■第5話「揺らぎ」
崩壊は、突然起きるものではない。
最初は、小さな違和感。
誰も気にしない程度のズレ。
だが。
それが積み重なった時。
世界は、静かに形を変える。
⸻
久我玲司のモニターに、微細な変化が現れていた。
数値は正常。
流れも問題ない。
だが。
「……一致率が下がっている」
小さく呟く。
予測と実際の行動。
その誤差が、わずかに広がっている。
「誤差範囲内だな」
すぐに結論を出す。
問題にはならない。
通常なら。
だが。
「……いや」
視線を細める。
違和感が残る。
理由は分からない。
だが。
「増えている」
それは事実だった。
⸻
街の中。
雨宮澪は、同じカフェにいた。
昨日と同じ席。
だが、やることは同じではない。
「ねえ」
また、隣の席に声をかける。
「この前の話なんだけどさ」
軽く笑う。
「やっぱり、ちょっと変じゃない?」
相手は昨日とは違う人間。
だが。
反応は似ている。
「変って?」
「なんか、同じような情報ばっか出てこない?」
曖昧な言い方。
断定しない。
押し付けない。
ただ。
“考えさせる”。
「……あー」
相手が少し考える。
「言われてみれば」
その瞬間。
また一つ。
認識がズレる。
⸻
白鷺悠真は、企業の中で話をしていた。
「この資料」
指で示す。
「違和感ありませんか」
相手は黙る。
しばらく見つめる。
そして。
「……少し」
小さく言う。
「でも、問題ないレベルだと思います」
「そうですね」
悠真は頷く。
「問題ないレベルです」
肯定する。
だが。
「ただ」
少しだけ声を落とす。
「それが積み重なったら?」
相手の表情が変わる。
想像する。
未来を。
その結果を。
「……確かに」
小さく呟く。
「怖いですね」
⸻
黒鉄蓮は、静かに人の流れを見ていた。
駅前。
多くの人間。
それぞれが、スマートフォンを見ている。
だが。
「……減ってるな」
小さく呟く。
ほんのわずかに。
画面を見ている時間が減っている。
視線が上がっている。
人を見るようになっている。
「いい傾向だ」
⸻
如月玲は、紙のメモを見ていた。
珍しく、デジタルではない。
手書きの記録。
「……やっぱり」
小さく言う。
人の動き。
会話。
反応。
それらを直接観察すると。
見えてくる。
「揺れてる」
均一だった反応が。
少しずつ。
崩れている。
⸻
レギオン本部。
神崎綾が報告していた。
「心理的な変化が出ています」
「どの程度だ」
鷹宮が問う。
「小さいですが、確実に」
資料を示す。
「同じ情報に対する反応が、ばらつき始めています」
氷室が確認する。
「統計的にも確認できる」
堂島が言う。
「つまり?」
「制御が緩んでいる」
如月が答える。
⸻
久我玲司は、その報告を受けていた。
「ばらつき?」
モニターを見る。
確かに。
わずかな差。
だが。
「誤差だ」
即座に判断する。
「許容範囲内」
修正を入れる。
アルゴリズムを調整する。
優先順位を変更する。
「これでいい」
数値は戻る。
正常に。
完璧に。
だが。
「……?」
違和感は消えない。
なぜか。
分からない。
⸻
神代昴は、静かにそれを見ていた。
「修正したか」
小さく言う。
予想通り。
そして。
「それでいい」
むしろ。
「それが必要だ」
修正するたびに。
無理が生まれる。
歪みが増える。
「積み重なっている」
確実に。
⸻
時任紗那は、ログを更新する。
「揺らぎ、拡大」
入力する。
成功率が、わずかに上がる。
「臨界まで、あと少し」
⸻
久我玲司は、再び画面を見ていた。
すべては正常。
問題はない。
だが。
「……おかしい」
小さく呟く。
理由は分からない。
だが。
確実に。
何かが。
「ズレている」
⸻
崩壊は、まだ起きていない。
だが。
その前兆は。
すでに。
あらゆる場所に現れていた。
⸻
小さな違和感。
小さなズレ。
それが。
確実に。
世界を揺らしている。




