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第36話:良くもまぁ来れたものだ


 その後ろには、昨日見た二人の兵士が同行している。


 イルミナさんの名前を呼んだ感じからして、嫌われてはいないのだろう。

 良かったじゃんと思いつつイルミナさんの方を見ると、イルミナさんは絶望した表情で私を見つめ、小刻みに首を横に振っていた。


「連れて来てない事は、分かっていますよ」


 イルミナさんにだけ聞こえる声量で呟くと、直ぐに王子が口を開く。


「貴様! まだイルミナを虐げようと言うのか!」


 静寂だった湖に似つかわしくない怒声。

 最悪だ。


「リオン王子、違うのです。サリナ様はそのような事はしておりません。ただ王都にてお力添えいただけないかと話をしていただけで――」


「話? そんなの必要ない。サリナ。お前は今すぐ王都に戻って、湖の浄化をするんだッ! それになんだこの湖は、王都が大変な目に遭っていると言うのに、貴様は自分だけ使う湖が綺麗であればそれで良いというのか。それでも元聖女か!」


 言いたい放題言い終えたリオン王子が私と、イルミナさんの間に入る。

 少し前に進んで、手を伸ばせば触れられる距離だ。

 二人の兵士は、その後ろに居る。


「それで? 言いたい事は全部ですか?」


「そんな訳があるか、お前みたいな国に貢献しようとしない奴の為にわざわざ来てやったんだぞ。礼の一つと謝罪ぐらいしたらどうなんだ?」


 その言葉を聞き私は前に進む。

 リオン王子に近づき、手が届く距離へ。


「サリナ様お待ち下さいっ――!」


 魔力を身体に流した途端にイルミナさんが止めようとするも、もう遅い。

 私はアゼルを投げ飛ばした時以上の力で王子の腕を掴むと、骨が折れる様な音が手から伝わってくる。


「あぁッ!」


 リオン声を上げる中で、後ろの兵士が駆けつけようとする。

 もう手遅れだ。

 私は、掴んだ腕を振り回し――そのままリオン王子を湖に投げ飛ばす。


「うぁああああああっ――」


 悲鳴を上げながら宙を舞ったリオン王子。

 そして、大きな水しぶきを上げながら水面に叩きつけられていた。


「リオン殿下!」

「貴様、良くも殿下を――」


 剣を抜いた兵士が私目掛けて襲って来る。

 けれど、人一人を投げた後の私は、魔力を纏ったままだ。


 ――不意打ちや魔力を流す前であれば、近接戦で兵士となんて戦いたくもないが今は違う。

 途方もない量の魔力を腕に流すだけで、兵士の振るった剣が魔力を纏った腕を斬れずに止まる。


「なっ、馬鹿な」


「私に斬りかかってないで、役立たず王子を助けに行きなさいよっ」


 そのまま剣を握っていた兵士の手首を掴み、投げ飛ばす。

 鎧を着た仲間が軽々と投げられ、私に襲いかかろうとしていた兵士が自然と後退る。


「自分で飛び込むか、向かって来るか。どっち?」


 私がそう問いかけると、陸地に残っていた兵士が湖に自ら飛び込んだ。


「リオン殿下! 今助けます」


 そして残ったイルミナさんと目を合わせる。その表情は、なんて事をしてくれたんだと言わんばかりに口は開き、何かに怯える様にして身体を縮ませていた。


「蹴り飛ばさなかっただけ、良いですよね?」


「……いや。でも……えっと。どうしたら……」


 イルミナさんが頭を抱え俯く。


「何か、ごめんね」


 一応謝ってから、リオン王子の方に目を向けると後から飛び込んだ兵士がリオン王子を支えながら泳ぎ、水の中から上がろうと向かって来ていた。


「その湖、魔物居るから、気を付けてね!」


 もちろん、そんな事実は把握していない。

 私が知る限りは、至って平和な湖だ。


「なぁっ!? 貴様、おうぞぉ――くを!」


 何だか喚き散らしているが、何度か頭が水の中に沈んで声が途切れる。

 まともに泳げもしないのだろうか。


「はいはい、うるさい口は閉じて、引き上げてあげる」


 少し陸がせり出た場所から手を伸ばし、リオン王子の腕を引いた。

 そして引き上げる時に私は、そっと王子の怪我を治す。


「き、きさまぁ、良くも……」


 両膝に手を置き、息を切らしたリオン王子が睨み上げて来る。

 そんな所に、屋敷の前から急いで走って来たであろうスミスさんの姿が目に入った。


「スミスさん、おはようございます」


 苦笑いを浮かべるスミスさんが、私とリオン王子に交互に視線を向ける。


「いったい何が」


「王子が自ら飛び込み、朝から水浴びをしてた所です」


 近づいて来たスミスさんに私がそう告げると、横から怒声が聞こえて来る。


「ふざけるな! 貴様が放り投げたのだろう! 俺の腕だって――はぁ?」


 リオン王子が自らの腕を手で握りしめ、何かを確かめていた。


「腕がどうしたんですか?」


「貴様が折った腕が……」


「何の事でしょうか。リオン王子の腕は普通に動いているじゃないですか」


「そんな訳があるか! 貴様がへし折ったじゃないかッ! そんな言い訳が通用すると――」


「腕も折れてないのに、そんな事を言われましても。それとも、腕が折られた状態で騒ぎたいのでしたら、今からでも私がお手伝いしますが、そうしますか?」


「ふ、ふざけるな。二度と、俺に触るんじゃない!」


 そう言ってリオン王子が、私から逃げる様にスミスさんの方に身体を動かす。


「リオン王子、落ち着いて下さい。言いたい事もあると思いますが、先ずは着替えてからでも、遅くはないかと思います」


 スミスさんが後ろから話しかけるも、リオン王子は私を睨み続けている。

 こっちに怒るばかりで、スミスさんの事はさほど気にしていない様子だった。


 それならそれで構わない。

 とことん、嫌っていただこう。


「良ければ、屋敷へお入り下さい。男性物の衣類も、幾つか予備がありますので」


 勿論私が用意した物ではない。

 メイドさんがシンプルなシャツやズボンを一通り揃えているのだ。


 もしかして、こんな状況を想定していたのかもしれない。


「リオン王子、どうぞ中へお入り下さい」


 少し不満げだったリオン王子だが、街までずぶ濡れの状態で歩きたくはなかったのだろう。

 スミスさんに誘導される形で屋敷の方へ歩いて行った。



次話、明日投稿予定です。

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