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ひとつ、風を結いて 序章  作者: ひろくま


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序章ノ十二 ”逃亡”

宗矢は馬に縛られたまま、遠く伊豆まで運ばれてきた。

馬が揺れるたびに縄が食い込み、擦れて痛かった。何度か皮が破れて血が出たが、伊豆に着く頃には固くなり、痛みも最初ほど感じなかった。飯と水は毎日与えられるが、あくまでも死なないようにするためだけのものだと感じた。役人たちにとっては、仕事をした証拠が欲しいので死んでもらっては困るのだろう。

痛みに慣れてくると、幾度も幾度も澄乃のことが頭をよぎる。六原にいると聞いているが、澄乃自身が憎んでも憎み切れないあの紀基に囚われていると思うだけで胸が痛む。あの時の澄乃の「父を討って」という願いを果たしてやれなかった。伊豆に流罪となれば、もう京に戻ることは許されない。情けなさと悔しさがこみあげてきて止まらない。月明かりに白く映る澄乃の顔が浮かんでは胸のあたりを締め付けて行った。

そして凪舟。おれが紀基を討つために西洞院に着いたばかりに、おれについてきてしまった。そして謀反人として、父自身の手で斬首になったと聞いた。あまりにも悔しかったろう。戦で死ねれば武士は本望。だが、罪人として見せしめに殺されるのはもっとも屈辱である。なぜ、おれでなく凪舟が死ななければならなかったのか?自分への不甲斐なさと生きている情けなさを悔やまないときはなかった。

なんと情けないことだろうか。守るべきものなど何も守れない。いったい自分には何ができる?

このまま流人として何もできないまま終わるのだろうか。武士として嫡男に生まれ、剣術を磨き、力もつけてきた。だが、あの戦御体の前では生身の人間などあまりに無力だ。何のための半生だったのか。

自身の余生がこのまま終わることが悔しくてならない。

もう一度、澄乃に会いたい。凪舟の墓前に手を合わせたい。不甲斐ない自分を二人に謝りたい・・・。


伊豆の田子の浦に付くと、宗矢を連れてきた二人の役人たちは帰っていった。ようやく手足の縄をほどかれた宗矢は舟に乗せられ、島に渡った。

宗矢は大島に着くと、島の役人に引き渡された。

宗矢はその夜、どこかの屋敷の庭にある大きな松の木に縄をかけられたまま朝を迎えた。


翌日、日の出の後すぐに縄を解かれ、主らしき人物の前に引き出される。

「わしはこの大島を預かる島の主、藤内光季(とうないみつすえ)じゃ。よもや霞の嫡男が流れてくるとはのう。面白いこともあるもんじゃて」

「これから世話になる」

「わはは!聞いたか皆の者!罪人ごときが!わしがお前などの世話などするわけがあるものか!わしはあの、緋家の加護を受けた藤内家の棟梁じゃ!見縊るでないわ!!」

そう言って足で砂を蹴って宗矢に浴びせた。周りの役人たちもどっと笑う。

「わからぬか、お前はもうただの罪人じゃ!この島に来たということは、塵芥も同然!死んだ方が良かったと思うこと、覚悟せよ!」

そう言って頭を下げている宗矢を据え付けるように見下す。

宗矢はそっと頭を上げて光季を睨みつけた。

「ひっ!?」

その目の鋭さにたじろぐ光季。

「ななな、なんであろうとお前は罪人じゃ!!石切り場で働かせよ!」

宗矢は役人に連れられて屋敷を出た。


大島は火山島で、黒曜石が多く採掘される。

黒曜石はその名の通り、黒くキラキラとした光を帯びた石で、矢じりなどの武具や、勾玉などの装飾品に加工される。高値で取引されるので、大島は僻地の小さな島でありながら潤っていた。罪人や出稼ぎの人足が働きに集まって来る。ここで切り出した石を京や奈良などに送って糧を得ていた。

