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ひとつ、風を結いて 序章  作者: ひろくま


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序章ノ一 ”宗矢” 

この作品はフィクションです。実在の団体・個人(歴史上のものを含む)とは一切関係ありません。ここに書かれている以外の意図もありません。ご了承ください。

仁平七年 夏


「おう、八反(はったん)のじい、暑いのに精が出るのう!」

「おお、宗矢(むねや)様!奥方様!」

宗矢が声をかけると、畑の向こうから八反のじいが手を振る。

じいは畑の胡瓜を二本取ると、孫娘に持たせ、「あげてきなさい」と宗矢を指す。

小さな孫娘は両腕で大きな胡瓜を抱え込むと、宗矢のところまでよたよたと走ってきて、胡瓜を差し出す。

「おお、くれるのか?」

宗矢が言うと、幼い少女は首を縦に振る。

宗矢は乗っていた馬を降り、胡瓜を受け取ると、そのまま齧る。

「おお、瑞々しくてうまいの!」

そう言って頭をなでると、少女は嬉しそうに八反のじいのところへ走っていった。

宗矢はもう一本の胡瓜をそばにいた澄乃(すみの)へ手渡す。

「今からまたあそこへ向かうのかと思うと、のどを通りませぬ。」

澄乃は受け取りながらも愚痴をこぼす。

「ともに行くと申したのはお主じゃろうに」

「風葬地に行くとは申しておりませぬ。馬で駆けたいと申しただけにございます」

少し頬を膨らませる。

「先に食っておかぬと、帰りはなお食えぬぞ」

「宗矢様は意地が悪い・・・」

膨れながら澄乃はぼりぼりと胡瓜を齧った。

「あら、ほんとに美味です」

「うまかった!」

宗矢は八反のじいにそう言って手を振る。じいと孫娘も宗矢に手を振る。

馬に乗り、走り出すと、澄乃も慌てて後を追う。

「駆けだすなら先に言ってくださいませ!」


ここ三埋野(みまいの)は風葬地として長い間使われてきた。

都から、身寄りがなかったり、金がなくて墓に埋葬できない骸が運ばれてくる。

森の近くに大きな穴を掘り、そこへ骸を入れる。一度に何人もの遺体が運ばれてくるので、穴はすぐにいっぱいになり、すると少し離れたところにまたいくつか大きな穴を掘り、そこがいっぱいになるとまた穴を掘る。だんだん彫る場所がなくなってくると、以前掘った穴を掘り返す。

するとたくさんの人骨が掘り出されるので、砕いて森に撒く。それがもう何十年も繰り返されてきた。

霞家は聖偉(しょうい)天皇の血を引く正統な武家の一族で、その本家の宗明の嫡男である。

御曹司である宗矢がこの都から遠く離れた三埋野の地で鎮守などをしているかというと、澄乃の父、緋紀基(ひののりもと)の命だった。宗矢の父宗明としては、両家の次の代の安定のために娘を互いに嫁に出したのだが、長女の沙苑は帝の子に嫁がせていた後で、宗矢には次女の澄乃があてがわれた。

だが当の宗矢は会う前から噂を聞いて澄乃のことを気に入っていたし、澄乃も祝言の日の朝まで「祝言など挙げぬ!」とごねていたが、その日初めて宗矢を見た時からおとなしくなった。

緋家は賢成(けんぜい)天皇の血を引く武家の一派であり、紀基はその本筋の棟梁であるが、歴史としては霞家のほうが古い。なので宗明は余計に腹立たしいところである。


二人は風葬地の骸の山まで馬を走らせてきた。

「怪我をするなよ、澄乃!」

「宗矢様こそ!」

そう言いつつ、二人は腰の刀を抜く。

そして死体に群がる野犬を斬る。森が近いせいもあってか、野犬や熊が死体の匂いにつられてやって来る。人の味を知った獣は、生きている人や家畜を襲うようになる。なので宗矢は日々ここで野犬の駆除をしていた。野犬は子供でも容赦してはならない。すぐに成長して、人間ではかなわないくらいの力をつける。むしろ、襲ってこない子供のうちに殺しておいたほうがよい。

