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何事も変わらない、アルバイトに追われる日々が何日か過ぎ、雨宮さんと御殿場に旅行へ行く土曜日がやってきた。
午後一時に僕は待ち合わせをした品川駅に行った。五分前には待ち合わせ場所に着いたが、雨宮さんはすでにそこに立っていた。雨宮さんは、今日は私服である。真っ赤なPコートに、タイトなブルージーンズを合わせている。マフラーをして、靴は黒のブーツだった。キャリーバッグを曳いている。人ごみの中で彼女はひときわ目立ってスタイルが良く、口さえ閉じていればモデルのように綺麗に見えた。
僕たちは品川を出る前に昼食を取ることにした。アトレに入っている洋食屋でパスタを食べた。会社の経費で落ちるからと、支払いは雨宮さんが済ませてくれた。二時四分、新大阪行のこだまに乗った。
「よかったら、どうぞ」
新幹線の中で、座席に並んで座っているうちに、雨宮さんはバッグの中からみかんを取り出して僕に一個渡してきた。ありがとう、と言いながら、受け取ったそのみかんがひどく冷たいのに、僕はびっくりした。
「冷たっ」
「冷凍みかんなんです、保冷してきました」
「なんでまた」
おばあちゃんみたいだな、と思いながら、僕は座席についている小さなテーブルの上で冷凍みかんをむきはじめた。
「電車の旅っていうと、冷凍みかんって感じがしませんか」
そう言いながら雨宮さんも冷凍みかんをむきだした。みかんはほどよく解けていて、むくのにちょうどいい柔らかさになっていた。
「・・・僕は」
みかんをひとふさ口に放り込んで、僕は雨宮さんに話しかけた。
「はい?」
雨宮さんも口の中でみかんを転がしながら、こっちを向いた。
「いや、なに・・・ここ何日か、求人サイトをいくつか眺めてるんだ。就職しようと思うんだ。バイトは辞めて、夢を売った代わりにもらったお金で二、三か月間は生活できるだろうから、それで就職活動に専念しようと思ってる。そうしたらさ」
「そうしたら?」
僕は恥ずかしくなって雨宮さんから顔をそむけ、窓の外を眺めながら、しゃべり続けた。窓の外では高いビルの群れが次々と現れては後ろへ流れていく。
「僕の経歴じゃなかなか雇ってくれるところは少ないかも知れないけど、なんとか会社を見つけたら、今度こそ真面目に働いて、お金もきちんと管理して、月々のやりくりの中から五千円でも一万円でも浮かせて、茨城に居る母親の小遣いに、送れればって、思うんだ」
まだ三回しか会っていない年下の(と思われる)女性になぜこんな話をしてしまっているのか、僕は恥ずかしさで最後は早口になりながら、そう言いきった。
「いいじゃないですか。関口さんの新しい夢ですね。応援しますよ、私」
僕は窓の外を見つめたまま、もう一つみかんを口に放り込んだ。




