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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第27話「最強の六匹」

 私に盗み聞きなどという、小物くさい趣味はない。そんな事をせずに、堂々と入り込んで一蹴してやれば良いのだ。笑い飛ばしてしまえば良いのだ。


 その筈なのに。


 あの時。

 あいつと由于夏が、学校の裏で話していた時。私は入り込めなかった。角に隠れて、黙ってあいつの話に聞き入ってしまっていた。したくもないのに、盗み聞きをしてしまっていた。


 何故だ。

 何故私はあの時入り込めなかった?

 分からない。分からないが……。

 以前までの私ならば、恐らくあのまま突っ立ってなどいなかっただろう。


 分からない。最近、私は私の事が分からない。全部あいつのせいだ。


 ……否。

 最初からではないか。

 目覚めた時から、私は——


「ちっ……」


 百年間眠っていた小屋の上で、私は一人舌打ちをした。

 こんなにもやもやとするのは、やはりあいつのせいに違いない。







 目的は果たした。最優先事項を満たしたのだ。不備は何もない。


 なのに、不快な事この上ない。


「…………」


 狂狸は手のひらに収まった木箱を眺める。とは言え、彼に眼球はない。故に、眺めるという表現は当てはまらないかもしれないが。


 木箱を握る手に力を込め、ある名前を思い出す。自分にこの上ない屈辱という名の泥を塗りたぐった、ある退魔師の名前を。


「間定、鱗士…………。忘れないよ。うん、覚えた。しっかり頭に刻み込んだ。殺す。必ず。泥を塗る程度じゃ、僕の気が治らない。君の命……これ以上ないくらい冒涜し尽くしてあげるよ……。終わらせない。決して楽には終わらせない。僕が味わわせてやれる絶望を……全て注ぎ込んでやる」


 木箱がミシミシと軋む。全体に亀裂が走る。

 暗く陰鬱な、生の気配を感じない洞窟の中。歪んだ声が木霊した。







 胸騒ぎを覚え、屋敷のある部屋の前に訪れた。この部屋に立ち入る事は許されない。長という地位につく彼自身ですら、不用意に近づく事は避けねばならないのだ。

 だが、何か嫌な予感がした。世界を揺るがす程の何かが起きたような。


「どうされたのですか?」


 廊下の向かいから声をかけられた。鎧に全身を包み、表情を読み取れない怪しい風貌だったが、彼は警戒しない。この鎧武者は、信頼に足ると確信しているからだ。


「……心配はない。恐らく気のせいだ」


 男が声を発する。爽やかだが威厳がのし掛かった、それでいて安心する……一度聞けば忘れられないような声だった。


「拙者の力は、貴方様に比べれば……いや、比べる事もおこがましい些細なものですが。何かあれば、お力添え致しますゆえ」

「ああ。ありがとう」


 男は部屋の扉に視線を戻し、静かに礼を述べた。







 小山の上に、男が唐傘をさして腰掛けている。

 雲が月を覆い、その姿は照らされず朧げだった。


 男は笑っていた。小刻みに肩を揺らし、心底楽しそうに鋸のような歯を口から覗かせる。


「……馬鹿みたいに楽しそうですね」


 小山の麓から、女の声がかけられた。一見丁寧だが毒の含まれたその口調に、男はおどけたように視線を送る。


「やっぱそう見えるか? 隠し事ってのは難しいぜェやっぱり」

「ええ、いつにも増して馬鹿みたいでした」

「ヘッヘッヘ。そりゃあ気分も高揚するさァ……。見つけちまった……久し振りだぜ。実に百年ぶりだなァ。退屈だったよ最近は……!」


 雲が流れ、月が露わになる。

 男が乗る小山——斬り刻まれ、血の滴る妖怪の屍の山が、月光の下に晒された。


「行くかァ。いつもみたいに寄り道しながら、ゆっくりと」


 小山から飛び降り、男は女の元へ着地してヘラヘラと笑った。







 右も左も、上も下もない。

 色すらも定まらないその空間の中に。


 白い少女のような何かは、うすら笑みを浮かべて漂っていた。







 この日本のどこかにある、五つの黒い欠片。

 それらが、僅かに蠢いた。

 再び一つになる瞬間を予見して。

第1章 完

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