王宮への誘い
(しまった……!)
「覚えがあるようだな」
ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる王子は、満足気にティーカップを口に運んだ。
「いえ、ただ、ちょっと驚いただけです」
慌てて座り直し、すました顔をしたが、顔の赤さだけはどうすることもできない。王子はずっとニヤニヤして、性格が悪いこと間違いなし。やはりこの男はリカルドだ。
「テオドアでさえお前のオーラを覚えていたんだ。長年連れ添った俺が間違えるはずがない。お前は、アディだ」
「『連れ添った』って、変な言い方しないで下さい! 私はリカルドとは何の関係もないんですから! ……あ」
私は唇を噛み、王子はピューと口笛を吹いた。
「白状してくれた所で本題に入ろう。アディ、王宮に来い」
「はあ?!」
「お互い前世を思い出した者同士、懐かしい話でもしようじゃないか。そのついでに結界でも張ってくれれば」
「結界を張るってことは聖女になるってことでしょ? 絶対に嫌! もうあんな不自由な生活を送る気はないの。私はもうすぐエドガーと結婚するんだから」
「聖女にならなくてもいいさ。王宮で生活し、必要な時に神殿に入って結界を張る。ただそれだけだ」
「王宮で生活? 伯爵の娘でしかない私がどうやって? 私、メイドになれるような技能も持ってないわ」
「私の婚約者としてなら、妃教育の名目で王宮に住むことができるぞ」
気品のある美しい唇に冷ややかな笑みを浮かべる王子。私は怒りに燃えて再びソファから立ち上がった。
(……絶対に、馬鹿にしてる)
「私はエドガーと婚約しているの。あなたと婚約なんてしないし、王宮にも行きません」
「……ならばお前が聖女だと公表するまでだ」
王子も立ち上がり、私たちはテーブルを挟んで睨み合った。
「聖女と公表されて神殿で一生を過ごすか。それとも王宮で暮らしながらこっそり聖女の仕事をするか。どちらかを選べ」
「そんな……!」
言葉に詰まる私を見て表情を和らげ、いつもの王子らしい優しい微笑みを浮かべるとドアに向かう。
「まあ、婚約というのは例えばの話だ。実は妹のキャスリンの家庭教師兼遊び相手として迎えるつもりでいる。いずれホールデン伯爵に使いを出そう。では」
そう言うと止める間もなく部屋を出て行き、廊下で待機していたメラニーが慌てて対応しているのが聞こえた。
(何なの、リカルド……私をどうしたいの)
バタバタと屋敷内が騒がしくなった後、王子を見送ったメラニーが部屋に戻って来た。
「アイリス様! 殿下はいったい何をしにいらっしゃったのですか?」
「ああ、メラニー。何故だかわからないけど、私をキャスリン王女様の家庭教師にしたいと仰ったのよ」
「ええ? アイリス様をですか? 嘘ですよね?」
メラニーは肩をすくめ、両手を頭に当てて信じられないというポーズを見せた。
「ちょっと、メラニー……」
そこまで信じられないとはちょっとひどくない?
「だってアイリス様、王女様を教育出来る程優秀ではないですよね」
「う……そんなの、自分でもわかってるわよ。だから何故だかわからないんだってば」
「しかも八ヶ月後には結婚されるというのに。王子はいったい何を考えてらっしゃるんでしょう」
あの人はきっと、また私を聖女にしてあの神殿に閉じ込めたいんだ。自由も何もない籠の鳥の生活を眺めてからかうだけ。
「お父様に絶対に断ってもらうわ」
「でも王宮からの要請を断れますかねえ」
それはおそらく無理だろう、と私も思う。だからせめて、結婚までの期間限定という条件だけは付けてもらわなければならない。
(もしくは、それまでに聖女としての力を失うか)
明日早速、エドガーに会いたいと言ってみよう。そして、キスだけでも何とか済ませ、聖女でなくなればいい。
(こんな、捨て鉢のキスなんて本当は嫌なんだけど。お互いの気持ちが高まって自然に顔が近づいて……っていうのが良かったわ)
しかも、私から誘わなきゃならないのだ。初めてのキスなのに自分から! ずっと夢見てた素敵なキスを諦めなくちゃならない。
(リカルド……何で今世での邪魔をしてくるの。絶対に、許さないんだから)




