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夢の値段  作者: 渡辺正巳
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8

 僕はホテルと同じ敷地内にある温泉施設の中で、温泉に浸かっていた。キスをして気まずくなった僕たちは、どちらから言いだすわけでもなく、温泉に入ることに決めたのだった。


 温泉は非常に広かった。何でも男女合わせて十四種類も湯があるらしい。僕が普段行っているスーパー銭湯の、倍くらいの広さがあった。時間がまだ早いこともあるためか、人はまばらだった。


僕はいくつも並んでいる湯の中で、死海の塩風呂という湯に入っていた。なんでも中東にある死海から塩を輸入しており、海水の十倍の塩分濃度になるまでその塩を溶かしているので、お湯の中で体が浮くのだった。


僕は仰向けに寝るようにしてお湯に身を任せ、陰部を露わにしながらぷかぷか浮いて、今晩のことを考えていた。つまりそれは果たして雨宮さんが体を許してくれるだろうか、ということだった。大人なのだから、二人で旅行に行くということは、当然そういうことだと認識して良いように思えた。その一方で、先ほどキスをした時の彼女の冷たいリアクションを考えると、不安になるのだった。


そう言えば、ホテルはツインベッドである。つまり僕は、夜、雨宮さんを得たいなら、自分の寝ているベッドを抜け出して、彼女のいる隣のベッドに入って行かなければならないことになる。それはずいぶん気まずいことのように思えた。


だいたい、ツインベッドのホテルを取るカップルは、どうあれを済ましているのだろうか?するべきことだけ夜のうちに済まして、じゃあまた明日、ということでお互いのベッドの中に戻り、朝まで寝るのだろうか?そうして朝、男の方がムラムラなんてしてしまったときは、また女のベッドへお邪魔するのだろうか。なんだか間が抜けている。


僕は女性とホテルに泊まるときは、ダブルベッドになっている安いラブホテルばかりで、ツインべッドの部屋になんて泊まったことがないから、よくわからない。


・・・そんなことを考えていると、あまりに自分がむなしくなってきたので、考えるのをやめた。そうして、お湯をちゃぽちゃぽ手で掻きながら、今度は自分が売ってしまった夢について考えてみた。


僕は小さい頃から作文が好きで、小学校の確か四年生の時、学校の授業で出された物語の制作課題で、原稿用紙二枚以上という規定のところ、十三枚も物語を書き、周囲を驚かせた。長さだけでなくその内容も良かったようで、次々と先生に褒められ、それが元でその年の学年末の終業式には、校長先生から生徒代表で通信簿を受け取る役を任された。思えばあの頃から、将来は小説家、という危険な夢を抱いてしまったようだ。それから中学、高校と、時折小説のままごとみたいな文章を時々書いては特に誰にも見せずに捨てたり、そっと兄にだけ見せたりをしていた。そうして小説家になりたいと本気で決めた悪夢の大学生時代・・・。


そこまで僕は思い出すと、そばに置いてあったタオルを取り、眼をぬぐった。情けないことに、涙がこぼれたのだった。もう終わった、終わったんだ、と僕は自分に言い聞かせて、こみあげてくるえづきを抑えた。

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