王宮にとって聖女とは
翌朝から軽装で鍛錬を始めた私をメラニーが目をまん丸くして見ていた。そしてぶつぶつと呟くのが聞こえる。
「いったい全体どうしたのかしら、アイリス様……運動なんて大嫌いだったのに」
そりゃあ、今世は衣食住の心配が無い伯爵家に生まれたから働く必要がなかったし。深窓の令嬢といえば色白でか細いものだと思い込んでいたから、運動するのは一切避けてたのよね。でもそんなこと言ってられない。一刻も早く敵を倒してエドガーと結婚するためにも、頑張って鍛えておかないと。
「あイタタ……この細い身体ではなかなか道のりは遠そうね」
手足をさすりながら王宮に参上し、キャスリンの部屋に向かっているとアンドリューに出会った。
「やあ。アイリス嬢。今からキャスリンの部屋へ行くのだろう? 私も一緒に行こう」
一瞬、エレンの話をアンドリューに打ち明けようかと思った。だけど、まだ詳細もわからないし、王族であるアンドリューに知らせるのは早いだろう。
「あらアンドリュー殿下、キャスリン様の遊び相手なら私一人で充分ですわよ?」
「いや、ちょっと話したいこともあるからな」
「そうですか。なら、一緒に遊んで下さいませね」
「一緒に?」
しかめ面をしていたアンドリューだが、構わずキャスリンのところに連れて行った。
「お兄様も一緒に遊んでくれるなんて嬉しい! これもアイリスお姉様のおかげだわ!」
兄と人形遊びができると頬を紅潮させて喜んでいる妹に、まさか嫌だなんて言えないだろう。
「はい、お兄様、この人形を使ってね! 私が使っているキャシー人形の婚約者なのよ。いつも紳士でとっても優しいの」
かなり恥ずかしそうに人形遊びに付き合っていたアンドリュー。だが、婚約者なのだから愛してると言ってくれなきゃ駄目だとキャスリンに請われ、恥ずかしさの限界が来たらしい。
「そ、そうだ、キャスリン! 天気もいいしブランコに乗らないか? 私が背中を押してやろう」
キャスリンに上手いこと言って、中庭での遊びに変更させていた。私も一緒に中庭に出て、二人の様子を見守る。
(ふふ……いいもの見たわ。あのリカルドがお人形遊びに付き合うなんて。前世では考えられなかった。やっぱり、キャスリンには甘いのね)
「お兄様、もっと押して! お姉様、ちゃんと見ていてね!」
アンドリューに背中を押してもらいグングン力強くブランコを漕ぐキャスリン。侍女や使用人たちが驚いて仕事の手を止めるほど、彼女の明るい笑い声は中庭に響き渡っていた。
すっかり遊び疲れたキャスリンがアンドリューに抱かれてベッドに運ばれると、そのままぐっすりと眠りについた。
「キャスリンはいつもあんなに楽しそうなのか」
「毎日楽しそうよ。今日はあなたがいるせいか、いつも以上にはしゃいでいたわ」
「そうか。以前のキャスリンはなかなか笑顔を見せなかったんだ。元に戻ってくれて良かった」
アンドリューはマチルダに用意させたお茶のテーブルに私を案内した。
「そういえば、話ってなに?」
「ニッキーのことだ」
「ああ……昨日、葬儀は簡素に済ませたみたいね。マチルダも出てないって言ってた。王宮はいつもと変わりなくて驚いてしまったわ」
「私も驚いた。葬儀なんてやってないんだ。ただ棺桶に入れただけで」
「えっ」
どういうこと? 庶民だって死んだ時には司祭様を呼んで簡単な葬儀をする。あの世に導いてもらって、再びこの世に生まれるようにと。それすらもやってないと?
「ニッキーが亡くなった後、王に報告に言っただろう? 故郷に返してやって欲しいと。すると答えは、『そんな必要はない。裏の墓地に埋めておけ』だった。司祭を呼ぶつもりすらなく、簡素な木の棺桶が用意されただけだ。だから昨日、俺が自分で馬車を出し、ニッキーの故郷に運んで村の墓地に埋葬してきた」
そういえば昨日アンドリューは王宮にいなかった。ニッキーの村に行っていたのか。
「なんだか、国王陛下にとって聖女ってあまり大事な存在ではなさそうね。あんなに身を削って国のために尽くしたというのに」
「そうだな。聖女の暮らし振りもあまりいいものではない。前世ではそういうものだと思っていたが、今見ると変だと感じる。だから、調べてみるつもりだ」
「何を調べるの?」
「王宮と聖女の関係だ。王宮書庫に古文書があるから、まずはそこから」




