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ひとつ、風を結いて 序章  作者: ひろくま


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9/15

序章ノ伍 ”大堰川"

仁平七年 冬


桐雅天皇・緋紀基配下の、緋浄基を総大将とする北軍、西同院幸徳若宮王配下の藤在崇平(ふじありのたかひら)を総大将とする南軍が、都の西を流れる大堰川を挟んで対峙した。

川の西側に陣取った南軍は高台に陣を取り、地理的には有利だった。

宗矢と源馬は戦場になるであろう川辺を下見に来ていた。

川向こうの森の中から、煙がいくつか上がっている。敵が焚き火で暖を取っているのだろう。

「兄上、柵は打ち終わったぞ!」

宗矢の弟、凪舟が焚火にあたりながら声をかけてきた。

戦に出るにあたり、特に声を掛けたわけではないのだが、父宗明の元を抜け出し、宗矢の元に三十人ほどの兵と共に従軍してしまった。宗矢は、父のところに戻るように言ったが、「おれは父上より兄上が好きだ」と言われて折れるしかなかった。

宗矢と千子、凪舟の母まきが病で他界して、宗明が璃玖の局と再婚、宵近丸が生まれてからすぐに宗矢が三埋野に赴任したので居場所がないように感じていたのだろう。宗矢が西洞院側につくと聞いて、飛び出してきてしまった。

「おう、すまぬ凪舟!しっかり温まれよ!」

凪舟は川の少し上流に柵を設置する作業を頼んでいた。この柵により、川のこちら側の流れが広くなり緩やかになる。そのぶんあちら側は速くなる。渡河しようとしても、流れが急で思うように進めなければその分こちらに有利になる。

「地理的にはあちらに不利。おそらく兵の数を生かすため、夜討ちしてくるでしょうな」

源馬が言うと、宗矢もうなづく。

「そうだろうな。後で、大将殿にこちらも夜討ちで出るように進言してみよう」

「それがよろしいかと。おそらく相手はこちらが地の利を捨てて討って出てくるとは思っていないでしょうからな。油断しているでしょう」

うむ、と宗矢はうなづくと、馬を陣のほうへ向けた。


「どう攻めるか、浄基・・・」

宗明は宵近丸を連れて川辺に来ていた。圧倒的不利な地形に、浄基がどのように考えているか気になっていた。

敵のほうが高台に陣取った分、上から矢を射るのに狙いやすい。こちらから攻めるには、まず流れの速い川を渡り、崖をのぼって相手のところまでいかなくてはならない。数の有利はあるが、まともにぶつかれば敗退は免れないだろう。

おそらく、浄基もわかっているはずだろう。耐久戦になるか、奇襲をかけるか。

「父上、よろしいでしょうか?」

「どうした、宵近丸?」

「この川の流れ、不自然でございます。こちら側だけが早く、向こう岸に近くなれば緩やかになります。おそらく、向こう岸に川の流れを止める何かがあり、川幅が狭くなった分の水がこちらに流れ込んでいるのでしょう。それを取り除くか、その上流であれば、もっと流れを気にせず渡れるかもしれません」

「・・・そうか、では我らはもう少し川上へ参ろう」

宗明は上流へ兵を進めた。


「夜襲じゃと!?」

宗矢は崇平に夜襲を進言した。

「お主、この戦が何のための戦かわかっておるのか?我らは朝廷に弓引くものぞ。なれば、どのような相手でもまっすぐにぶつかって圧倒的に勝たねばならぬ。そうせねば民や公家たちが、わが西洞院を朝廷に認めないであろう。それに、なぜ自らこの地の利を捨てねばならぬ。若造、戦は素人じゃな!」

そう言ってゲラゲラと嗤った。

宗矢は崇平の元を下がり、「はぁ・・・。」とため息をつく。

予想通りの返答だった。

地の利を捨てて相手の意表を突くことこそ、数に劣るこちらがするべき策だと思う。

浄基のことだ、必ず何か策を打ってくるに違いない。

「いかがでしたかな?若殿」

源馬が待っていた。

「まあ、思っていた通りの返事だった。相手が出てくるのを待つようだ」

「まあ、そうでしょうな。あの崇平という御仁、かなりの堅物のようですからなぁ」

「いつでも敵はまっすぐ真正面にいると思っておるようだな」

「なんともしがたいですな」

源馬もあきれ顔を隠さない。

「ともあれ、兵たちには交代で休むように伝え、夜も注意を怠るなと伝えよ。寝るときも鎧を外すな、とな」

「承知」

「凪舟はどうか?」

「若殿が命じたように、さらに川上を探りに行っております」

そのまま、この戦が終わってくれればよいが。


凪舟は幼い頃からいつも宗矢の後をついて回っていた。

千子が十二で浄基に嫁に行った後、いっそう宗矢にくっついて離れなくなった。

母が他界し、父が璃玖という女御を正室に迎えた後、宗矢が三埋野に赴任していなくなり、璃玖に宵近丸という腹違いの弟が生まれてから、やはり自分の居場所がないように感じていたに違いない。

