 反発。

 期待。


 数字ではなく、空気で政策が変わることもある。


「最近、周辺領地でも“橋前は住民の声が政策へ影響する街”と言われています」


 ラウスは苦笑する。


「普通、そんな村存在しません」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い職員が駆け込んでくる。


「工房区画、“夜間騒音規制強化案”提出しました!」


 ボルドが頭を抱えた。


「もう完全に議会都市じゃねぇか……」


 玲司は小さく息を吐いた。


(……でも悪くない)


 都市が成熟する時、人々は“要求”を出し始める。


 つまり。


 街を、自分たちのものだと思い始める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前広場では、人々が公告板を囲みながら議論を続けていた。


「宿区画、次は水道増やすべきだろ」

「いや工房排水先だ!」


 騒がしい。


 今の議論は、“奪い合い”だけではない。


 “どういう街にしたいか”を含み始めている。


 玲司は少し離れた位置から、その光景を静かに見ていた。


 世論なんて曖昧なものだと思っていた。


 あれは多分、“都市に住む人々の集合意思”そのものなのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、そのうち本当に演説とか始めそうよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……説明責任あるなら、多分必要ですね」


 エルザが遠い目をした。


「もう本当に王様じゃなく市長なのよ……」


 夜の橋前市場では、“この街をどうしたいのか”という無数の声だけが、静かに広場を満たし続けていた。

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