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ひとつ、風を結いて 序章  作者: ひろくま


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序章ノ三 ”ミカナ”

ミカナの頭にある一番古い記憶は、暗い夜の、燃えている家の中で泣いている記憶だ。

近くに大人たちが血を流して倒れている。風が澱んでいる。

それだけは覚えている。

気が付くと、誰もいない焼け落ちた集落の真ん中で泣いていた。独りぼっちだった。

回りには焼け落ちた煤の残骸と、焼けた死体だらけだ。ついさっきまで当たり前の日常の中で生きていた人たちばかりだ。

呼んでも叫んでも泣いても、どこからも返事がない。

背中がひりひりと痛い。火傷したようだ。

また泣けてきた。また夜が来て、お腹もすいてくる。食べるものを探した。知らない人の家だったところで、生の芋を見つけてそのまま齧った。腹が少し満たされると、眠くなっていった。


そのあくる日、風が誰かを連れてきた。

その男に抱きかかえられ、連れていかれた。抵抗する力も気力もなかった。背中の火傷が痛くて、気が遠くなりかけていたから。

だが男は、自分の屋敷に連れて行くと、火傷や傷を治療してくれた。

「お主、名は何という?生まれはいつじゃ?」

男は優しい声で聞いてきたが、何も答えられない。それまでの記憶がすべてなくなっていた。両親の顔も、どうやって育っていたかも思い出せない。

ただただ首を横に振るしかなかった。

「わからん・・・」

「おお、声は出せるようじゃの。他のことは忘れてしまっておるのかの?」

「忘れた・・・」

「思い出さぬほうがいいこともあるんじゃ。お主は自分の心を守るため、そうしているんじゃろう。それでよい。だが、呼ぶ名がないと不便じゃ」

男はしばし考えて、言った。

「お主はミカナと名乗れ。それが良い。わしの名は臼井天海(うすいのてんかい)。陰陽師じゃ」

「ミカ・・・ナ・・・」

「そうじゃ、ミカナ。お主によく似合う名じゃ」

その時から、少女はミカナとなった。


天海が伊勢参りの帰り道、不思議な感覚があった。儀式などしていないが、お告げのようなものが天海の中におりてきた。天が呼んでいるような、不思議な感覚だった。

そのまま引き寄せられるように歩いていくと、ミカナがいたという。

この子を助けることが自身の役目だと、その時感じた。

その時からミカナは天海の娘として育てられた。天海は陰陽道に深く身を置き、人々の救済や修験に生涯をささげる誓いを立て、俗世からの関りを断っていた。

なので、天海が「わしの娘じゃ」と言ってミカナを連れ帰ったとき、多くいた弟子たちはひっくり返るほど驚いた。


ある時、ミカナは自分が他人とは違うことに気づいた。

天海の屋敷の庭に柿の木があった。

背の高い弟子たちは自分でもぎ取って修行の合間に齧っていたが、背の低いミカナにはどうしても届かない。他の弟子たちはミカナをかわいがっていたので、すっと柿を取ってくれたが、どうしても自分で取りたいミカナは、風を起こして柿を落とした。他にも、近所の子供たちと凧揚げをしているとミカナの凧だけが高々と飛んだり、ミカナの着物だけが洗っても最初に乾いた。弟子たちはその様子を見て、口々に「師の子は神の子」と驚き崇めたという。天海は、あの焼け落ちた集落で自分を呼んでいた”風”は、ミカナ自身であったのかと納得した。


ミカナのその生まれつきの才能のおかげか、陰陽師としてすぐに成長した。

病を抱える人の、病の”風”が見える。少し濁ったような、空気の流れがある。その”風”にきれいな空気を

流し、入れ替える。すると、病の”風”は霧散し、徐々に綺麗な”風”に戻って行く。すると、病気も快方へ向かっていく。

天海も、天海の弟子たちもミカナの才能に舌を巻いた。

とはいえ、天海も宮中に出入りできるほどの陰陽師として名が通っており、弟子も三十人を超えていた。

公家や貴族から厄払いを依頼されることも多く、そのほとんどにミカナを連れて行くようになった。ミカナは熱心に天海がやる儀式を見て覚えていった。時折、天海がミカナに儀式を任せるようになった。近い将来、自分自身で陰陽師として生きていけるようにしておきなさいと、天海はミカナに言っていた。

