動き出したトラル山
「まさか、そのためにエドガーを利用しようと……?」
ふふふっ、とディザストロは笑う。
「彼はね、魔獣を倒しに山に入ってくる騎士の中で一番腕が立つし頭の回転も早い。そしてその上、見た目も素晴らしく美しい。だから僕は、エドガーになろうと決めたんだ。魔獣討伐に来た彼を岩の裂け目に落として飲み込み、我が身体の中で眠らせた。そして外見を写し取り、心を読み取って知識を得て、ドラーゴに王の部屋を襲撃させることができたのさ」
うっとりと目を閉じ、愛おしげにエドガーと同じ顔を、そして胸、腕、腰を撫でる。
「この姿になってみて初めてわかったよ。僕たち魔獣は醜いんだってことがね。大きくてゴツゴツした醜い身体を捨てて、僕はエドガーになるんだ。エドガーと一つになって、強く美しい存在になる。だからね、彼を返してもらうよ」
ディザストロは私に向かって手を翳し、黒い霧をブワッと吹き出してきた。
「防御!」
私はエドガーを抱いたまま防御の壁を出してその霧を防いだ。
「アイリス、妖精の仲間を使って!」
ヒューイが叫ぶ。私は頷き、雷の精の力を借りる。
「雷!」
黄色い雷光が空から降ってきた。
「牢獄!」
私は雷光を編み上げてディザストロの周りに牢獄を作る。触れれば焼け死ぬ、雷の牢獄だ。
「へえ、すごい魔法だね。でも残念、まだこの身体は実体ではないんだよね。だから、触れても平気さ」
黄色い格子の中でディザストロは不敵に微笑んだ。そしてパチリと指を鳴らすと身体がバラバラに崩れた。その身体は小さな岩を繋ぎ合わせて作られていたのだ。
(消えたわ――どこへ行ったの?)
すると私の立っていた地面がグラグラと揺れ始めた。その揺れは次第に大きくなる。エドガーの身体が離れそうになり、私はしっかりと彼を抱きしめた。
「飛べ!」
ヒューイの協力でエドガーを抱いたまま空中に飛び上がったが、小さな岩の塊が次々にくっ付き合い、エドガーに向かってグワッと伸び上がってきた。まるで山から腕が生えてきたかのように伸びてくると、エドガーの足首を掴んだ。
(また岩でエドガーを飲み込むつもりだわ)
「雷!」
伸びてくる岩に雷を打ち込んだ。岩はバラバラに砕けて落ちていき、エドガーの足から離れていった。
私は少しでもトラル山から離れようともっと上空へ飛んだ。山はブルブルと震え、山肌から岩で出来た首のようなものが持ち上がってきた。山裾からはやはり岩で形作られたひれのような手と足が現れ、ばさばさと動く。
その姿は全身岩で覆われた巨大な亀そのものだった。トラル山は甲羅の部分に当たる。
(大きい……! これがディザストロの本体……! 長い年月の中でディザストロの身体に土砂がたまり木が生え緑が茂って、山に見えていたのね)
ディザストロはグウォォォー……と咆哮した。そしてゆっくりと首を回し私の方を向いて、カッと口を開いた。
(何か来る……!)
「防御!」
口の中が赤く光ったと思うと、こちらへ真っ直ぐに向かって伸びて来た。
(熱い……炎だわ!)
急いで防壁を張ったが、ディザストロの吐く赤い炎は凄まじく、壁が押されてブルブルと震える。浄化の矢を撃ちたいが、空中でエドガーを抱いているから無理だ。防壁が崩れてしまう前に遠くへ行かなければ。
私は出来る限りのスピードで飛んだ。ディザストロがどんどん遠くなる。
(逃げられたかしら……?)
振り向くと遠くで小さく赤い光が見えた。そして、こちらへ向かって赤い炎が走って来た。
(危ないっ……!)
エドガーをしっかり抱いてさらに上空へ飛ぶ。赤い炎はギリギリのところで躱すことができた。だが、恐ろしく射程距離の長い炎だ。あれを町で吐かれたら、大変な被害が出るだろう。
(どうしよう。私一人ではどうすることもできない。エレンとアンドリューにも来てもらわなくては)
その時、意識を失っていたエドガーの口から声が漏れた。
「……アイ、リス……?」




