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ひとつ、風を結いて 序章  作者: ひろくま


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序章ノ十三 ”戦御体”

「皆の者、吉報じゃ!!」

宗明が声を張り上げる。

宗明の屋敷には夜ごとに人目を盗んでは近隣の霞家所縁の武士たちが集まっていた。その数八百。屋敷の中だけでは収まり切れず、近隣の寺や廃屋に潜んで宗明の号令を待っていた。

宗明は縁側に立ち、集まった者たちに赤子を持ち上げて叫ぶ。

「我が息子、霞の末子が今朝生まれた!この子は白結丸!霞家直系の四男となる!!」

おおー!!

一斉に声が上がる。

「わしは、この子が生きる世に平安と安寧をもたらすために今宵立つ!!すべての民、ここに集いしすべての武士のため、今宵必ず紀基を討つ!!」

どおおおおおおっ!

宗明の言葉に地鳴りのような歓声が沸く。

その音に驚いて宗明の腕の中で白結丸が泣き出す。

「さあ、ここにおらぬ者たちにも伝えよ!紀基の治世は今宵で終わる!皆、刀を持て!!」

おおおおおお!!!!

一気に屋敷の中が慌ただしくなり、兵たちの声や鎧のガチャガチャとこすれ合う音でいっぱいになった。

「宵近丸、白結丸を母上の元へ」

「はい、父上」

宵近丸はおそるおそる泣きじゃくる白結丸を受け取り、慌てて璃玖の部屋へ向かった。

「あ、兄上じゃぞ!泣きやめ!ばぁ~!」

「ぎゃあ~」

「・・・・・」


その頃、都へ向かう道中、宗矢は馬を休ませていた。

「宗矢殿」

不意に声をかけられて、はっと振り返る。

「その声は・・・あの時の忍びだな?」

いつの間にか宗矢の後ろに小柄な男が膝をついて控えていた。顔は頭巾で隠しているのでわからないが、まだ若い印象を受ける。

「いかにも。拙者のことは(おぼろ)とお呼びくだされ」

「陰の者は名を名乗らぬのではなかったか?」

「もちろん本当の名ではございませぬ。皆そう呼ぶのでその名を使っております」

「そうか、それでこんなところまで出迎えに来てくれたのか?」

「いかにも。今日、宗矢殿の弟君がお生まれになられました。それで今宵、討伐に立つおつもりでございます」

「なんと!?」

「お急ぎくだされ。この先に、代わりの馬をつないでございます。そこに宗屋様が行くべき場所を記してございます」

「すまぬ。では先を急ぐ!・・・・お主はどうするのだ?」

「拙者のことはお気遣いなく」

朧は顔を伏せたまま言う。

「・・・そうか、深くは聞かない方がよさそうだな」

宗矢は馬に飛び乗り、走り出す。

後ろを振り返ると、もう朧の姿はなかった。


街道を進んでいくと、朧の言葉通り木に繋がれた馬がいた。疲れた馬を放し、次の馬に鞍を載せ替える。

その瞬間、空気を削り滑るような音が聞こえる。宗矢は反射的に刀を抜き、飛んでくる矢を一閃し叩き落とす。

どうやら宗矢の命を狙ったものでは無いようだが、すでにあたりに人の気配は無い。くの字に曲がった矢を見ると、そこには紙が縛りつけられていた。

紙をほどいて見てみると、山城の国田賀町と書かれている。朧が言っていた宗矢の”行先”とは、霞の屋敷ではないようだ。あの忍を本当に信じてよいのか?宗矢に不安はよぎるが、今は考えても真相はわからない。進むしかない。