貴族たちの中には、「こんな小娘に何ができる!?」と怒りだす者もいたが、結果的にミカナは一部で噂になっていき、直に依頼も来るようになっていった。

ミカナが天海のところに来て、四年が経った頃のことである。


天海はその日、富士江成親(ふじえのなりちか)という貴族の屋敷に呼ばれた。

成親の息子が奇妙な病にかかり、医者も匙を投げたということだった。天海は奇病の類なら、ミカナの力が役に立つかもしれないと、ミカナを連れて成親の屋敷を訪れた。

成親は紀基の遠縁にあたり、緋家の威光を傘に成りあがった豪族の一つ。都に屋敷を構えるようになったのは最近である。

天海とミカナは成親の息子、万成(まんせい)が床についている部屋に案内された。

「・・・!?」

万成の顔を見るなり、ミカナの表情がゆがむ。

万成は息も荒く、目は開いているが虚ろで、顔は青ざめて唇も血の気がなく、口は開いてよだれが流れていた。

天海も、何か嫌なものを感じ、すぐに儀式の準備を始めた。まず、水で口をゆすぎ、手を洗い身を清める。人型に切った紙に息を吹きかけ、穢れを祓う。香を焚き、木でできた人形を万成の枕元に置く。さらに部屋の四隅に塩を盛る。本来なら神社などの祭壇に移して行う儀式だが、万成の身を案じて、この部屋の四隅に紙垂(しで)を飾り、聖域とした。

東西南北の神の使いに印を結び、祝詞を唱える。

「天津神、国津神、八百万の神々よ、今ここに迷ひし禍つ霊を見そなはし給へ!幼き御子へ宿りし穢れ、速やかに祓ひ退け給へ。鏡に映す光のごとく、玉に宿す(みたま)のごとく、我の神剣の鋭き刃をもて、縛り慎め、御代の国へと送り奉らむ。畏み畏み・・・」

万成の枕元の木の人形がカタカタと揺れだす。同じように万成の体も苦しみだす。悪霊たちが万成の体を離れ、身代わりの人形へ吸い込まれる。そして穢れの波が途切れた瞬間、天海は木の人形を松明に投げ入れる。紫色の煙を発し、一瞬で木の人形は燃えてなくなった。

万成は体の震えが止まると、目を閉じて静かに寝息をたて始めた。

天海は全身から汗が噴き出ていた。

ミカナの目からはまだ万成には穢れらしき”風”が漂うのが見えたが、これ以上は万成の体がもたないのもわかっていた。

「どうじゃ?成功・・・したのか・・・?」

成親がおそるおそる声をかけてくる。

「とりあえずではあるが、当面の危機は・・・」

天海が言い終わらないうちに、ミカナが前にずいと出てくる。

「お前、なぜこんなに人に恨まれているんだ!?お前が人から恨みを買い続けているから、その恨みがこの子に取り付いて、お前に復讐しようとしているんだ!この子には罪はないのに、お前が悪いことばかり重ねるから、罪のない子がこんなに苦しんでいる!!」

「・・・なんと!?」

慌てて天海はミカナの口を両手でふさぐ。ミカナはもごもごと、まだ収まらない。

「この小娘!このわしに対してなんと無礼な!!」

怒る成親に、天海が割って入る。

「礼儀を知らぬ娘で申し訳ない。だが、この娘の言っていることは本当だ。成親殿への怨念や生霊が、その果てぬ恨みをご子息に取り付くことで晴らそうとしている。何をしてきたのか知らぬが、その行いを改めて仏門へ下ればこの子も救われようぞ」

「なんと、なんと、なんと!!」

天海の言葉はさらに成親の怒りを買った。

「こ奴らを、岩穴へ閉じ込めてしまえ!!」

ばらばらと役人たちが現れ、天海とミカナは捕らえられてしまった。


どれくらい時間が経ったのだろう?

