二人のエドガー
そろそろ夕刻になろうとしていた。どんよりした空がさらに暗くなり、まるで押し潰されそうに重たく不気味な雰囲気に包まれていた。トラル山のふもとに着いた私はその全貌を伺っていた。
あまり高い山ではない。こんもりとした形で、草木が生えていたらピクニックにはちょうどいい山だろう。しかし、土砂崩れでもあったのか、山裾には流れ落ちた木と大量の土砂が折り重なっていた。そして山肌はゴツゴツとして固い岩だらけだ。
(とても観光向けとは言い難いわね)
私は登山道らしきものを歩いて登り始めた。しばらく歩いているうちに、何か違和感を感じる。
(何だろう、この山……普通と違う……)
やがて頂上に出た。見渡す限り岩だらけで、これが最近まで緑に覆われていたとはとても思えなかった。じっと見つめているうちに、違和感の正体に気付く。とてもゆっくりとだが、岩が上下しているのだ。一定のリズムで……まるで、呼吸しているかのように。
(まさか、この山は)
この山は生きている。そう直感した私は弓を取り出して矢をつがえた。辺りを見回して一番大きな岩の裂け目を狙い、「浄化せよ」と言って矢を放った。
矢は白い光を放ちながら裂け目に吸い込まれていった。するとその裂け目がまばゆく光り出し、岩の一部が溶けていった。そして。
「――エドガー!!」
岩の中に身体が半分埋まった状態で目を閉じうなだれているエドガーがいた。
「エドガー! エドガー!」
私は老婆の声のままだったことに気付き、ローブを脱ぎ捨ててエドガーに駆け寄った。首を触り脈を確かめる。
(生きてる。まだ、生きてる。でもひどく体温が低い)
なぜこんな所に埋まっているのだろうか? いや、埋まっているというより岩の一部になっていると言った方が近いだろう。手や足を覆う岩は、見る間にまた範囲を広げてもう一度エドガーを飲み込もうとしている。
私はエドガーのまわりの岩に向かって何本も矢を放った。その度に岩が浄化され溶けていき、ようやくエドガーの身体が岩から離れた。
「エドガー!」
意識のないまま倒れてきたエドガーの身体を支え、抱き締める。
「しっかりして、エドガー!」
身体が冷た過ぎるので、さっき脱いだローブで身体を包んだ。
「どうしてこんなところに……」
「何やってるのさ」
背後から掛けられた声に、私はサッと振り向く。そこには、エドガーがいた。いや、今私の腕の中にいるエドガーと同じ顔をしたモノが。
「姿が見えないけど、その声はアイリスだね? 駄目だよ、僕のエドガーを持って行っては」
私は魔法を解き、姿を現した。
「あなたは、誰なの。エドガーの姿をしたあなたは――ディザストロなの?」
彼は綺麗に口角を上げ、冷たい微笑みを作る。
「災厄、ね……君たちが勝手に僕のことをそう呼んでいるだけだろう」
(やっぱり、これはディザストロだ。何故人間の姿なの? どうしてエドガーを捕らえていたの?)
「君ら人間は、いつも僕の生んだ魔獣を殺してしまうよね。僕の子供である魔獣たちをさ。だから今回の目覚めで、僕の邪魔ばかりする人間も妖精も全て殺してしまおうと思ってね」
そう言って恐ろしく冷たい目をした。エドガーと同じ顔なのに、中身が違うだけでこんなにも与える印象が違う。
「ただ、魔獣には知能がない。小さい奴らはもちろん、上位種のドラーゴだって頭の中は空っぽだ。効率的な戦いなんてできやしない。本能のまま、動く相手を攻撃するだけ。だから僕は知能が欲しかった。今度こそ世界を僕らのものにするために」




