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ひとつ、風を結いて 序章  作者: ひろくま


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序章ノ十四 ”散る”

朔臣は浄基の屋敷から戻った後、父を隠し戸の中へ入れて女の着物を着せた。あの父が朔臣の言うことを聞いたのは奇跡に近かった。よほど怯えていたのかもしれない。

浄基には父の元を離れるなと言われていたが、朔臣にはどうしてもやらなくてはいけないことがあった。先の蓮華寺襲撃の際に御体を一体灰にしたことを紀基から散々怒鳴られた。緋家にある唐から持ち帰った御体は三体。うち一つは孝基が西国遠征に持っていった。まだ帰ってこない。残りの一体は先ほど、誰かが繰り手として乗っているのを見た。

唐から持ち帰った御体はもうない。ならば・・・。

奥殿裏の御造所へ入ると、唐の職人たちが出て行った御体の後始末に追われていた。

朔臣はここにもう一体、戦御体があるのを知っている。御体匠が途中で逃げ出したとかで、完成間近で放り出されてしまったものだ。

蓮華寺での失態を取り戻すには、父上の前で御体を自在に操れることを見せなければならない。三男である自分が、緋家の役に立つこと、兄上たちに認められることを証明しなくてはならない。

朔臣が御造所の隅に置かれている御体にかけられた布を取り払う。なんだ、すでに完成しているではないか。

この御体は確か、”火走荒鎧(ひばしりのあらよろい)朱獄(しゅごく)”。その姿は今までにここにあった唐からの御体よりも人に近い。頭もあり、両腕、両足、鎧を纏ったような姿は神々しささえ感じる。緋家の旗印にもなっている朱塗りの鎧を纏った風体で、思わず見とれるほどのしなやかな美しさがある。

朔臣が御体に乗り込もうとしているのを見つけた唐の職人が、こちらに向かって何かを叫んでいる。

「未成勿乗!未成勿乗!」

何を言っているのかわからないが、気にしている場合ではない。内裏から兵たちが到着して戦を収めてしまったら、自分が出る幕がないではないか。朔臣は構わず御体に乗り込み、勾玉に触れる。

「危哉、狂奔!」

唐の職人が叫ぶ。

次の瞬間、朔臣はかくんと頭を垂れて気を失った。

だが、御体は勢いよく立ち上がり、腕を振るうと、御造所の壁を壊し始めた。

「言中矣!」

崩れ落ちる御造所の屋根や壁から、職人たちは這う這うの体で逃げ出した。


千局(せんのつぼね)姉上はおられますでしょうか?」

千子は部屋の外に人影が現れ、膝をついて頭を下げる影を見た。

眠い目をこする紅羽と、目を閉じたまま頭をふらふらさせている伊佐を傍らに抱き、時千代を抱いている。お付きの女御が二人、顔を見合わせる。

「わたくしを姉と呼ぶのは誰ぞ?」

千子が返すと、影が立ち上がった。

「わたしは霞家三男、宵近丸と申します。初めてお目にかかります。ですが、ここはもうすぐ火の手が回ります。姉上とお子たちを安全なところへお連れするように父上から仰せつかっております」

璃玖殿の子か・・・。

女御たちに目配せすると、女御たちは障子を開け宵近丸を受け入れる。

宵近丸はあどけない顔立ちだが、目つきだけが大人びて鋭く見えた。軽装だが鎧を身に着けている。

そして一段低いところにかなりの大男が膝をついて控えていた。女御たちがその男を見てひぃと息をのむ。大男は顔を上げて女御たちにひきつった笑顔を見せる。それを見た女御たちはさらに身をこわばらせた。

「お早くお願いいたします。もう火の手はそこまで来ております」

「宵近丸、頼みがあります」

「何でございましょう?」

「この屋敷の奥の院には宗矢兄様の奥方の澄乃が捕らえられております。澄乃は宗矢兄様のお子を身籠っております。澄乃も助けてあげてください」

「・・・できるだけのことはいたしましょう。が、お約束はできませぬ」

「・・・頼みましたよ」

宵近丸は千子の言葉に無言で頭を下げた。

「では行きましょう」

千子は時千代を抱き、女御たちは紅羽と伊佐を連れて続いた。


浄基は内裏の兵たちに使いを出し、六原へ向かうよう指示を早馬に持たせた。

内裏から六原の距離であればすでにこの騒ぎに気付いているだろうから、一刻もすれば応援はやってくるはずだ。

父・紀基の寝床に来たはずだが、すでに辺りは崩れていてどのあたりにいるのかよくわからない状況だった。御体とは、いかに恐ろしいものかよくわかる光景だった。四年をつぎ込んで作り上げてきた六原が、一夜にして瓦礫の山となった。しかも、緋家の御体の仕業だ。

