表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/94

街区会議

 公開会議から数日。


 橋前市場の空気は、以前と少し変わっていた。


「井戸増設、本当に検討してるらしいぞ」

「夜警配置変わるって」

「宿区画整理もやるらしい」


 管理所の決定は“突然降ってくるもの”だった。


 だが今は、人々が“自分たちの意見が街へ反映される”と感じ始めている。


 玲司は第二橋の中央から、その様子を静かに見下ろしていた。


(……少し空気変わったな)


 参加型都市運営では、“決定内容”以上に、“参加感”が重要視されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが橋へ上がってくる。


「最近、変なこと起きてるぞ」


「何です?」


「住民同士で話し合い始めてる」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 市場区画では、店主たちが集まって何か話している。


「夜の荷車通行減らせないか?」

「宿密集区、水足りねぇよな」


 以前なら、全部管理所へ直接怒鳴り込まれていた内容だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……悪くないですね」


 玲司が小さく呟く。


「悪くないのか?」


「かなり」


 都市が大きくなると、行政だけでは処理しきれなくなる。


 だから地域単位で自治組織が生まれる。


 町内会。

 自治会。

 商店会。


 都市とは、“小さな管理単位”の集合体だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、新しい木板が広げられていた。


『市場区画』

『宿泊区画』

『工房区画』


「……街区分け?」


 カルムが低く呟く。


「ですね」


 玲司は頷く。


「区画ごとに代表出してもらいます」


 ボルドが嫌そうな顔をした。


「また管理制度増えた……」


「今の橋前、人口増えすぎて中央管理限界なので」


 巨大都市ほど分権化する。


 全部を中央で処理すると、逆に機能停止する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも、“代表”って揉めない?」


 エルザが木板を見る。


「揉めますね」


 玲司は即答した。


「かなり」


 住民参加型都市運営は綺麗事ではない。


 利害。

 騒音。

 税。

 土地。


 全部ぶつかる。


「でも、“参加してない不満”よりはマシです」


 エルザが少し笑う。


「最近、ちゃんと政治っぽくなってきたわね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前広場では、初めての“街区会議”が開かれていた。


「宿区画代表、誰やる?」

「市場側から二人出せ!」


 以前なら、ただの村人だった人間たちが、今は“街の運営”について議論している。


 玲司は少し離れた位置から、その様子を静かに見ていた。


 住民自治なんて教科書の単語だった。


 誰か一人が作るものではない。


 無数の利害と、無数の生活が重なって成立する。


 その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに近づいてくる。


「……驚きました」


「何がです?」


「普通、急成長都市は中央集権化します」


 玲司は少しだけ目を細めた。


「でも今のハルグ村、“住民参加型”へ向かってる」


 ラウスは広場を見る。


「最近、周辺領地でも話題ですよ」


「今回は何です?」


「“橋前市場は、住民が街運営へ口を出せる”と」


 ボルドが吹き出した。


「そんな噂になるのかよ!」


「かなり異常です」


 ラウスは苦笑した。


「普通、村民は“従う側”ですから」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも、これで正しいのか分からないですよ」


 玲司が小さく呟く。


 参加型都市計画は万能ではなかった。


 話し合いが長引く。

 合意できない。

 感情論になる。


 効率だけなら、トップダウンの方が速い。


「珍しいわね」


 エルザが少し笑う。


「あなた、迷うんだ」


「都市って、正解一個じゃないので」


 玲司は苦笑した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 橋前市場では、街区ごとの集まりがまだ続いていた。


「工房区、騒音時間決めるか?」

「宿区画は井戸増設優先だな」


 少し前まで、未来のない辺境村だった場所だ。


 人々が、“自分たちの街”を自分たちで話し始めている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


 都市とは巨大インフラだと思っていた。


 都市とは、“他人同士が共存方法を探し続ける場所”なのかもしれない。


 その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、そのうち本当に議会とか作りそうよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……人口増えたら、多分必要ですね」


 エルザが額を押さえた。


「もう誰かこの人止めて……」


 夜の橋前市場では、街区ごとの議論の灯りだけが、静かに広がり続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