父の愛情は常に宵近丸に向いていたことも、凪舟にとってはつらいことだった。

凪舟本人は刀の腕も悪くはないが、いつも兄に勝てなかった。弓は得意だったが、他の秀でた者と比べて飛びぬけてはいなかった。

いつも書ばかりを読み耽っていて刀の稽古をしない宵近丸に、凪舟が聞いたことがある。

「刀の稽古はせぬのか?」

「刀や弓は、兄様たちがおられるので心配ありません。わたしは古の書により戦法や知識を役に立てたいと思っております」

宵近丸は澱むことなくそう答えた。

唐や髄から渡ってきた書を、すらすらと読む宵近丸に凪舟は、弟にも敵わないと打ち据えられた。

だが、ここで何とかして兄上の役に立ちたい。その思いだけが凪舟を動かしていた。


川の遡上を始めた宗明の兵たちは、川に柵があり流れを変えている場所を見つけた。

「なるほど、宵近丸の言う通りじゃな」

「はい、父上。凡庸ではありますが、川での戦なら効果はあります」

「ならば、丸太で壊してしまえばよいか?」

「いえ、父上。ここは、相手の裏を突きましょう。さらに上流から奇襲をかけることが良策と思います」

そう言ってさらに川上へ進めた。

比較的流れの緩やかな沢を見つけ、そこの川底へ太い杭を打つ。

(つな)を川向うへ渡し、杭に(あみ)を張る。これにより、綱を伝って進めば流されることもない。

「こうすれば、地の利ありと油断している敵の虚を突くことができます。今宵、満月が出ます。月明かりを頼りに、川を渡りましょう」

我が子ながらさすがと、宗明は感心した。


月明かりの中、凪舟は自分たちの作った柵が川の水を堰き止めているのを確認し、さらに上流へ向かった。

二十余名ほどの一団は、さらに川沿いを上流へ進む。宗矢曰く、敵は夜のうちに川を渡ってくる。

ならば、満月の今宵はもってこいだろう。

かなり上流まで来たので、あまり本陣と離れてはならないと引き返そうかと思っていた矢先、月の明かりのぼんやりと向こうから川を渡って来る騎馬や兵たちを見つけた。

「何者か!桐雅王の手の者と見受ける!」

凪舟が声を上げると、一団の長らしき男が前に出る。

「凪舟か!?」

「・・・父上!?」

なぜ、よりによって、と宗明は舌を打つ。

「凪舟ならば今や引け!今、ここは戦場ではない!!」

「何を!父上ならば尚更今ここで抑えねば!!ここで逃げるわけにはまいらん!!」

そう言って、凪舟は兵の一人に、「これを兄上に伝えよ!」と言って、宗明に向き直る。

「父上、我ら、覚悟の上じゃ!ここで止める!!残りの者は我に続け!!」

おおーーー!

凪舟たちは川を渡って来る兵たちに向かっていく。

すでに渡河した宗明が刀を抜き、「こちら側の者はわしに続け!川の中の者はそのまま進め!!」と怒声を上げる。

おおーー!!