やはりこのまま紀基の首を取られては、緋家として面子が立たない。

正直に言えば、浄基としては紀基の命など興味はない。だが、このまま敵に好き勝手にされてはこの先緋家に対して刃を向ける相手が増え続けるのは明らかだ。それは緋家の跡取りとしての意地であり、緋家がこの先も朝廷に対しても力を及ぼすために必要なことだ。

そこへ、瓦礫の中に何かが動く気配を見せた。浄基が見た先に、見覚えのある鎧装束の男が倒れていた。

「・・・宗明殿か?」

「・・・うぅ・・・あぁ・・・」

宗明は右足があらぬ方向へ曲がっていて、左腕もだらんと折れているようだった。

「此度の襲撃は宗明殿が?」

「・・・浄基か・・・うっ!」

宗明は痛みをこらえ、絞り出すように声を出す。よく見ると、あたりは血が飛び散っている。

「浄基、わしはもう・・・わしの首を取り、お主の手柄とせよ・・・」

「・・・・」

「浄基、最期に会えたのがお主でよかった。わしの首を手柄として、紀基に代わり政をせよ。お主がこの世を正せ・・・。今それができるとすれば、お主だけ・・・ぐっ!」

もう助からない。それは見ていればわかる。ただ、千子の父を手にかけることに戸惑っていた。

「宗明殿、それでよろしいか?あと残すことはございませぬか?」

「ひとつ、宗矢に会うたら、生きよ、と伝えよ・・・」

「・・・承知。では宗明殿、楽にして差し上げる」

「・・・頼む」

宗明の表情が少し和らいだのを見て、浄基は刃を振りかぶり、宗明の首目がけて振り下ろした。


「姫様、外は火の手が上がっております」

熙耶は障子の隙間から外の様子をうかがうと、澄乃を振り返っていった。

「戦でしょうか?それとも火事?」

「わかりませんが、ここは危のうございます。見張りもおりませんし、今ならここを出られます。それに、火はもう近くまで・・・」

「熙耶、行きましょう」

二人はお互いを見てうなづくと、そっと廊下へ出る。

庭の向こうには低い壁があり、その向こうは紀基の奥殿があるのだが、ガラガラと土壁が崩れる音やバチバチと火が爆ぜる音が聞こえてきた。外が妙に明るいのは、その奥殿が燃えているからで、煤臭い匂いと炎の熱が風でこちらへ運ばれてくる。

「ゴホッゴホッ」

「姫様、こちらへ」

二人のいた離れからは、長い渡り廊下を抜けて本殿を通らないと外へ出られない。今まさに燃え落ちようとしている建物をくぐり抜ける必要がある。

渡り廊下に差し掛かった時だった。熙耶が着物の裾に足を取られ、板の廊下に倒れる。

「熙耶!」

澄乃が熙耶を助け起こそうと振り返った、その瞬間。

渡り廊下の側にある壁が弾けるようにガラガラと音を立てて崩れた。

「きゃあっ!?」

ふたりの上に、瓦礫の礫が降り注ぐ。

澄乃はゆっくりと顔を上げて、崩れた壁のほうを見る。すると、もうもうと上がる土煙の向こうに、巨大な人型の影がぼんやりと、そして次第にずぅんずぅんという地響きとともにはっきりと見えてきた。

紅色の鎧を着けたような、人ではないもの。それは先ほどまでふたりがいた離れの屋根ほどの高さがあり、奥殿の炎に照らされてさも恐ろしく見えた。

「な、なに?鬼?」

澄乃は恐ろしくて足に力が入らない。

巨大な鬼はふたりのそばを何もないかのように通り抜け、ずぅんずぅんという足音とともに、先程までふたりがいた離れにめり込んでいった。ガラガラと大きな音を立てて離れが崩れ落ちる。