宗矢は跨った馬の進路を山城の国へ向けた。近江の国を抜け、山城の国へ入る。京への街道を逸れ、行き先はさらに山の方へ続いていた。

指示された場所へ着いたのは夕日があたりを赤く染めた頃だった。

「・・・間違いなくここであるはずだが・・・」

見渡す限り鬱蒼とした竹藪で、あたりはすでに暗くなり始めている。

すると、目の前に広がる笹がガサガサと揺れ始める。風はない。

宗矢は刀を抜き、構える。

「霞宗矢殿であるな?お待ちしておりました」

職人風の浅黒い男が竹藪の中から姿を現した。

「おれは楠慶秀、楠流の継承者だが、今は御体匠をしております」

「御体匠?」

一呼吸おいて、宗矢は刀を鞘に納める。

「霞宗明殿より話は聞いております。霞家において、御体の繰り手となるものがいるとすれば宗矢殿を置いて他にないと宗明殿がおっしゃっておりました」

「・・・御体・・・やはり父上は御体を作っておったのか!」

「いかにも。宗忠殿より引継ぎ、緋家討伐のための御体を作っておりました」

こちらへ、と言って慶秀は笹藪の中へ入っていく。宗矢もそれに続く。

しばらく道なき道を進むと、巨大な蔵のような建物が見えてくる。

「ここが我々の御造所です」

「御造所?」

「御体を作るための工房です。こちらが入り口です」

慶秀に促されるまま、中へ入る。

「おお・・・!これが・・・!」

そこには、巨大な人型の御体が横たわっていた。

「これが御体・・・名は碧縅皐月紋・風結。この国で初めて作られた御体です」

かつて戦場で見た緋家の御体よりずっと人形に近く、鎧を着たような姿には強烈な威圧感を備えていた。

「とはいえ、緋家にも作りかけの御体がありました。よもや完成しておらぬと思いますが・・・」

慶秀が言う言葉の半分が宗矢には届いていなかった。もうこの御体の力強い姿に魅入られていたのだ。

「これは、もう動くのか?」

「はい。ミカナという陰陽師を覚えておいでですか?」

「あ、ああ。陰陽師の娘か」

かつて孝基に追われていたところを助けた少女だ。

「あの娘が中におります」

「中に?乗っておるのか?」

「いえ・・・なんと申しますか・・・。ミカナの力が強すぎて、御霊石と引き合いすぎて・・・その取り込まれたというか・・・」

「なんとも歯切れが悪いの」

「おれにもわからぬのです。ですがこの風結の御霊石の中に強い霊力が宿っています。それはミカナの霊力に間違いないのです」

「俺に動かせるのだろうか?」

慶秀は風結の胴の部分を開けると、人がひとり入れるだけの空間があった。

宗矢はそこへ入り込むと、両脇にある緑色の石に手を置く。石がほのかに光を帯びる。

「おお、宗矢殿、行けそうですぞ!」

宗矢には何の実感もなかったが、自分の意識が何か違うものになっていく感じがした。

「ゆっくり、腕を動かしてみてくだされ」

宗矢は右腕を上げる・・・つもりで動かした。だが動いたのは自身の腕ではなく、御体の右腕が上がる。

「おお、これは!なんとも不思議な・・・」

「同調しております!これはすごい!」

「立ち上がるぞ」

風結がゆっくりと立ち上がる。

見上げる慶秀には、夕日に照らされて赤く光る風結があまりに神々しく見えた。自らの手で作り出したものではあるが、これまでに彫ったどの仏像よりも神々しい。そしてその威圧感は今までに見た御体たちの比ではない。慶秀にとっての最高傑作が今、立ち上がったことに胸が高鳴るのを抑えられなかった。


