区画整理
橋前市場は、朝から騒がしかった。
「だからここは俺の場所だって言ってるだろ!」
「昨日はそっちだっただろうが!」
露店商同士の怒鳴り合いに、周囲の商人たちも迷惑そうな顔をしている。数日前までは人のいなかった場所だ。
だが、人が集まり始めた瞬間、“場所”そのものに価値が生まれた。
玲司は橋の端に立ちながら、その様子を静かに見ていた。
「どうする?」
ボルドが面倒そうに頭を掻く。
「放っておくと毎日こうなるぞ」
「ですね」
玲司は地面を見る。人の流れはかなり増えていた。だがその分、通路が詰まり始めている。
特に露店が好き勝手に広がり始めたことで、歩行導線と荷車導線が混ざり始めていた。
このままでは、いずれ機能不全になる。
「縄あります?」
「縄?」
「区画引きます」
ボルドが呆れたような顔をした。
「また始まったな……」
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一時間後。
橋前の地面には、縄による簡易的な線引きが作られていた。
「ここからここまでが出店区画」
「中央は荷車」
「橋側は歩行用」
玲司が説明すると、露店商たちは困惑した顔を見せる。
「なんでそんな面倒なことを?」
「好きにやらせろよ」
玲司は冷静に橋前を指差した。
「今、人が増えてるからです」
「……?」
「好き勝手に店を広げると詰まる」
「詰まると人が嫌がる」
「人が減る」
商人たちが黙る。
「橋前が強いのは、“流れ”があるからです」
玲司は縄で引いた中央部分を見る。
「だから流れを止めたら終わる」
前世でも同じだった。商店街でもイベントでも、導線設計を失敗すると一気に人が離れる。
重要なのは、“人が気持ちよく動けること”だった。
「……なるほどな」
最初に頷いたのは、意外にもバルクだった。
「隊商も通りやすい」
「はい」
「荷車が動ければ、俺たちは寄りやすい」
周囲の商人たちも少しずつ納得し始める。
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「だが勝手に区画を決める権利がお前にあるのか?」
低い声が飛んだ。
カルムだった。
後ろには村役人らしき男たちもいる。
「橋前は村の土地だ。流民のお前が好きに仕切っていい場所じゃない」
周囲の空気が少し張る。
だが玲司は落ち着いていた。
「じゃあ誰が管理するんです?」
「それは……」
「今まで管理してなかったからこうなったんですよ」
カルムの顔が歪む。
「好き勝手言うな」
「好き勝手やってたのはそっちです」
玲司は橋前を見る。
「人が増えても放置」
「導線も放置」
「場所争いも放置」
「それじゃ街にならない」
カルムが苛立ったように一歩前へ出る。
「たかが数日上手くいった程度で、知ったような口を……!」
「数日で変わるってことは、元が悪かったってことですよ」
一瞬、空気が止まった。
ボルドが「うわぁ……」という顔をする。
だが玲司は本気だった。
前世でも何度も思ってきた。
改善余地が大きい場所ほど、少しの修正で劇的に変わる。
ハルグ村も同じだ。
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「面白い」
その時、橋の向こうから声が聞こえた。
エルザだった。
今日は護衛だけでなく、測量道具のような物まで持った人間を連れている。
「父が言っていた通りね。あなた、本当に街を作り始めてる」
玲司は少し眉を上げる。
「測量ですか?」
「ええ」
エルザは橋前を見回した。
「橋前周辺の土地利用を正式に見直すことになったわ」
周囲がざわつく。
カルムの顔色が変わった。
「エルザ様、それは早計です!」
「でも結果は出てるでしょう?」
エルザは静かに橋前を指差した。
人。
荷車。
露店。
笑い声。
ほんの一週間前まで、ここには何もなかった。
「税収報告も増加してるわ」
「宿屋の利用者も増えてる」
「空き店舗も埋まり始めてる」
エルザは玲司を見る。
「だから父は決めたの。この流れに投資するって」
玲司は橋前を見渡した。
変わり始めている。
しかも想定以上の速度で。
前世では、何かを変えるのに何年もかかった。会議をして、調整して、責任を押し付け合って、結局何も変わらないことも多かった。
だが今は違う。
目の前で街が動いている。
その感覚に、玲司自身がまだ少し驚いていた。




