魔王降臨?
「なんか面白い話、ある?」
レナがちゅるっとイチゴ牛乳を吸い込む。
「魔王様が降臨した……」
「ぶふっ」
響の言葉に、レナがイチゴ牛乳を噴き出した。
「穢れた!」
被害を被った響がハンカチでぬぐっていく。
華が慌てて飛び散ったイチゴ牛乳を拭き取る。
ゲホゲホゲホ、とむせていたレナが、涙目で響きを見た。
「ど、どんな話なわけ?」
迷惑そうにレナを見た響が肩をすくめた。
「そのままの意味だが?」
「えーっと、降臨したって、どこに?」
華が拭きこぼしがないか確認しながら、響に尋ねる。
「この学校だ!」
レナと華が顔を見合わせる。
「「どういうこと?」」
二人は顔をかしげる。
「そのままの意味だと言っているだろう?」
だが、響の表情は、明るくはない。むしろ暗い。
「だって響ちゃん嬉しそうじゃないし」
華の言葉に、レナもうなずく。
「響なら、高笑いしそうなことなのに」
響が目を伏せた。
「どこかに、魔王様の情報が漏れていて、それで魔王様の名を語るるやつが出てきたんだ!」
「えーっと、それって、偽物ってこと?」
華の言葉に、響がうなずく。
「帰りがけに、クラスの男子に呼び止められたんだ」
「クラスの、男子……」
レナが首をかしげる。
「実は言いたいことがあると言われて、屋上まで連れていかれて」
「お、屋上……」
華が、頭をかく。
「それで、その男子が突然言ったんだ。実は僕、魔王の生まれ代わりなんだ、って」
レナと華は顔を見合わせた。
「私は、それならば、証明をしろと言ったんだ」
「えーっと、どんな?」
レナが尋ねる。
「今すぐ魔王様と証明できる魔法を見せてほしいと」
華が苦笑する。
「えっとー、できたの?」
響は首を横にふった。
「人間に転生したせいで魔力がないのだと言われた。それは私もだから、納得はできる」
「そ、そうなんだね」
レナも苦笑している。
「だが、魔王様のフルネームも答えられないあいつは、単に魔王様の名を語っただけに過ぎぬ!」
響の声は、明らかに怒っている。握りしめたカフェオレのパックから、今までで一番大量のカフェオレが吹き出てくる。
「あー。そうだろうねー」
華が大きく頷きながら、せっせとカフェオレを拭く。
「で、その話の……どこが響には面白かったの?」
レナが首をかしげた。
「なぜ、人間が知らぬはずの魔王様の話を、しかもわざわざ私にしてきたのだ! これは、私と魔王様の秘密が、人間界のどこかから漏れ出ている証だ! その犯人を突き止め、もうこの秘密が漏れ出さぬようにするのだ! 犯人を追い詰めると考えるだけでも、ワクワクするだろう?!」
響が握りしめたカフェオレのパックからは、もうなにも溢れてこなかった。
「ねえ、犯人って、たぶん、響だよね?」
ヒソヒソとレナが声をかけると、華が頷く。ここでも行われている独り言は、きっと教室でも盛大に漏れ出ているだろうことが、容易に想像できた。
きっと、言ってないつもりで気づいていないのは、響本人だけだ。
そして、一人の男子の恋がはかなく散ってしまったのを気づいていないのも、響一人だけだ。
「それにしてもさ、こんな風に前世の記憶がある3人がアニメ研究部に集まるって、すごいよね」
レナはどうにもなりそうにもない響と男子の話に興味を亡くして、イチゴ牛乳をちゅるっと吸った。
「そうだな。まさか、私以外にも前世の記憶がある人間がいるとは……信じられなかった」
響がカフェオレを飲もうとして、何も出てこないパックを後ろのゴミ箱に捨てた。
「いやー、響ちゃんがアニメのこと語りながら『あんな描写をされてしまうなんて魔王様に申し訳がたたない』って怒り出したときには、本当に驚いたけどねー」
華がクスクス笑いながらオレンジジュースを啜る。
「あのアニメは最悪だって、皆も言っただろう?」
ばつが悪そうに、響が二人を見る。
「だって、悲恋の直後にヒロイン死ぬってあり得なくない?! ダブルヒロインって言えば聞こえがいいけど、一人目捨てゴマじゃない?! 悲恋のヒロインは最後まで生きるべきでしょ!」
レナがその時の怒りを思い出したのか、ダン、とイチゴ牛乳のパックを机に叩きつけた。
「ああ、あのときレナは泣いてたんだよな、確か」
クククと響が笑う。
「響ちゃんが怒り出したら、今度はレナちゃんが泣きながら怒り出しちゃってさ。あれは、カオスだったよー」
華が首を横にふる。
「そういうレナだって、あのアニメは殺すシーンにリアリティーが無さすぎるって、それが一番あのアニメで一番のダメポイントだって力説し出したじゃない!」
ムッとしたレナに、華が照れ笑いをして、ポリポリと頭をかく。
「だってー。あのアニメのクオリティを下げてるのは、間違いなく死ぬシーンだって今でも思ってるし! サクッと切ってサクッと死ぬわけないしー。死ぬ方も恐怖感足りなさすぎだしー」
「いや、あのアニメのクオリティを下げてるのは、間違いなく魔王様の描写だ。なんだあの不細工な生き物! あれを魔王様と語るとは許せん!」
響が拳を握って立ち上がる。
「ダブルヒロインがそもそも悪いんだって!」
「死に方だよー」
「いや、魔王様の描写だ!」
ぷっ、と誰ともなく吹き出して、3人は笑う。
「で、結局、前世の記憶があるから自分が一番正確だって皆言い張って、あれってなって。ホントに縁ってあるのかもね」
レナがちゅるっとイチゴ牛乳を飲むと、空気を吸い込む音がした。
「縁か。でも、皆違う異世界って言うのが、なんだかな不思議だがな」
響がうなずく。
「ほーんと。でも、このメンバー以外に話したら、きっと信じてもらえないよね!」
華の言葉に、こくこくとレナと響がうなずく。
「で、その因縁のアニメってなんだったっけ?」
レナがそう言って、ぽいっとイチゴ牛乳のパックをゴミ箱に放り込んだ。
コン、と音がして、カフェオレのパックに押し出され、ゴミ箱からパックが外れた。
「忘れた」
響が肩をすくめる。
「私も忘れちゃったなー」
華がそう言いながら、机の下に転がり込んだイチゴ牛乳のパックを拾おうとする。
「ねえ、イチゴ牛乳のパックが見当たらないんだけどー」
机の下から華が焦った声を出す。
「え?」
レナと響が机の下に顔を入れる。
皆が無言で、なにも落ちていない魔方陣の描かれた床を見つめる。
一番最初に動き出したのはレナだ。
「誰か、除光液! 除光液貸して! 魔方陣を消さないと!」
「レナちゃん、ここは誰もマニキュアしないよ? 誰かに借りてくるねー」
華が部室の外に走り出す。
「そうか、成功したのか!」
響がガッツポーズをしていると、その頭をレナがぺしっと叩く。
「机と椅子と鞄、部屋の外に出すよ! 消えたら困る!」
「まだ魔王様が復活するには生け贄が足りない!」
「とりあえずここは学校だから! モノが消えたりしたら、盗難だってなって、アニメ研究部が取り潰しになるかもしれない!」
レナの言葉に、憮然としていた響が動き出す。
「それは本気で困る!」
いつもはほとんど動きのないアニメ研究部は、今日はバタバタと騒がしい。
アニメ研究部は、今日も活動中です。




