一年後、王宮にて
「お兄様、アイリスお姉様のこと好きだったんでしょう?」
久しぶりにゆっくりと時間が取れたある日の夕食後、ソファで寛ぎながらキャスリンはアンドリューにズバリと質問してきた。
「うん?……そう見えたか?」
「ええ。お兄様はアイリスお姉様のことをとても大切に思っていたように見えたわ。だから、二人が結婚してくれたら私も嬉しいなってずっと思っていたんだけど……」
アンドリューは柔かな笑みを浮かべながら、小さな菓子をつまんで口に入れているキャスリンを見つめていた。夕食のデザートとは別に用意したものだ。
「そうだな……確かに好きだったと思う。だがそれは、もしかしたら『同士』のようなものだったかもしれないな。分かり合えるけれど、恋愛ではない」
キャスリンはその言葉に何度も頷いた。
「お兄様とお姉様はすごくお似合いだと思っていたわ。けれど、エドガー様と並んだお姉様を見た時にあっ、負けた、と思ったの。お姉様の顔が全然違うんだもの」
「そんなに違ってたか」
「そうよ。恋する乙女って顔だったわ。なんていうか、キラキラしていたの。お姉様は恋を叶えて結婚して、もうすぐお母さんになるのよね。いいなあ、私も早くそうなりたいわ」
最近キャスリンは友達と恋愛小説を読むのにハマっているらしい。マチルダがそっと教えてくれた。
アイリスは結婚後も週に一度はキャスリンの相手をしてくれていた。しかし子供を身籠ったため、今は王宮には来ていない。だからキャスリンは新たに友達になった伯爵令嬢ナタリーと仲良く遊ぶようになっていた。また、コートウェル公爵夫人主催のお茶会にも月に一度参加して、友達を少しずつ増やしているらしい。
「今は王太女としていろいろと勉強しなければいけないけれど、お兄様に男の子が生まれたら私は自由になるのよね? だからお兄様、早くお嫁さんを選んで結婚してね」
「簡単に言うな。一生添い遂げる相手だぞ? 適当に選ぶわけにはいかないだろう」
苦笑しながら言うアンドリュー。国王である彼には、自分の意思だけでなくいろいろ複雑な政治問題が絡んでくる。好きとか嫌いとかでは決められない辛さがあった。
「あのね、伯爵とか公爵とかじゃなくて、男爵令嬢にもいい人がいるかもしれないわよ? 庶民育ちの令嬢が、王族の悩みに寄り添って癒してくれる場合もあるんですって」
どうやら最近読んだ小説ではそういう男爵令嬢が登場しているようだ。
「そうか。なら、いろんな人と話してみなければならないか」
「そうよ。そうしてお兄様に合う方を見つけてね。あ、でもね、私に優しくしてくれる人でないと駄目よ。邪魔な妹をいじめて修道院に送るような人は嫌だわ」
いったいどんな話を読んでいるんだ。後でマチルダに本の中身を吟味するように言わねば、とアンドリューは思った。
だが実際、王妃候補は国内の有力貴族、他国の王女などから何人か挙がってきていた。その中で一番メリットの大きい相手を選ばねばならない。
(外交を安定させるためにも他国の王女がいいとは思うが、周辺国とのバランスもあるからどの国の王女にするかがまた悩ましい)
前世ではこんなしがらみなどなかった。それでも好きな女とは結ばれなかったのだから、今世ではもうとうに諦めている。
(私は国のために良き人を選ぶ。ただそれだけのことだ)
「お兄様、お兄様はどんな女性がお好き?」
キャスリンが目をキラキラさせて尋ねてきた。こんな目をされたら、答えないわけにはいかない。
「そうだな、見た目にこだわりはない。性格はハキハキして、明るくて、何でも言い合える人が好ましいな」
「じゃあやっぱりアイリスお姉様みたいな人がいいのかしら」
キャスリンの何気ない一言が意外と胸に刺さる。
アイリスにプロポーズを断られた後、アンドリューは彼女の言葉を思い出しては考え込んでいた。
自分が好きだったのはアデリンなのか、それともアイリスなのか。この気持ちはリカルドのものなのか、アンドリューのものなのか。自分でもよくわからなかった。
しかし今でも思い出すのはアイリスの笑顔だ。アデリンに囚われ過ぎてアイリスへの気持ちに気がつかず、今の彼女が好きなのだと伝えなかった。つくづく、バカだったと思う。
(今後どのような人を選ぶとしても、きちんと相手を見て理解するように努めよう。そして自分の気持ちをちゃんと伝えること。察してくれ、なんていうのは甘えだ。アイリスにそれを教えられた)
その後、アンドリューは良き伴侶を得て王子王女に恵まれ幸せな家族を持つことになるのだが、それはまだもう少し先のお話である。