最初は小さかった地響きが、だんだん大きくなる。

宗矢は地面の石に耳を当て、振動を聞く。少しづつ、少しづつ、音と振動が近づいてくる。

川の水が跳ねる音が、ごうごうという川の流れの中にの中に聞こえてくる。

「・・・なんだ!?」

「若殿、何か近づいてきますな」

「うむ。人ではないな。もっと大きな何かだ」

「獣でござろうか?いや、川を地響きを上げて渡る熊など聞いたことがござらぬな」

「ともあれ、吉兆ではない!皆を起こせ!」

「承知!」

源馬は近くの兵に言って、銅鑼を鳴らさせる。

ごうううううん・・・ごううううううん・・・・

「敵じゃーーーーっ!!起きよ、敵襲じゃーーーーっ!!」

見張りの兵が叫ぶが、その地響きはもうこちら岸へ来ていた。

月明かりの中、巨大な何かがこちらへ進んでくる。その歩みは速くはないが、身の丈が大人の三倍ほどの大きさで、月を背にして長い長い影を落とす。

寝起きの瞬間にその不気味な姿を見せられた兵たちは、慌てふためき刀を持たずに逃げ惑う。

「鬼じゃーーーっ!?」

どこかで叫び声がする。

そしてその鬼が腕を振り上げて振り下ろす。兵が3人、その一撃で跳ね飛ばされる。

「なんだ、あれは・・・!?」

「鬼、であろうか・・・?」

さすがに宗矢と源馬もそれを目の当たりにして言葉を失う。

その鬼の一撃を皮切りに、鬼に掴まって川を渡ってきた兵たちが鬨の声を上げる。

「おおおーーーー!!!!」

一斉に川を渡り、河原を駆け上って来る。

「若殿、ひとまず上へ戻りましょうぞ!」

「うむ!」

源馬に促され、宗矢も馬に飛び乗り崖の上の陣へ戻る。

「矢を射よ!!」

誰かが叫ぶ。一斉に鬼目掛けて矢が放たれる。鬼は飛んでくる矢を片手で振り払うと、足元の岩を掴んでこちらへ投げつける。

どううん・・・。

足元の崖が崩れ、何人かの兵たちが崖下へ滑り落ちる。落ちてきた兵たちを鬼が片手で持ち上げ、放り投げる。

「あれはなんだ!?」

ようやく起きてきた崇平が鬼を見て目を丸くする。

「太刀打ちできぬ!引くべし!」

宗矢が言うと、崇平はふるふると顔を左右に振る。

「で、できるものか!すでに幸徳若宮王は西洞院に幽閉されておるんじゃぞ!ここで我らが引けば、もう大義はない!」

「しかし、あんなものに勝てる道理などない!」

「な、なんとかせよ!そのためにお主らがおるんじゃろう!!」

宗矢と崇平がにらみ合っているところに、兵が馬で入ってきて、様子を見て源馬に耳打ちする。現場はうなづくと、兵は戻って行く。

「若殿、凪舟様が川の上流で大殿・・・宗明様と交戦中とのこと。多勢に無勢、さらに後ろから挟み撃ちになります。援軍を向かわせましょう」

それを聞いた崇平が、「ちょうどよいわ!お主ら腰抜けは身内でやり合っておればよいわ!さっさと行け!鬼退治は(いにしえ)より武士(もののふ)の本分じゃ!我らであれを倒して見せようぞ!」

「・・・若殿、ここはそれがよろしいかと」

源馬が言うと、宗矢もうなづく。化け物にやみくもに突っ込んでも勝てる見込みはない。何よりも兵が怯えてしまっている。日の出を待って、正体がしっかり見えるようになるまではむやみに踏み込まない方が良いだろう。

「よし、凪舟の助けに参る!!皆、ついてこい!!」

宗矢が言うと、兵たちが「おおーー!!」と声を上げてついてくる。

残った崇平は他の武将たちに「あれを何とかしてみせろ!!」と叫ぶ。

わずかに「おう・・・」という声が聞こえた。

巨大な鬼の恐ろしさに逃げ出す者も現れ始めた。


その鬼の胴体の中に、孝基はいた。

今、孝基は鬼と同化している。自らの腕を動かすように、右腕を上げれば鬼の右腕が上がる。自分の体は動いていないが、自分の体を動かすのと同じように鬼が動く。

なんとも不思議な感覚。

これが唐から三宅孝周(みやけのたかかね)が持ち帰った、”戦御体”。孝基自身が若狭の港から、邪魔になる山の木を切り倒し、街道沿いの村を焼き払いながら持ち帰ったものだ。