「女子供は生かして捕えよ!無闇な殺生は禁ずる!狙いは紀基の首ひとつ!皆も、必ず生きて帰れ!」

「おおーっ!!」

宗明の声に大軍が腕を挙げて応える。

「行くぞ!門を破れ!」

深夜の六原の紀基の屋敷の前、大門を荷車をぶつけて突き破る。バキバキという音とともに門扉が吹き飛ぶ。

「わあーっ!!」

大軍が一斉になだれ込む。

「な、なんだ!?」

居眠りしていた門兵が慌てて槍を手に取るが、兵たちに蹴り倒されて気を失う。

霞の兵たちは中庭を抜けて屋敷に突入する。物音に気づいた役人たちを次々と捩じ伏せ、兵たちは奥へ進む。

「敵襲ー!!」

カンカンという鐘の音と、見張りの高台から声が響くと、屋敷の中が騒がしくなり始める。


「兄上ー!」

朔臣は六原の別邸にある浄基の屋敷に走りこんだ。

「大変だ、兄上、父上の屋敷に夜討ちが!」

あまりに朔臣が大声で叫ぶので、奥にいた浄基の耳に届いた。女御や役人たちも目を覚まし、わらわらと集まって来る。

「浄基兄上に伝えてくれ!父上の六原奥殿に敵襲だ!」

「そんなに大声で怒鳴らなくとも聞こえておる!」

浄基はすでに装束に着替え、帯刀して現れた。

「兄上!」

「奥殿に火が上がっておる。いやでも目覚めるわ」

「本当だ!!これは一大事!!」

「朔臣、お主は奥殿に戻り、父上を守れ」

「承知した!」

そう言って朔臣は踵を返し来た道を駆けだす。

「若殿、ご支度を」

使用人たちが鎧を準備する。

「わが殿、戦でございましょうか?」

千子が心配そうな顔で聞く。

「奥殿に夜討ちだ。ここも危ないかもしれん。支度しておけ」

「・・・父上でしょうか?」

「わからぬ。だが、おそらく・・・」

千子は顔を伏せる。

「若殿、千姫、火の手が迫っております。急ぎください」

女御たちに促される。

「千子は子供たちのところへ行け。おれは奥殿へ行く!」

「必ず、お戻りくださいませ」

「もとよりそのつもりだ」

千子に笑みを見せて答えた。


兵たちが善戦する中、宗明は五人ほどの武士を連れて屋敷の奥へ奥へ目指して進む。

襖をあけて奥へ進むと、女御たちが夜着のまま悲鳴を上げて逃げていく。

そして一番奥の間へ。ここは紀基の私室のはず。

・・・だが、誰もいない。

布団が敷いたままになっている。手を当てるとまだ温かさがある。

「この近くに紀基が潜んでおる!探せ!!」

「おう!!」

箪笥や物入をひっくり返し、押し入れを開け中を見る。

その間も、ようやく持ち直し始めた緋家の兵たち役人たちが刀を振りかざし襲ってくる。

宗明たちは敵を一刀のもとに切り倒すが、宗明は焦り始めていた。紀基が見つからない。

このまま六原の制圧ができたとしても、紀基を討伐できなければこちらの負けだ。やがて朝敵として裁かれる。そうなれば霞家は断絶となるかもしれない。紀基さえ討てば、この治世を元の帝の世に戻すことができる。だが・・・。

「殿!!」

連れていた兵の一人が宗明を呼ぶ。

床の間の奥に、隠し扉があった。宗明は兵の肩に手をやってよくやったとねぎらって、扉の奥へ入る。

そこには、畳四畳ほどの広さがあり、六人の女御が肩を寄せ合って震えていた。

皆、衣被(きぬかつぎ)と呼ばれる絹を頭から被り、顔を隠している。

その中に最もしつらえのよい着物を着た女がいて、子供を抱いているようだ。

「・・・しの殿であるか?」

しのが顔を上げ、衣被を少し上げる。

「どうか、命とこの子だけは・・・」

しのは紀基の正室、この子は貞秀丸という末っ子だろう。

「もとより女御と子供には手を出さぬ。だが、ここはもうすぐ燃え落ちるゆえ、逃げるがよかろう」

「・・・はい・・・」

女たちはゆっくりと立ち上がり、外へ出ていく。

その時、一人の女御の着物の下から、かちゃりと音がした。刀の鞘が振れる金属音。その不自然な格好と体格の大きさが宗明の目に留まる。宗明はその女御の衣被を一気に引きはがす。