海が近い山肌の切り立った崖、黒い岩肌が露出していて、要綱を浴びるとぎらぎらと鈍い光で反射する。昼間は岩を砕く音、掛け声や金槌の打撃音で絶え間なく響いている。海風は粉じんを容赦なく巻き上げ、目や口に入って体を蝕んでいく。

大槌で岩を砕き、楔を打ち込んで水を注ぎながら石を割る。切り出した石はころを使ったそりで運び、舟に乗せて本土へ運ぶ。鋭く割れる黒曜石が、砕くたびに手に刺さる。手拭いを巻いたりしたが、やはりすぐに腕は傷だらけになってしまった。


宗矢たちには石切り場の隣に小屋が与えられた。そこで寝て、飯をとって日中は働いた。

過酷な仕事に最初は音を上げそうになっていた宗矢だったが、持ち前の体力と負けん気の強さで徐々に環境に慣れていった。

夜になり人足たちが眠りにつくと、宗矢はそっと小屋を抜け出し、海辺へ向かう。

枝を折り、石で削って木刀を作った。それからというもの、宗矢は毎夜欠かさず素振りをしてから床に就くようになった。

御仏がおれを生かした。それにはまだおれにやるべきことがあるということだ。ならば、その時がいつであろうが、鍛錬しておかねばならない。


その夜も、宗矢は浜辺で木刀を振っていた。

日が暮れても辺りは暑く、砂浜からも熱が足の裏を通して伝わってくる。

この島へ来てからどれくらいたったのだろう?宗矢の体つきは引き締まり、腕の太さも前とは比べ物にならないくらいに筋力がついてきた。

夜の闇の中に、波の音と木刀が風を切る音、宗矢の息遣いが聞こえる。

突如背後に気配を感じ、木刀を構える。

「何者か?」

「霞・・・宗矢殿でありましょうか?」

月明かりの届かない暗闇から返事が来る。

「まず自ら名乗るが礼儀!」

「・・・陰に生きる者ゆえ、我が主以外に名乗ることは許されておりませぬ。ご容赦くだされ」

「その陰の者が何用か?」

宗矢がそう言った瞬間、気配が消えた。

宗矢が急いで気配のあった辺りを見ると、枝に細く結って縛り付けてある紙を見つけた。

・・・・文?おれに?