「我が名は緋次郎孝基(ひのじろうたかもと)!もはや我は最強なり!おとなしく総大将の首を差し出せ!!」

孝基が名乗りを上げる。

「射よーーー!!!」

崇平の号令とともに、矢が飛んでくる。

ほとんどを腕で薙ぎ払うが、いくつかは戦御体の木の部分に刺さる。その痛みは、繰り手に伝わる。

繰り手と御体は同化している分、動きと痛みを共感する。

「痛っ!?」

それは、繰り手の体が傷つくことはない。

「ええい、面倒なっ!!」

孝基は戦御体の腕で目の前の崖を削り取る。いくらかの敵兵たちが土砂とともに崩れ落ちる。

足元にチクチクとした痛みを感じたので見やると、敵兵たちが群がり始めた。鉄でできた戦御体の足に刀で斬りかかっている。

「斬れるわけがなかろう!!」

足を一振りすると、敵兵の五人から六人が宙を飛ぶ。一間ほど先にずしゃりと落ちて動かなくなる。

「見よ!この俺が最強じゃ!!何人たりとも、この俺の前では・・・・」

その瞬間、孝基は泡を吹いて気を失った。


凪舟たちは宗明の兵たち相手に善戦していたが、二十余名いた味方も多勢に無勢、七名ほどまで減ってしまった。

「凪舟様、お逃げください。大殿様にはかないませぬ」

「何を言う!ここで引いては兄上に顔向けできぬ!」

徐々に追いやられ、崖を背に追い詰められていた。

「凪舟!降伏せよ!もう勝負はついた!引き際を見誤るでない!」

宗明が叫ぶ。このままでは凪舟の首を取らねばならなくなる。

「何を言う!今、おれと父上は敵同士!首を取り合ってこそ、勝敗をつけようというもの!」

「・・・何を言っても聞かぬか!ならば、武士の子として最期を見せよ!!」

宗明が前に進み出て、刀を構える。

「凪舟様を守れ!」

他の兵たちが前に出るが、宗明は一刀のもとに切って捨てる。

回りからも兵たちが囲み、見る見るうちに凪舟一人となった。

「・・・もはや、ここまでか!!」

凪舟が覚悟して、雄叫びを上げながら宗明に突っ込む。構える宗明。その刹那。

「邪魔を仕る!」

源馬が颯のごとく二人の間に割って入り、二人の刀を一刀で抑えた。

「源馬!」

宗明が叫び、一歩下がって構える。

「凪舟様、ご無事でござろうか!?」

「源馬、すまぬ!」

そこへ、馬の走る音が近づいてくる。

「凪舟!!」

「兄上!!」

宗矢が馬を蹴って駆け付けた。

「宗矢!」

宗明が叫ぶ!

「凪舟!今は勝負を急ぐ時ではない!西洞院は負けじゃ!幸徳王を助け出しに参るぞ!」

「兄上!」

源馬は凪舟を自分の馬に乗せると、宗矢とともに走り去った。その後を宗矢の兵たちが続く。

「大殿、追いますか?」

「いや、宗矢が逃げてきたのなら戦は我らの勝ちじゃ。深追いは必要ない」

宗明は息子たちが戦場を離れてくれたことに、むしろ安堵した。

「進むぞ!残兵を掃討する!」

「おおーーー!!」


何が起きたのか、あの鬼が急に動かなくなった。

「・・・・今のうちじゃ!敵を川の中へ押し戻してしまえ!!」

崇平は訳が分からないまま、残りの兵たちに檄を飛ばす。

だが、すでに兵力は半分以上を失っていた。もう勝ち目がないのは崇平にもわかった。

もともと数では勝ち目がない。地の利さえ生かせば勝てると思い込んでいた。敵にあんな鬼がいるとは思いもしなかったが。

もう、これ以上の争いは無益。西国に逃げて出家すれば追っ手はこないだろうか・・・。

そう思った瞬間、崇平の体は勝手に馬に乗って逃げ出していた。

だが、その正面に敵の一団が現れる。

なんと、分の悪いことか。自分の不幸を呪うしかない。

「お主、藤在崇平(ふじありのたかひら)殿とお見受けする!我ら、霞検非違使尉宗明、その首もらい受ける!」

・・・ああ、ここで終わるとは・・・。

崇平は宗明に打ち取られた。


宗矢たちの一団はそのまま馬を走らせ、京の西洞院につく頃には朝になっていた。

「我ら、霞太郎宗矢!西同院幸徳若宮王にお目通り願う!!」

門の外で声を上げるが、返答がない。

兵たちは門を丸太で突き破り、中へなだれ込む。

「幸徳王・・・」

そこで宗矢たちが見たのは、宗矢たちが入って来るのを待ち構えていた朝廷側の兵たちと、首だけになった幸徳王の姿だった。

そして、そこにも戦御体が宗矢たちを正面から見下ろしていた。

「ここにも、鬼がいた・・・」

源馬はぽつりとつぶやいた。

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