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外壁構想

 都市計画図が公開されて以降、橋前市場では未来の話ばかりが飛び交っていた。


「第二市場、本当に作るのか?」

「住宅区ここまで広がるのかよ……」

「中央広場って祭りやる場所らしいぞ」


 以前なら、明日の食事や宿代の話ばかりだった。


 今ら人々は、“未来の街”を語り始めている。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その光景を静かに見下ろしていた。


(……でも、広がるなら必要になるな)


 都市が成長すると、必ず“境界”が必要になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが木板を抱えてやって来る。


「お前また変な図描いてるだろ!」


「そこまで変じゃないです」


 玲司は少しだけ笑った。


「外壁案です」


 ボルドが固まる。


「……は?」


「都市外周防壁ですね」


「やっぱり国家作る気じゃねぇか!!」


 橋の上へ声が響いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、再び大きな木板が広げられていた。


 そこへ玲司が、炭で円弧を描いていく。


『外周壁』

『見張り塔』

『検問門』


 室内が静まり返る。


「……本当に描きやがった」


 カルムが呆然と呟く。


「必要なので」


 玲司は静かに答える。


 都市は無限に広がれない。


 だから管理境界が必要になる。


「今のハルグ村、人の流入量増えすぎてる」


「まぁ最近凄ぇな」


「だから“誰が入ってるか”管理しきれなくなる」


 都市境界には役割がある。


 防犯。

 課税。

 検疫。

 物流管理。


 つまり“都市管理ライン”だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも壁なんて、盗賊対策だけじゃないの?」


 エルザが図面を見る。


「半分は」


 玲司は頷く。


「でも本質は“流れの制御”です」


「流れ?」


「人」

「荷物」

「税」


 都市ゲートは物流制御点だ。


 高速道路の料金所。

 港湾検問。

 空港税関。


 全部、“都市へ入る流れ”を管理している。


「今の橋前市場、もう無秩序流入始まってるので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当に都市そのものを設計してるな」


 カルムが低く呟く。


 以前なら笑っていただろう。


 橋。

 税制。

 治安。

 金融。


 全部、本当に形になっている。


「最近分かってきた」


 カルムは図面を見る。


「お前、“村を豊かにする”とかじゃねぇんだな」


 玲司は少しだけ空を見る。


 都市とは“巨大な管理構造”だ。


 水。

 人流。

 税。

 防災。


 全部、制御されている。


「都市って、“制御”しないと壊れるので」


 玲司が静かに言う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが図面を見ながら、小さく息を吐いた。


「……周辺領地が警戒する理由、分かりました」


「何か問題あります?」


「問題しかありません」


 ラウスは真顔だった。


「市場だけならまだ良かった」

「ですが今のハルグ村、“都市防衛構造”へ入り始めている」


 ボルドが吹き出した。


「言い方が完全に危険国家なんだよ!」


「ですが実際、普通の村ではありません」


 ラウスは静かに続ける。


「最近、“橋前経済圏”という言葉まで出始めています」


 玲司は少しだけ黙った。


 都市圏は周囲を飲み込む。


 だから都市は、時に国家以上の力を持つ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でも、本当に必要なの?」


 エルザが静かに聞く。


 玲司は窓の外を見る。


 橋前市場。

 増え続ける人。

 荷車。

 商人。


「……今はまだいりません」


 玲司は静かに答えた。


「でも十年後、多分必要になる」


 部屋が静まる。


 その言葉を、誰も笑えなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 都市計画図の隣へ、新しい図面が掲示され始めていた。


『外周構想案』


 人々がざわつく。


「なんだこれ……」

「壁?」

「本当にここまで大きくなるのか?」


 少し前まで、この村には未来そのものが存在しなかった。


 だが今は違う。


 未来図があり、防衛構想があり、“都市として生き残る方法”まで考え始めている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


 街が大きくなるほど、守るべきものも増えていく。


 その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、絶対そのうち国家名まで考え始めるわよね」


 隣のエルザが遠い目をする。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……まぁ、都市圏名くらいは必要かもしれませんね」


 エルザが深くため息を吐いた。


「もう駄目だわこの人……」


 夜の橋前市場では、“未来の都市外壁”を描いた線だけが静かに灯りへ照らされていた。

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