その日も暑かった。

立っているだけでも汗が滴る中、宗矢たちは石を切り出し運び続ける。

荷車に切り出した石を乗せ、一人が前で引っ張り、もう一人が後ろから押す。どれだけ水を飲んでもすぐにからからに乾く。頭から井戸の水をかぶると体から湯気が立った。

宗矢が石に縄をかけ運んでいると、前を進んでいた男の様子がおかしいことに気づいた。ふらふらとして倒れかけたので、慌てて宗矢がかけよる。

「どうした?」

「・・・すまぬ・・・眩暈が・・・」

「井戸に連れて行ってやる。水で体を冷やせ」

「・・・かたじけない・・・」

宗矢は男に肩を貸して、井戸の淵までくる。

井戸から水を汲み、男の頭から水をかぶせる。男はぶはっ!と息を吐きだし、大きく目を開けた。

「ああ、生き返ったようだ・・・」

「ならばよかった。少し水を飲んで休め。役人が来るといけないので、おれは戻る」

「ああ、かたじけない。宗矢殿」

「・・・・・なぜ、おれの名を知っている?」

「ああ、申し遅れた。我が名は霞兼信。霞宗忠殿の側近であった。宗忠殿の屋敷で幾度かお見掛けしておった」

「?」

「ああ、おかしな顔をされるのも無理もない。何故わしがこのような地に流されておるのか不思議であろう?実は宗忠殿は謀反の罪で斬首されたのだ」

「なんと!?」

「謀反の罪で、大路にて斬首された。おれはその側近であったので、島流しになった。何もかも、紀基のせいだ」

・・・・宗忠叔父が・・・処刑・・・。

宗矢にとって宗忠は父・宗明と同じくらいに信用に足る人物だった。賢明でいつも力強い頼れる男だった。

「いったい何が都で起きている?教えてくれないか?」

「むしろ、知っていてもらわねば。だが、今は戻らねば役人が来る」

「う、うむ」

兼信は井戸のへりに手をかけて立ち上がると、宗矢の肩を借りて歩き出した。

「まことに情けない。今まで金勘定しかしてこなかったのでな・・・。重いものなど運んだことがないのだ」

そう言って兼信は恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。


その日の夜宗矢と兼信は、いつも宗矢が素振りしている砂浜にいた。

「・・・ということだ。宗忠殿も無念であっただろう」

兼信は悔しくて仕方ない様子だった。

宗矢の近しい者、皆が紀基の私政に苦しめられている。

「宗矢殿、わしの思い過ごしならすまぬが、この地においてもなお、刀を振ることを忘れておらぬのは、いずれ旗を挙げるつもりではないだろうか?」

「・・・おれにはわからぬのだ。おれに何ができるのか。弟を戦に巻き込み、命を失わせた。緋の使う御体にはどれだけ腕を磨いても敵うことはない・・・」

宗矢はずっと悩んでいた。どれだけ肉体を鍛えても、御体の前では無力だ。だが、何かせずにはいられない自分も止められなかった。そこに意味を見出せるのか、ずっと自分に問いていた。

「それが、わしが宗忠殿に頼まれていた資金繰は、御体を作るためのものであったのではないかと思っておるのだ」

「!?」

「あの宗明殿が、なんの勝算もなく恒範王の誘いに乗ったとは思えぬし、内密に何かをしていたのは間違いない。急にわしに資金繰を頼まれた頃を考えても、御体を作るためと考えれば辻褄があう。それは、紀基が最も恐れることであるからな。蓮華寺を焼き討ちしたのも、御体が絡んでいるとしたらそこまでする意味も見えてくるであろう」

兼信の言葉は静かであったが熱を帯びていた。そしてそこには兼信が信頼できる人物であると宗矢には思えた。

「その御体は、今はどうなっておるかはわからぬが・・・」

兼信はそう言って目を伏せたが、宗矢には確信があった。

「よもやではあるが、宗忠殿のあとを我が父が継いでおるやもしれぬ」


宗矢はあの夜に受け取った手紙のことを兼信に話した。

そこには、父、宗明からの文が記されていた。


先のいくさにては、家の安泰をのみ思ひはかりしあまり、汝と凪舟をもてあそぶがごとき憂きめにあはせしこと、父ながら心いたみ今も消えず

されど今やるべきは、内にて骨肉を削ることにあらず。国のまつりごとを私せる紀基を討ちて、世のことはりを正すことこそわれらが務めとなりにけり。

そのためにこそ、汝が力、望むに至れり。速やかに都へ帰り、ともに立つことを欲す。


手紙は早々に破いて海に流したが、そこには父宗明が紀基討伐に立つと書かれていた。宗忠と同じく、宗明も勝算なく動く男ではないことを宗矢はよく知っている。

「なんと、宗明殿が都へ参ぜよと・・・」

「だが、おれひとりではこの島を抜けられぬ」

「そういうことならばこの兼信、霞家の末党として出来ることはなんでもいたす。宗矢殿、まずはこの島を乗っ取りましょうぞ!」


兼信は商人との取引を長く続けてきたので、島にやってくる物売りたちとも顔が効いた。日々少しずつではあるが、掘り出した石を懐に忍ばせる。島から運ばれる黒曜石を船商人に横流しして、刀や槍を買い、小屋の床下に隠す。次第に霞家の遠縁の者や、光季に不満をもつ者を引き入れていく。言われもない罪で流された者たちが仲間に加わると、すぐに二十人を超えた。

光季の屋敷に出入りできる者が屋敷の間取りを描き、毎夜策略を練る。すると、いろいろなことがわかってきた。

島の民たちにも話しかけると、緋家の息のかかった藤内家を嫌うものも多かった。島の暮らしは楽ではなく、幾度となく不漁に悩まされるも租の取り立ては厳しくなる一方だった。島民たちは何度も陳情するも、領主光季は取り合わなかった。さらに兼信が船商人に調べさせたところ、見たことのない舟が時折港に着くという。