「あーっ!!」

熙耶は悲痛の叫び声を上げる。

「熙耶、今助けます!」

「いけません!姫様、お逃げください!」

熙耶が叫ぶ。

「なにを言う熙耶!」

澄乃は熙耶の手を掴んで起こそうと引っ張り上げる。

「うっ!?」

熙耶は痛みに顔を歪める。熙耶の足の上には丸太のような太さの柱が倒れ、さらに瓦礫が着物に積もっていた。

澄乃は必死で瓦礫をどけて、柱を持ち上げようと力をこめる。

「姫様、わたしはもう歩けません!足が痛くて!骨が折れているようです。もう、先にお逃げください!おねがいにございます!」

「熙耶にはまだ、わたしの側にいてもらわなくてはなりません!わたしは貧しい育ちだから、わたしは知らないことばかりだから!どうしても、熙耶が必要なのです!」

「姫様・・・」

熙耶は目から涙が溢れ出てきたのを感じた。

だが、巨大な鬼は離れを壊し尽くすとふたりのほうを向いた。地面を踏み鳴らしながら、迫ってくる。

「姫様ーっ!!」

熙耶は澄乃の着物を掴んで力一杯放り投げる。澄乃は足元を崩してよろけ、少し離れたところに倒れ込んだ。

「熙耶ーっ!!」

その瞬間、澄乃のいた場所に、鬼が崩した瓦礫が降り注ぐ。とっさに袖で顔を覆う。

「熙耶っ!熙耶ーっ!」

澄乃は何度も叫ぶ。だが、熙耶の姿は瓦礫に埋もれ、見えなくなった。

「そんな、そんなぁ!!」

なおも暴れようとする赤い御体。近くにあった壁を殴り続けては破壊する。

「駄目です、熙耶!一緒に、一緒にっ!!」

瓦礫をどけようとすがる澄乃に、暴れ続ける赤い御体が腕を振り上げる。

澄乃の後ろの方からまた壁の崩れる音が聞こえ、紺碧色の御体が現れる。その御体は素早く駆け寄り、紅色の御体の腕をつかんでねじ伏せた。

「澄乃!!無事か!?」

・・・その声は、澄乃が他のなによりも一番望んでいた声。力強く、優しい声。澄乃が一番愛しいと思う声。

「宗矢様!?」

「しばし離れていろ!こいつを片付ける!!」

「でも、煕矢が!熙耶が!!」

「人がいるのか?ともかく、今は離れろ!こいつの腕を離すと危険だ!!」

仕方なく澄乃は従い、近くの縁側の下に身を隠す。

宗矢の風結はそのまま朱獄の右腕を捩じ上げると、地面に押さえつける。朱獄はそのまま腕を捩じ折って左腕で風結の首辺りを掴む。

「こいつ、痛みを感じないのか!?」

だが動きは風結には遠く及ばなかった。そのまま朱獄の腕を振り払うと逆に朱獄の首を押さえつけ、地面に押さえつける。朱獄は苦しそうにきしむ音を立てて、首が曲がる。残った左腕で風結の肩に一撃を加える。転がって倒れこむ風結の上に馬乗りになって左腕を振り下ろす。その拳を風結が右手で掴むと、そのまま足を上げて投げ飛ばす。ずうん・・・という響く音とともに朱獄はあおむけに倒れる。すかさず風結は朱獄の首を掴むと、バキイッ!という砕ける音とともにそのまま力任せに首をへし折った。