そこには、探していた紀基の顔があった。

絹が舞い上がり落ちるより先に宗明が刀を振るう。

「紀基、覚悟!」

だが宗明の振り下ろした刀は、絹に絡み取られ紀基の頬をかすめる。

「きゃあ!!」

女御たちは悲鳴を上げて一斉に逃げ出す。兵たちが刀を構えて紀基目掛け刀を振り下ろすが、逃げ惑う女たちが邪魔で振り下ろせない。

「宗明!わしはまだ討たれるわけにはいかん!!この治世はまだ終わらせるわけにいかんのじゃ!!」

「何を言う、紀基!!お主のごとき者が、世を治めるなど思い上がるな!」

「お主にもわかるじゃろう!武家の出というだけで、脳なしの貴族や公家どもから嘲笑われてきた!これからは武家の時代が来る!その礎をわしが作る!!」

「笑わせるな!!お主の独裁など、わしが止めて見せるわ!!」

宗明が刀を振り下ろす。紀基も刀を抜いてそれを受け止める。

「わからぬのか、力があればこの世は治められる!誰にも邪魔させぬだけの力があれば!!」

紀基が後ろに飛ぶ。宗明の兵たちも刀を構え、紀基を取り囲む。

「たわごとはあの世で言え!もう逃げなどないぞ!!」

「ふん!」

紀基は襖を倒し兵の一人に投げつけると、その上を走って庭に出る。

「残念じゃ、宗明!わしはまだまだ先へ行く!お主はここで終わりじゃ!」

紀基が言うと、どこかから、ずうぅん・・・ずうぅん・・・と音が響き始める。

「・・・・くっ、戦御体が来た!!早く紀基を討ちとれ!!」

言いながら宗明たちは一斉に紀基目掛け刀を打ち込む。

だがその瞬間、宗明は強大な圧力のような力によって真横へ飛ばされた。

宗明と兵たちが宙を舞い、地面にたたきつけられる。

ぐはっ!?

血を吐き、意識が遠のく。

宗明の意識はそこで途絶えた。


「御体だ!!戦御体が出てきたぞ!!」

霞の兵たちがざわつきだす。

ここまで優勢に攻め込んできたが、緋家の兵たちが体勢を整えだし、一進一退を繰り返し始めたところで御体が現れた。

やはり寄せ集め、烏合の衆といった風情の霞の兵たちとは違い、緋家の兵たちは統制をとって戦っている。寝静まっていた隙をついてここまで一気に来たが、勢いだけでは難しくなってくる。さらに御体が現れたことで、兵たちに動揺が広がる。

話には聞いていたが、やはりまじかで目にするとその大きさに圧倒される。夜の闇の中で炎に照らされて暴れまわる姿はまさに鬼そのものであった。

「火矢だ!!火矢を構え!!」

御体の倒し方は蓮華寺から逃げ出してきた僧から聞いている。

弓兵たちが矢頭に油をしみこませた布を巻き、火をつけて構える。

「射よ!!」

号令一下、しゅるると矢が放たれる。火のついた矢は弧を描いて御体へ降り注ぐ。いくらかは腕で払ったが、何本かは御体に刺さり、火が燃え移る。

「ああ、熱い!!熱い!!」

実際には繰り手は火傷など負わないが、御体の受けた痛みは繰り手に伝わる。

たまらず庭の池に飛び込む。

ぎゅうぅ!!という音とともに火が消え、巨大な水しぶきと湯気を上げた。

「今だ、攻め込めー!!」

霞の兵たちは活気づく。だが、池から御体は立ち上がった。

「何!?」

即座に御体が振るう腕によって兵たちが数人吹き飛ばされる。

「もう一度だ!火矢を放て!!」

慌てて火矢を撃つものの、濡れた御体の体には火がつかない。矢の当たるチクチクとした痛みに耐えればいい。

「霞の兵たちめ!このまま蹴散らしてくれるわ!!」

「下がれ!!下がれ!!」

逃げ惑う霞の兵たちを御体の長い腕が蹂躙する。次々と宙に飛ばされ地面にたたきつけられる。

霞の兵たちは徐々に追い詰められ、じりじりと下がっていく。やがて壁際に追い詰められ、身動きが取れなくなる。

「もはや、ここまでか!!」

誰かがそう叫んだ時、近くの土塀がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

濛々と立ち上る土煙の中、一体の御体が地面を響かせながら入って来る。その姿は緋家の御体よりずっと人型に近く、強烈な威圧感はそこにいる誰もが息をのむほどだった。

「我が名は霞宗明!!霞家の嫡男である!緋紀基の首を取りに来た!!紀基を差し出せば他の者の命は取らぬ!我が欲するは紀基の首ひとつ!!邪魔するものは我が槍の錆となれ!!」

御体”風結”は右腕に持った槍を、緋家の御体につきつける。

「くそっ!!」

緋家の御体は槍を片手で撥ね退け、ぐいっと前へ出る。だがその動きは風結にとっては遅すぎた。

ひらりと御体の体当たりを躱すと、右足で蹴り上げ、倒れたところに槍を突き立てる。

「くらえっ!!!」

「ぐわぁっ!?」

槍は倒れた御体の胴体を貫通し、地面まで突き刺した。

御体はそのまま動かなくなった。

「次はだれか!?命惜しくないものは我の前へ出よ!!」

宗矢がそう叫ぶと、緋家の武士たちは散り散りに逃げ出した。

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