真っ暗で、目を開けているのか閉じているのかわからない。ここには風もない。

かろうじてどこからか水の落ちる音がする。手足を縛られているらしい。思うように体が動かせない。

それでももぞもぞ這って、水の音のする方へ行く。

上から落ちてくる水滴が頬に当たる。体をよじり、水滴が口の中に落ちるように向きを変える。

何がいけなかったのだろう?本当のことをそのまま言っただけなのに。父様は無事だろうか?

今は昼だろうか?夜だろうか?

腹も減ってくる。足元あたりを何かが動いている気がする。蛇だろうか?虫だろうか?

手足を縛れれていては捕まえることもできない。

・・・ああ、柿が食べたい。

思えば思うほど、ひもじい思いが増してくる。

眠るよりほかにできることもなかった。


それからまた、どれくらいの時が経ったのか突如そこから光が入ってきた。

まぶしくて目を細める。光とともに、風も入ってきた。

光を背にして、何か大きな男の影が見える。その影が言う。

「お主、陰陽師臼井天海の娘じゃな?」

「・・・」

声が出ない。

精一杯首を動かしてうなづいて見せたが、ミカナはそこで気が遠のいてしまった。


ミカナはそこで、水と食べ物と衣服を与えられた。

あまりの勢いで食べるので、女御たちが心配して慌てなくても食べるものはいくらでもある、と何度もたしなめた。それでもミカナは、のどに詰まらせて胸をたたくことが何度もあった。

ようやく腹と気持ちが落ち着くと、眠気が襲ってくる。ふらふらとしていたが、女御たちがミカナの衣装を脱がせ丸裸にすると、盥に水を汲み体を洗い始めたので、うとうとしながら何度も盥の水にひっくり返ることがあった。

どれくらいぶりの布団か、横になるとミカナは眠りに入った。どれくらい寝たかわからないが、目覚めると同時に飛び起き、近くにいた女御を捕まえると、「父様を助けてくれ!」と叫んだ。


あの時の大男だ。この男にあの真っ暗なところから助け出された。

「お主の父とは、臼井天海だな?」

「うむ、そうだ」

「おれがお主を助け出した時、成親は親は知らぬと言っておった」

「そんなはずはない!おれと一緒にとらえられた!まだ、どこかにいるはずだ!」

「・・・わかった。探してやる。だがその前に、お主のことを調べたところ、お主も陰陽師として何度も病を治してきたそうではないか」

「・・・」

「見てもらいたいものがおるのじゃ」

そういうと、大男はミカナについてこいと言って、屋敷の奥へと進んでいった。

背の小さなミカナには壁だらけで迷路のような屋敷の中を奥へ奥へと進んでいく。裏手から外へ出て、さらに奥に大きな蔵のようなものがあった。その大きさはミカナからは見渡せないほどであった。

ミカナはその中へ連れていかれ、奥へと進むうちに嫌な気配が漂っているのを感じた。

”風”が、澱む感じ。

「ここじゃ」

大男がそう言いつつ襖を開けると、男が一人布団に寝かされていた。その顔を青白く、病というよりは何かに憑りつかれているようだった。

その横に女が二人、看病をしているようだが、水をかぶったように汗だくである。それもそのはず、その部屋は異様なほど暑かった。

寝かされているのはまだ若い男。額に手拭いを乗せているが、湯気を上げている。

「このような熱を上げておるのは初めてでな。医者ももう我慢ならんと逃げ出してしもうた」

女が手拭いを桶の水で絞り、病人の額に乗せるとすぐに湯気を立てて乾いてしまう。

ふと見ると、少し離れたところから何人かの変わった装束の男たちがこちらを心配そうに見ている。この男の仲間なんだろうか。

「この人の病を治したら、父様に会わせてくれるか?」

「・・・ああ、約束しよう」

ミカナは病人以外の人の”風”を感じないように、皆を部屋から出るように言った。大男はそれに従い、人払いをする。天海のいないところで儀式をするのはこれが初めてだったが、やらなくてはもう戻れない。