「光季が黒曜石を何処かへ横流ししているということか?」

「まず間違いないであろう。流れ先がどこかまだわからぬが、これは緋家への裏切りと言っていいであろう」

「近く、鎮守の祭礼があると聞いた。ここに光季は帯刀せずに現れる。島の民たちも集まると聞いている。五日後の夜だ」

宗矢たちは密談に密談を重ねる。仲間たちも奮起し、その夜を待ちわびていた。


光季は礼服姿で鎮守の祭壇に登り、儀礼として稲の穂と鰹などを捧げる。祝詞を読み、祭礼は滞りなく進んだ。そして光季は集まった民たちに向き直る。

「皆の者、今年も神仏への供物は捧げ終えた!これからも我を称え、藤内家が大島を統べる限りは安泰と喜ぶがよい!」

辺りは沈黙する。

「・・・どうした?これからも皆が貢ぐ限り生活を保障しよう!大島は我が治める限り安泰じゃ!!」

支配する静寂。あたりを取り囲む民たちや役人たちからも返事はない。

「・・・まぁ、まぁよい。これからも励むがよい!」

光季が降壇しようとしたところ、正面に立ちふさがるものがいた。

宗矢だ。

「な、なんだ!?」

突然のことに驚く光季に宗矢は刀を抜き、構える。光季はひぃっと声を上げて、尻もちをつく。

「藤内光季!今ここに貴様の悪事の証拠がある!」

兼信が現れ、宗矢の隣に立ち台帳を高々と掲げる。

「お主は島の民を騙し私腹を肥やしていた!島の石を横流しして、民からその生活を脅かすほどの租を巻き上げ、役人たちをも騙してその片棒を担がせていたのだ!民たちよ、聞け!我が名は霞家御曹司、霞宗矢なり!緋家の横暴に加担せんとする藤内光季を今ここで失脚させ、霞家の復興の足掛かりとする!!約束しよう!この大島の民たちの生きる糧は、ここに控える霞兼信が承る!民たちよ!我らに続け!!」

どおおおおっ!!という地響きのような歓声が上がる。

「なな、何を!?貴様、罪人の分際で!!」

「あきらめろ光季!お主の味方はこの島には一人もおらぬ!!」

光季の鼻先に刀の切っ先を向ける。光季は頭から冷や汗をだらだらと流し腰が抜けたように後ずさりした。

「逃げても無駄じゃ、光季。すでにこの台帳は京への船に乗せてある。もう、お主は緋家から見ても敵なのであるぞ。本土へ行っても逃げ場などないのだ」

兼信が光季の耳元で囁くと、光季は観念したように崩れ落ちた。


その頃、光季の屋敷の裏口から早馬がこのことを伝えようと走り出した。

屋敷の裏口に馬が差し掛かった時、槍で武装した男たちが立ちはだかる。石切り場の流人たちだ。

抵抗する伝令を馬からいとも簡単に引きずり下ろし、見る見る間に縛り上げてしまった。


光季も役人たちに縛り上げられ、牢へと連れていかれた。

「さあ宗矢殿、急がねばなりません。どこからでもこのことは都の紀基の元へ届きましょう。急ぎ、噂より先に都へ戻られよ!」

「すまぬ、兼信殿。本当に世話になった。お主とこのような場所で出会えたのも、おれにまだやるべきことがあるという御仏の思し召しであろう」

「紀基討伐の大義のためであれば、霞の御曹司に手を貸すのは当然のこと。必ず大願を果たしてくだされ」

二人は力強く手を握った。


宗矢はそのまま港へ走り、用意してあった船に飛び乗る。船商人が宗矢が乗り込むのを見て船を港から離れさせる。すべては兼信の手配通りだった。その兼信の手腕に宗矢はいたく感心した。

空が白み始める頃、宗矢を乗せた船は田子の浦に着いた。そこから馬で都を目指す。

宗矢の胸に、”取り戻す、国と、澄乃を!”という思いが溢れていた。

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