アンドリューの稽古
キャスリンとの時間が終わった私は、王宮内の練兵場へ向かった。この二か月アンドリューが暇さえあればそこで鍛錬しているので、キャスリンの目覚めを知らせようと思ったのだ。
練兵場に着くとちょうど、アンドリューとテオドアが手合わせをしている所だった。練習用の剣ではあるが、鋭い音が響く。アンドリューは手数多く斬りかかるがテオドアに全ていなされている。――と見えたが、実はジリジリとテオドアを後ろへ追い詰めていた。そして一瞬の隙を突き、アンドリューの剣がテオドアの喉元へ。寸前でピタリと止まる。
「参りました、殿下」
「何を言ってる。まだ手加減してるだろう」
テオドアを軽く睨んだアンドリューは剣を腰に収めると、私のほうを見た。
「どうしました、アイリス嬢。キャスリンに何かありましたか?」
久しぶりに見る真剣な打ち合いに見惚れていた私は、ハッと何をしに来たのか思い出した。
「ええ、キャスリン様の可愛らしいお話がありましてね。お兄様にご報告しようと思いこちらに来てみたのです。そうしたら素晴らしい稽古が見れましたわ」
汗を拭きながら二人がこちらへ向かって来た。テオドアがニコニコして挨拶をする。
「これはアイリス様、お久しぶりです。エドガーは北部でよく頑張っているようですぞ。聖女様を要請する程ではない魔物がちょいちょい出現しているようですが、全て始末しているとのことです」
「まあ、ありがとうございます、テオドア様。エドガーは仕事のことはあまり手紙に書いてくれないので心配していたんです。しっかりと務めを果たしているのですね。安心しましたわ」
「あと五ヶ月でご結婚なされるんですな。責任ある地位に就き、美しい伴侶も得ればエドガーは怖いものなしですな」
「まあテオドア様、お上手ですわ」
令嬢らしく淑やかに微笑む私に、テオドアはガッハッハと豪快な笑顔を見せた。
「では殿下、私は団の方へ戻ります」
「ああ、ありがとうテオドア。またよろしく頼む」
大きなテオドアの背中が遠ざかっていった。アンドリューは汗が止まらないらしく、しきりにタオルで顔を拭いていた。
「冬なのに汗が止まらないのね。かなり長い時間頑張っていたんじゃない?」
「いくらやっても足りない。昔の勘を取り戻すにはまだまだだ」
桶に汲んであった水を柄杓でゴクゴクと飲み干し、ふうと息をついたアンドリューは、汗に濡れた前髪をかき上げながら私を見た。
「で? キャスリンがどうしたんだ? 可愛い話なんかじゃないんだろう?」
私は頷き、声を落とした。
「キャスリンの力が目覚めたわ。まだ自分でコントロールはできないけれど、癒しの力が現れたの」
「……そうか。やはり聖女の運命は免れなかったか」
「ええ。キャスリンは陛下やお妃様に褒めてもらいたくて、すぐにも言いたそうだったわ。だから、あなたに言われた通り、口止めしておいた。納得はしてくれたと思うわ」
「絶対に言わないほうがいいんだ。あいつらは、キャスリンに聖女としての価値を見出しはするだろうが、愛情をかけることはない。王族なんてクソだ。人間として何かが欠けている」
「……すごいこと言うのね。私はお会いしたことないからどんな方かわからないけれど、なんだか恐ろしいわ」
「……ちょっと喋り過ぎたな。済まん、聞き流してくれ。ところでディザストロのほうはまだ目覚めの兆候は無いのか」
「エレンたち妖精族が各地で気配を探っているけれど、今のところはまだ。早く目覚めてくれないと、私の結婚式が先に来てしまうわ」
するとアンドリューは私をジロリと睨み、怖い顔になった。
「言っておくが、ディザストロを倒すまでは聖女の力を保ってもらうぞ。あいつとのキスも絶対に許さん」
「わかってるわよ。そうなったら、どうやって結婚を延期しようかと毎日悩んでるんだから」
ずっと私を睨み続けているアンドリューを私も睨み返す。もちろん力を失くすわけにはいかない、それは承知している。だけど、『許さん』なんて上から言われるとムッとしてしまった。
「一旦、婚約解消すればいいじゃないか」
「何言ってんのよ! 絶対に嫌よ。私は今世ではちゃんと結婚して、女の幸せを掴むの」
アンドリューはさらに何か言おうとしたが、キュッと口を結び言うのを止めた。そして急に背中を向けて歩き出す。
「まあいい。そん時考えればいいことだ。じゃあ、引き続きキャスリンの世話を頼む」
そう言って背中越しに手を振ると王宮に戻って行った。
(何を言おうとしてたのかしら、最後に。……まあいいわ。とにかく、ディザストロとの決戦に備えるしかないわね。明日からキャスリンに力の出し方を教えていかなくちゃ)
私は明日のことをいろいろと考えながら馬車へ向かった。




