あなたに愛を注ぎたい
明け方早く、キャスリン・コートウェルは目を覚ました。
隣にいるアイザック・コートウェルはまだぐっすりと眠っているのだろう、健やかな寝息が規則正しく聞こえている。
今朝はなぜか胸躍る予感がする。キャスリンはそっとベッドを抜け出し寝室の隣にある自分の部屋に向かった。
少しずつ朝日が当たり始めた鏡台の前に座る。すると程なく、懐かしい温かなオーラに包まれた。
「エレン……!」
鏡の中から小さな妖精が姿を現した。紫色の髪を結い上げ赤い石のかんざしを差した、双子の美しい姉、エレンだ。
「ああエレン、会いたかったわ……! ようやく生まれ変わることができたのね!」
「ええ、キャスリン。思ったより時間がかかってしまったわ。その間にあなたは二十歳になっていたのね」
「そうよ、エレン。結婚もしたわ。アイリスお姉様と同じように、結婚しても聖女の力が消えていないの。あなたたちともう一度会えるまでこの力が消えませんようにってお祈りしていたからかしら」
キャスリンは、兄アンドリューが結婚して王子が二人生まれた時点で王太女の地位を退いた。そして以前から好意を抱き合っていたアイザックとの婚約を望んだ。
アイザックは伯爵子息だったがコートウェル公爵家の遠縁にあたる。子供のいなかった公爵は彼を養子に迎えてキャスリンを迎える環境を整え、成人するとすぐに結婚をしたのだった。
「私、今とっても幸せよ。あなたたちのおかげだわ。本当にありがとう」
エレンは昔と変わらぬ美しい微笑みを浮かべた。
「エレン、スージィとメルルは? まだ生まれ変わっていないの?」
「ええ、実は、あなたに話しておきたいことがあって来たのよ」
話しておきたいこと? まさか、悲しい話だろうか。不安げな顔をしたキャスリンに、エレンは大丈夫、と告げた。
「私は、また妖精として生まれることを選んだの。だけどあの子たちは、今度は人間として生まれたいと望んだのよ」
「えっ? 人間に?」
「そう。あなたの心の中に入った経験が、あの子たちの気持ちに変化を与えたのね。限りある命を懸命に生きる人間の姿を美しいと思ったみたい」
「じゃあ……もう、スージィとメルルには会えないの?」
キャスリンの目に涙が溢れてきた。やっぱり悲しい話だったの……?
「いいえ、違うのよ、キャスリン。悲しい話ではないわ。落ち着いて」
(あら? 今私、口に出して言ったかしら……?)
エレンがそっと肩に乗ってきた。
「アイリスには言っていたんだけどね、私は心が読めるの。だからあなたと心でお話できるのよ」
「……そうだったのね。じゃあ、アイリスお姉様ともそうしていたの?」
「そう。部屋に他の人がいる時は便利だったわ」
確かに、妖精が見えない人と同じ部屋にいる時にはそのほうがいいだろう。だって、そのためにキャスリンは幼い頃、周りから奇異の目で見られていたのだから。
「それでね、キャスリン。スージィとメルルからあなたに伝言を預かってきたのよ」
「まあ! 二人から? なんて言っていたの?」
「春に会いましょうって」
「え?」
「今は二人ともあなたのお腹で眠ってるわ」
「ええっ」
キャスリンは自分のお腹を見つめた。まだぺったんこのお腹。身籠った兆候なども何もない。結婚して二年、いまだ子供ができないことを悩んでいたのは確かだけれど、まさか?
「あなたのことが大好きだからあなたの子供になりたいんですって。でもね、人間に生まれ変わると妖精としての記憶は抜け落ちてしまうの。だからあなたのことを覚えてはいないのだけれど」
キャスリンは喜びに顔を輝かせて言った。
「嬉しいわ! じゃあ、私はスージィとメルルを私の手で育てていくことができるのね!」
頷くエレン。キャスリンの目から嬉し涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう。二人とずっと一緒にいられるなんて夢のようだわ。しかも私とアイザックの子供としてだなんて。ああエレン、私、絶対に二人を幸せにするからね!」
それから間もなく、キャスリンに妊娠の兆しが現れた。アイザックもコートウェル夫妻も大いに喜び、子供の誕生を待ち侘びていた。
そして春。エレンのサポートもあってキャスリンは双子の出産を無事に終えることができた。二人分の可愛い泣き声を耳にしたその時、頭の中にエレンの声が響いてきた。
『キャスリン、よく頑張ったわね。二人を産んでくれてありがとう。私はいつでも見守っているから、決して忘れないで……』
『エレン! 長い間ありがとう。私たちいつかまた会えるわね?』
『ええキャスリン。長い時を超えていつかきっと……』
そしてキャスリンは聖女の力がスゥッと消えていったことを感じた。もうエレンの声が聞こえてくることもないのだろう。寂しいけれど、その気配だけはほんのりと感じることができる。そして私の側には――双子がいるのだ。
夫のアイザックが涙を浮かべてキャスリンと双子を見つめている。
「キャスリンありがとう。よく頑張ってくれたね。とても可愛い女の子たちだよ。名前は、以前から考えていたのでいいのかい?」
最初はスージィとメルルにしようと考えていたキャスリンだったが、人間として新たに生まれてくる二人には別の名前がいいだろうと思い直した。そしてアイザックと二人で一生懸命考えた名前。
「この子がサラで、この子がローサ。ぴったり似合う名前だわ。ね、アイザック」
「そうだね。高貴な顔をしたサラ、ピンクブロンドが可愛いローサ。二人とも美人になるぞ」
「ええ。この子たちをうんと幸せにしてあげましょうね」
(たくさんの愛を注いであげたい。私が親から愛を得られなかった時にずっと側で慰めてくれていた二人に、私からの感謝を返してあげたいの)
その後、弟や妹も生まれて賑やかになったコートウェル家。中でもサラとローサの二人はいつまでも母を愛し大切にした。
※※※
「お帰りなさい、スージィ、メルル」
「ただいま、エレン姉様」
「幸せに過ごしていたわね? あなたたち」
「ええ、とても……幸せだったわ」
「私たちもキャスリンを幸せにできていたかしら?」
エレンが微笑む。
「もちろんよ。家族に囲まれ愛に満ちた生涯だったわ。いつか彼女の魂が戻ってきた時に……また、会えるといいわね」
「そうね、またいつか……」




