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値上がりする土地

 北側空き地の売買話は、その日のうちに村全体へ広まった。


「橋前近くの土地を買いたいらしい」

「商人が倉庫作るって」

「いや、宿屋になるって話だぞ」


 数日前まで見向きもされなかった空き地だ。だが今は違う。橋前市場が賑わい始めたことで、“橋へ近い”というだけで価値が生まれ始めていた。


 玲司は橋の上から、その様子を静かに見下ろしていた。


「……顔怖いぞ」


 隣でボルドが苦笑する。


「いや」


 玲司は小さく息を吐いた。


「思ったより早いなって」


「何がだ?」


「土地の値上がりです」


 ボルドは怪訝そうな顔をした。


「土地ってそんな急に価値変わるもんなのか?」


「変わりますよ」


 玲司は即答する。


「人が集まり始めた場所は、一気に変わる」


 前世でもそうだった。再開発予定地。新駅計画。大型商業施設。そういう情報が出た瞬間、土地価格は動き始める。


 重要なのは“今”ではない。


 人は、“未来に人が集まる場所”へ金を出す。


「でもまだ何も建ってねぇぞ?」


「だからです」


「……?」


「今が一番安い」


 ボルドが少し黙る。


 そして橋前を見る。


 荷車。

 露店。

 行列。

 笑い声。


 確かに、数日前とは別世界だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司様」


 後ろから声がした。


 振り返ると、見覚えのない男が立っていた。細身で、服装はかなり上等だ。村人ではない。


「どちら様で?」


「南方商会の者です」


 男は丁寧に頭を下げた。


「少し土地の件でお話を」


 玲司は内心でため息を吐いた。


(もう来たか)


 早い。


 だが不思議ではない。


 商人は“匂い”に敏感だ。利益の出る場所には、すぐ人が寄ってくる。


「橋前北側の空き地、商会として購入を検討しております」


「目的は?」


「倉庫と宿泊施設です」


 やはりそう来た。


 物流拠点化が始まれば、次に必要になるのは保管機能と宿泊機能だ。


「ただ……」


 男が少し言いづらそうに続ける。


「最近、値段が急に上がっておりまして」


 ボルドが吹き出した。


「昨日まで誰も欲しがってなかったのによ!」


 男は苦笑する。


「商人は現金ですので」


 玲司は橋前を見る。


 これは当然の流れだった。


 だが同時に、危険な兆候でもある。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「何か問題でも?」


 商人が玲司の顔を見る。


 玲司は少し考えた。


「……上がりすぎると危ない」


「危ない?」


「土地だけ買われ始める」


 前世でも何度もあった。


 人が住むためではなく、値上がり期待だけで土地が買われる状態。


 投機。


 それが始まると、街は歪む。


「今はまだ大丈夫です」


 玲司は橋前を見る。


「でも、ちゃんと管理しないと崩れます」


 商人は少し不思議そうな顔をした。


「発展しているのに、崩れる?」


「発展するから崩れるんですよ」


 ボルドが「また難しいこと言ってるな……」という顔をする。


 だが玲司にとっては自然な感覚だった。


 都市は、成功した瞬間から問題を抱え始める。


 人が増えれば、渋滞が起きる。


 地価が上がれば、格差が生まれる。


 便利になれば、人が集中しすぎる。


 前世で見た都市も全部そうだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前には今日も人が溢れていた。


 だが玲司の視線は、少し離れた北側空き地へ向いていた。


 今は草地だ。


 だがもう長くはない。


 倉庫が建ち、宿が建ち、店が増える。


 そうやって街は大きくなる。


 そして同時に、別の問題も生まれる。


「……都市って面倒だな」


 思わずそう呟いていた。


 すると隣でエルザが笑う。


「今さら?」


「前から思ってましたよ」


「でも楽しそうに見えるわ」


 玲司は少し黙った。


 前世では、街を変えたいと思っていた。


 だが実際には、数字と会議ばかりだった。


 今は違う。


 目の前で本当に街が変わっていく。


 その感覚だけは、少し面白かった。

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