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第34話:尾行されるアゼル


 長いお昼寝から目覚めた深夜。

 部屋の中では、動き回るカルナちゃんとノコタ一号の姿があった。

 飛び跳ねて華麗に逃げるノコタと、捕まえようとするカルナちゃん。


 深夜だというのに、元気だ……。

 窓に目を向ければ、夜空と月明かりが目に入る。


「何してるの……」


 私そう呟くと二人の動きが止まり、一足先に動き出したカルナちゃんがノコタを捕まえた。


「採った!」


 月明かりが差し込む薄暗い部屋で、カルナちゃんがノコタを上に掲げる。


「そうっ――良かったぁ……ね」


 あくびを必死におさえながら、返していた。

 今なら、もうひと眠り出来るに違いない。


「もうひと眠りしなさい。出来ないってなら、手伝うけど?」


 私が静かに手を身体の前まで上げると、ノコタを抱えたカルナちゃんが布団に潜り込んだ。


「よろしい」


 子供の内から、徹夜は良くない。


「朝陽が出るまでは、駄目だからね」


「うん、おやすみ」

「ノコ……」


 二人が布団の中でじっとし始める。

 こういうのって、結局は私だけ寝れない気がするんだよね……。


 寝るんだ私。

 ねろ、ネロ、寝ろ、眠るんだ……!


 何度も頭の中で睡眠を心がけていたおかげか、私もいつの間にか意識を失ってしまう。


 *


 そして目覚めた朝。

 私は一人で外に出ていた。

 顔を出した朝陽が屋敷に当たっていても、湖にはまだ陽が当たっていない。

 手を入れると、冷たい水が指先に触れた。


 ――街に、厄介王子が現れた後日。

 今日の私は、屋敷から出る予定はない。


 というか、帰ったという情報を聞くまでは街に行かない方が良いだろう。


「サリスお姉ちゃん、おはよう」

「ノコ!」


 目を擦りながら歩くカルナちゃんが、ノコタを抱えながら湖に近づいて来ていた。


「カルナちゃん、おはよう。気を付けてよね、朝の水は冷たいよ」


 寝ぼけて湖にダイブされても困る。

 あれ、ノコタって大量の水に浸ったらどうなるんだろ……。


「ノコッ!」


 私の視線に気づいたノコタが、顔を下げカルナちゃんの細い腕に隠れようとする。

 そんな取って食わないって……。


 雨ぐらいなら平気だろうけど、気になると言えば気になるな。

 今度、悪さしたら投げ込むとしよう。

 うん、決めた。


「それじゃ、準備してくる」


「ゆっくりね」


 カルナちゃんがノコタを放り投げ、桶を取りに戻る。

 けれど、放たれたノコタは直ぐにその後を追うのだった。


 **


 すっかり陽が昇った朝。

 私は隣に座るカルナちゃんをノコタと一緒に湖をぼーっと眺めていた。

 そろそろ朝食だ。

 屋敷から匂いはしなくても、こっちの様子を伺いに来るメイドさんの回数が増えている。


 そんな事を考えている時だった。


「アゼル様登場!」


 呼んでいない来客が来てしまう。


「おはよう、貴方達は元気そうね」


 アゼルだけでなく、後ろにはフィリアとサリス。


「皆、おはよう」


「おう、おはよう」

「あ、あの、おはようございます!」

「おはよう、カルナ。それと救世主様もおはようございます」


「何しに来たの?」


 カルナちゃんが座ったままアゼルを見上げる。


「そんなの遊びに来たんだよ。あっ、そうだ。ギルドで聞いたぞ! カルナだけ森に行ったんだろ!? ズルいじゃねぇか」


「ズルいって、あんたね……。あ、アゼル。ちょっと目瞑ってよ」


「何だよ、急に、お菓子か!?」


 文句を言いながらも目を瞑ったアゼル。

 そして私は、カルナちゃんの後ろに隠れていたノコタを無言で指差すと、それに気づいたカルナちゃんがノコタを持ち上げ、アゼルに近づける。


「ひぃ……」

「まっ――」

 