集中して”風”を見る。その男からは黒い”風”が滲み出ていた。あの時のことが頭に浮かぶ。正直に言えば、また暗闇に戻されてしまうのだろうか・・・。もう戻りたくない・・・。

だがその黒い”風”は、男の首についた飾りから出ていた。

「・・・骨?」

それは何かの骨のようなものでできていた。

「火を焚いてくれ」

ミカナが言うと、女たちが庭に焚火をつけた。

ミカナは男からその首飾りを引きちぎり、呪文を唱えながら緋の中へ投げ込む。

悲鳴のような音を立てて黒い”風”は消えていった。

すると、部屋の中にすーっと涼しい風が入って来る。

「・・・おれ一人でもできた・・・」

ミカナは安堵した。その時、初めて膝が震えているのを感じた。

楠慶秀はその様子を唐の者たちに交じって見ていた。


ミカナはやっとの思いで天海に再会した。

だが、その天海はすでに首から下を失っていた。

血の気もなく閉じた目と開かぬ口からも、ミカナは風を感じることはできなかった。

ミカナは悲鳴を上げ、泣き崩れた。ぽろぽろと流れ落ちる涙は止まることがなかった。

・・・おれのせいで、父様がこんな姿に・・・。

ミカナは訳が分からず、走り出した。後ろの方から、「まて!」という声が聞こえる。

父様の弟子たちはどうしたのか。父様の死を知っているのか?

どこをどう走ったかわからないが、天海の屋敷に来た。だが、中には誰もいなかった。

「お主の父は、その場で斬られたそうじゃ。一門の者も、ほとんどが討たれ、逃げたものも何処かへ去っていった。わかるであろう?わが緋家の息のかかったものに楯突くとは、こういうことじゃ。いうならば、緋家に従わぬものの命など、犬畜生にも劣るということじゃ。お主も緋家に従って・・・おい、待たんか!」

あの、大男だった。

ミカナは大男を振り切って、走り出した。

外で待ち構えていた役人に腕を掴まれる。だがその手に思いっきり噛みつく。

「いてっ!?」

役人が手を離すと、一気に走る。

追っ手をまいたところで、物陰に隠れる。

これからどうしたらいいのだろう?もう行くところも、帰る宛もない。

父様がいなくなってしまった。・・・自分のせいだ。

何度も何度も自分を責めた。今までもそうだった。暗い洞穴に閉じ込められていた時も、自分を責めた。

おれのせいで、おれなどを拾ったせいで父様はひどい目にあった。そして殺されてしまった。父様だけでない。兄弟子たちもだ。中には殺された者もいたと聞く。全部おれのせいだ。

また、ぼろぼろと涙が出てくる。

子供の命を救ってやろうとしたのに、なぜ殺されなくてはいけないのか?

くやしい!父様たちの仇を取りたい!

あの大男もだ。父様が死んでいるのを隠して、おれを利用した。許せない!

ミカナの体から、黒い風が生まれ始める。ざわざわとした気持ちが抑えられない。

その瞬間、通りのほうでドスン、と音がした。

おそるおそる覗いてみると、あの大男を一人で倒したものがいるらしかった。

役人たちが気を失った大男を運んでいった。

ミカナは、宗矢の前にふらふらと歩み寄った。そして、初めて会った宗矢になぜそんなことを言ったのか自分でもわからない。

「父様の仇を討って!」

あふれ出る涙がどうしても止められなかった。


ミカナは宗矢の計らいで、山城守(やましろのかみ)をしている霞宗忠(かすみのむねただ)に預けられた。宗忠は宗矢の父宗明の叔父にあたる。子のいなかった宗忠は喜び、ミカナを迎え入れた。

ミカナは宗忠にも、陰陽師として働くから、緋家を、父様の仇を倒してくれと言った。

宗明はミカナの境遇を知って、大層心を痛めた。

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