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エピローグ

 橋前市場。


 今では、南部街道でも名の知られた交易都市になっていた。


 大型商隊が集まる。


 夜でも灯りが消えない。


 公開議会。


 代表会議。


 公告板。


 討論。


 投票。


 少し前まで、この世界には存在しなかった光景だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……また揉めてる」


 市場広場を見下ろしながら、エルザが呆れたように言う。


 下では代表会議後の住民たちが言い争っていた。


「市場税高ぇ!」

「いや井戸予算削るな!」


 怒号。


 野次。


 ため息。


 騒がしい。


 だが。


 誰も剣を抜かない。


 誰も街を壊そうとしていない。


 皆、“次の会議”がある前提で怒っている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その光景を静かに見つめていた。


 橋前市場へ来てから、何年も経った。


 最初は、ただ生き延びるためだった。


 物流改善。


 市場整理。


 治安維持。


 そこから少しずつ、制度が生まれた。


 代表制。


 公開議論。


 任期制限。


 憲章。


 最初から、理想国家を作るつもりだったわけじゃない。


 ただ。


 壊れにくい街を作ろうとしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに橋へ上がってくる。


「南部連盟、“橋前方式研究会”設立だそうです」


 玲司は少しだけ吹き出した。


「本当に名前定着したんですね」


 ラウスは苦笑する。


「最近では、“代表制物流都市”を真似し始める街まで出ています」


 前世でも、制度は戦争より、模倣で広がることが多かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも、完全に平和になったわけじゃないんでしょ?」


 エルザが静かに聞く。


「かなり揉めてます」


 玲司は即答した。


 実際。


 橋前市場では今も対立が続いている。


 市場区画と宿区画は予算で揉める。


 若手代表と古参代表は衝突する。


 投票率低下問題も出始めている。


 時には、“強い管理者へ戻すべきだ”という声すら出る。


 完璧ではない。


 むしろ、ずっと不完全だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……じゃあ、民主制って結局何なんだ?」


 ボルドが隣へ立ちながら聞く。


 玲司は少しだけ黙った。


 前世では、民主制とは“正しい制度”だと思っていた。


 だが。


 橋前市場で見続けてきたものは違った。


 正しくはない。


 効率も悪い。


 面倒で。


 遅くて。


 揉め続ける。


 それでも。


 誰か一人へ全部を押し付けない。


 間違えても戻せる。


 壊れそうになっても、対話で繋ぎ直せる。


 多分。


 それが本質だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……多分」


 玲司が静かに言う。


「民主制って、“完璧な社会を作る制度”じゃないんだと思います」


 夜風が橋を吹き抜ける。


「“不完全な人間同士が、完全には分かり合えなくても、それでも同じ場所で生き続けるための仕組み”なんだと思います」


 誰もすぐには答えなかった。


 橋前市場の灯りだけが、静かに川面へ揺れている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 遠くでは、若い補佐役たちが公告板を書き換えていた。


 玲司が教えた世代ではない。


 さらに次の世代だ。


 彼らはもう、“公開議会”を当たり前だと思っている。


 投票も。


 代表制も。


 議論も。


 最初から存在していたもののように扱っている。


 制度とは、多分そういうものだった。


 誰かが苦労して作り。


 次の世代は、それを“普通”として受け継ぐ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、結局歴史変えたんだな」


 ボルドが低く呟く。


 玲司は少しだけ苦笑した。


「分かりません」


 静かな声。


「でも」


「橋前市場で、“誰かが全部決めるしかない”って思わない人は、少し増えたかもしれません」


 前世でも、民主制とは、

 “権力者を信じる”制度ではなく、

 “権力を一人へ集めすぎない”ための制度だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。


 橋前市場の灯りは、今日も消えない。


 誰かが議論する。


 誰かが反対する。


 誰かが譲歩する。


 誰かが怒る。


 それでも。


 街は続いていく。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その灯りを静かに見下ろしていた。


 民主制とは、完成済みのシステムだと思っていた。


 だが今は違う。


 あれは多分。


 人間が、

 何度失敗しても、

 何度対立しても、

 それでも“同じ社会で生きること”を諦めないための技術だったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、また別の街で変な制度作りそうよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく苦笑した。


「……人類、多分ずっと試行錯誤してるので」


 橋前市場の灯りが、静かに夜空へ広がっていく。


 それは。


 誰か一人の光ではない。


 無数の不完全な人間たちが、

 揉めながら、

 迷いながら、

 それでも消さずに守り続けている灯りだった。


 その灯りは、

 今日も静かに、

 橋の向こうで揺れ続けていた。

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