 フィリア、サリスの二人が自然と身を退くも、言葉を言いかけたサリスが自らの口を塞いだ。


「えいっ」


 そのままカルナちゃんがノコタの頭をぽんっ、と叩くとノコタから霧状の毒が放たれアゼルを襲う。


「うわぁああっ――! 何だこりゃ”!?」


 慌てるアゼルが顔の前で手を動かし後退る。

 ノコタも分かっていたのか、叩いたカルナちゃんの力が弱かったのか霧は少量だった。

 それも、昨日見た時よりも色が白っぽい。


「ぬぁあ、シュペリムじゃねぇか!?」


 目の前のノコタに気づいたアゼルが慌てて更に下がる。


「この子は、ノコタ一号」


「嘘だろ、飼ってるのか? いつから」


「昨日から」


「ねぇ、カルナ。一号って事は他にも……」


「他はまだ。これから増えるかもしれないから」


 待って待って。

 私は増やして良いなんて、言ってはいない……。


 アゼル達が私を見るけど、私も首を横に振るしかなかった。

 それはそうと、この屋敷を勝手に秘密基地と言うなら、アゼルにはバレない様にしてほしい。

 ――きっと目星をつけられたのはアゼルかな。


「アゼル。あんた、付けられてないでしょうね」


「何の話だ?」


「そのまま意味よ。街からこっちに来る時」


「そんなヘマしないってっ。それに、サリスやフィリアだって一緒じゃねぇか」


「それはそうだけど、あんた。昨日揉めてたでしょ?」


「ん? あぁ、あの連中か」


「アゼル、王族の馬車をあの連中とか言わないでよ!」


 横に居たサリスがアゼルの背中をはたいた。


「痛いじゃねぇか、手も若干痺れてんだから、勘弁してくれよ」


「だったら王族と問題起こすんじゃないわよ!」


「分かったから、悪かったよ。それで救世主様、それが何の関係があるんだよ?」


「いや、あんたが尾行されてたから、どう責任取ってくれるのかなって」


「だから言ってるだろ。ありえねぇよ。まぁ、もしバレた時は穴掘りでも何でもしてやるよ! けどな、俺はそんなヘマ――」


 森の方から音が聞こえ、私達は咄嗟に視線を向ける。

 全員の視線が集中する中、茂みが動いた。


 そこから飛び出して来た小動物。


「ふぅ、脅かすなよ。ほらな、救世主様の勘違いってやつだぜ」


 自慢げに話すアゼル。

 けれど、動いた茂みの近くにある木陰から、風に吹かれた綺麗な髪が私の視界に入る。

 ――見間違うはずがなかった、あんな髪をしている人は街で見た事がない。


「アゼル、あんたつけられてるよ」


「だからそんな事ねぇ――って……言って……」


 私がその木陰に向かって指差すと、そこから顔を出したイルミナが姿を見せるのだった。


「なッ――てめぇ! 俺の事、つけてたのかよ! ズリィぞ!」


「こらアゼル、ズルいも何も、女性に向かってなんて口の利き方してんのよ!」


 私が止める間もなく横にいたサリスが、今度こそ容赦なくアゼルの頭を叩いていた。


 どうしよう。

 ……今更、走って逃げるにしても変だ。


 ――それに、見た所護衛の一人もつけずに一人で来ている。


「救世主様、ごめん。俺……」


「良いよ、さっき言った事守ってくれるなら責めないから」


 どの道、ノコタ一号を使った実験だろうと、穴掘りをする機会はあるだろう。

 その時は、問答無用でアゼルに頑張ってもらう事にする。


 さて、それよりもどうしたもんかね……。


 真っすぐ私を見て、イルミナさんが歩いて来る。

 その表情から憎しみや怒りは感じなくとも、何を考えているのかが分からなかった。


「あのすみません。一応此処私有地なんですが、迷子か何かですか?」


「お気遣いいただきありがとうございます。初めまして、サリナ様」


 当たり前の様にバレている。

 どうしてなどと、聞く必要はなかった。


 これでも私は聖女なのだから、似た様な人が近くに居たら職業柄というか、浄化魔法を多かれ少なかれ扱う者として感覚である程度は分かってしまう。

 それに探し人が、こんな街外れの大きな屋敷に居るんだ。

 人違いだと言うにも、無理があるだろう。


「初めまして。イルミナさんですよね?」


「はい、イルミナと言います。聖女サリナ様」



いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。

次回、更新予定日は2025/11/13(木曜日)です。

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