そのまま朱獄は沈黙した。

「宗矢様!!」

「澄乃!!」

澄乃は駆け寄り、宗矢は風結から飛び降りて澄乃を抱きしめる。

「お会いしとうございました・・・」

「おれもだ。澄乃・・・」

澄乃の芽からは涙が溢れてきた。

「宗矢様、あの瓦礫の下に熙耶がおります!お助けください!!」

澄乃は煕耶がいる辺りを指さす。

「・・・わかった」

宗矢は風結に再び飛び乗ると、瓦礫の上に横たわる柱を持ち上げる。

「熙耶!熙耶!!」

澄乃は必死で熙耶を探す。宗矢も風結から飛び降りて、瓦礫をかき分ける。

「宗矢!?・・・貴様、霞宗矢か!?」

不意に声がする。

「浄基!?」

宗矢は思わず声を上げる。そして浄基の手に握られた首を見て驚愕した。

「父上!?それは、父上の首か!?」

「・・・いかにも」

「お主、父上をーっ!!」

宗矢は腰の刀を抜き、浄基に構える。

「聞け!、宗矢!!」

「ならん!!」

宗矢は叫び、浄基に切りかかる。浄基は宗矢の一閃を払い、脇へ飛ぶ。宗明の首を丁寧に置くと、宗矢に向かって構えなおす。

「宗矢!もう一度言う!おれの話を聞け!」

「父上を殺しておいて、何を言うことなどあるものか!!」

宗矢が浄基に切りかかる。浄基は宗矢の刀をいなすと、脇へ飛んで間合いを取る。

「逃がさん!」

叫びながら宗矢が次々と打ち込んでくるが、浄基はそのすべてを刃で受けてひらりと躱す。

「どんな太刀筋も、我を失えば鈍くなる!おれは、お主に宗明殿の最期の言葉を伝えに来たのだ!」

「・・・」

「宗矢様!兄上!もうやめて!!」

澄乃が悲痛な叫び声をあげる。

「もう、殺し合いはやめてください!!宗矢様、もう、もう、居なくなって欲しくない!!」

「・・・澄乃・・・」

その声に、宗矢は刀を下ろす。それを見て浄基も刀を下ろし、鞘に納める。

「宗矢、宗明殿の言葉を伝える。生きよ。お主にそう伝えよと頼まれた。しかと伝えたぞ」

「あとのことはわおれに任せよ。宗矢、お主は我が妹をつれてここから逃げよ」

「・・・!?」

「おれは宗明殿の言葉を伝えた。罪人が島抜けしてこのようなところで謀反を働いたとなれば、今度こそ命はあるまい。今はこのまま引け」

宗矢はがっくりと膝から崩れ落ちた。

「ええと・・・・お話は落ち着かれたでしょうか?」

「誰だ!?」

片隅に、二人の人影が立っていた。ひとつは子供の用で、一つは大男の影だ。

「わたしは霞家三男、宵近丸と申す者。こちらに控えるは雷巌(らいがん)。兄上と奥方をお迎えに参りました」

「ですが、熙矢が!!」

澄乃が瓦礫の山を指さす。宵近丸は雷巌に目くばせすると、雷巌は瓦礫の山を次々と投げ始めた。

見る見るうちに積みあがった瓦礫はなくなり、熙矢が掘り出されるまで、さほど時間はかからなかった。

「熙耶!!」

「・・・大怪我を負っていますね。早く手当てせねば危険でしょう。この怪我で息があるのは奇跡です」

宵近丸は自分の着物の袖をちぎって煕矢の頭と腕に巻き付けて止血した。

「一刻を争います。わたしは先に行きます。兄上は義姉上と霞の屋敷へお戻りください」

宵近丸はちらと浄基を見て、会釈した。

「お前たちも早く行け!もうすぐ、内裏から援軍が来る!そうなればもう逃げられぬ」

「浄基・・・。父上を・・・丁重に葬ってくれ」

「約定はできぬ。だが、やってみよう」

「兄上・・・」

「澄乃、血のつながりがどうあれ、お前は我が妹に違いはない。元気な子を産め!」

二人は風結にのって六原から脱出した。

その直後に六原へ内裏から緋家直属の兵たちが到着し、霞家の残党を残らず縛り上げた。

こうして六原は一夜にして燃え尽き、瓦礫の山と化した。


遠くの方で火が燃えている。

ここ、内裏から多くの兵たちが出て行った。何だろう、胸騒ぎがする。自分は何をやっているのだろう。頭がぼんやりして、何も考えられない。このところ、ずっとそうだ。でも、今は少しさえている。こうして自分のことを考えられるということは、すっきりしている証拠だ。

思えば、紀基と、妻である彰子の宮。この二人が内裏に入り浸るようになってからおかしくなってきたような気がする。自分が自分でないような・・・。何だろう、もうわからない。考えるのをやめよう。

「帝、桐雅天皇であらせられますね?」

誰だ、そんなことを聞くのは?余しかここには入れない場所だぞ?

いや、そうか?そんなこともないのか?今、こうして誰かがいる。誰だ?

そもそも、余は誰だ?

「わからぬ。そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ」

「そうですね、影武者ではないようです」

「そもそも、お主は誰じゃ?」

「忍びの者ゆえ、名乗りはご勘弁を」

次の瞬間、帝の首はごとりと落ちた。

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