野犬の集団に囲まれると身動きが取れなくなるので、馬で駆け抜けつつ刃を振るう。死体を食むのに夢中な野犬たちの首は無残に飛ぶ。血しぶきがかかる。

二人はそうして親三頭、子二頭の野犬を仕留めた。


近くの川に入り、体と馬を洗い流す。

宗矢は褌姿で川に入るが、澄乃は装束のまま馬を洗い流す。

「着物を脱げばよいではないか。おれ以外に誰もおらぬ」

「なので脱げぬのです」

「・・・髪や顔にも血がついておるぞ」

「・・・・。もう、決してこちらを見ないでくださいな」

そう言って澄乃も装束を脱ぎ、肌着になると着ていた着物を川で洗い流して枝に干す。髪と顔を洗い、櫛で髪を梳かす。この日はとても暑く、着物も髪もすぐに乾いた。

「お主も、着物を脱げば女なんじゃがのう・・・」

宗矢が肌着姿の澄乃を見ながらぼんやりつぶやく。

「!!」

澄乃は川の水を思い切り宗矢に浴びせると、宗矢はひっくり返って水しぶきを上げた。


その帰り道、少し遠くに濛々と黒い煙が立ち上っているのを見かけた。

「八反のじいの集落のあたりじゃな」

「火事でしょうか?」

「野盗やもしれぬ。行くぞ!」

そう言って二人は馬を走らせる。

都から少し離れたこの三埋野では、野党もよく現れる。死人の衣服を剝ぎに来たり、畑の作物を狙いに来ることが多い。

二人がたどり着くと、集落の家は焼かれ、街道沿いの木々が倒されていた。田畑も踏み荒らされている。

「ひどい・・・」

「この所業、何者であるか!!」

宗矢が怒号を飛ばす。

二人はさらに奥へと馬を進める。木の焼ける匂い、子供の泣き声もする。

「この木を切られたら、秋に献上する柿の実が取れなくなってしまいます。何とか御慈悲を!」

「やかましいわ、爺め!!」

役人らしき装束の数人が気を切り倒そうとしている。縋りつく八反のじいを、役人が蹴り倒す。

「うぐ!」

宗矢は駆けつけて馬から飛び降りると、役人たちの前に立つ。

「ここは三埋の鎮守のおれの領地だ。どこの役人か知らぬが、勝手は許さぬ!」

「邪魔をするな!我らは緋家とうりょ、ぐえっ!?」

言いきらぬうちに役人の鳩尾を澄乃の刀の鞘が直撃した。

「なんと!?」

「・・・致し方なし!!」

宗矢はほかの役人たちをあっという間にのしてしまった。

近くにあった麻縄で役人たちを縛り上げる。

「うう、ほどかぬと・・・後悔することになるぞっ、ぐえっ!」

またもや言い終わらぬうちに澄乃が一撃を加える。役人の顔がみるみる腫れ上がる。

「まあ、待て澄乃。お主ら都の役人であろう。なぜこのような野盗まがいの真似をする?」

「だから、言おうとしとるんじゃ!」

「なら、早う申せ」

「我らは緋家当主紀基様直々に若狭からの荷を運んでおる。大きな荷車に乗せた荷で、荷車の通りに邪魔になるものを取り除くのが我らの役目じゃ。この荷が遅れると紀基様のお叱りを受ける。お主らも、邪魔するとどんなお怒りを受けるかわからぬぞ!」

「父上の命ですって!?」

「ぐえっ!?」

澄乃が役人にもう一撃を食らわせる。

「だが、ここは民が暮らす場所。ここを荒らせば、租も払えず、植えるのは武士のみにあらずだ。民のものを無暗に荒らすことはまかりならぬ。道を変えていただこうか」

宗矢が言うと、

「たとえどんなものも邪魔するものは排除でよ、と紀基様が仰せなんじゃ、ぐえっ!?」

澄乃に「まあ、抑えよ」と宗矢は言って、役人たちを縛っている麻縄を掴むとついてこいと言った。

役人たちを引っ張って、今来た道を戻って行くと、丘の向こうから巨大な荷車を引いた一行が見えてきた。

「ああ、間に合わなんだ・・・」

「どんなお叱りを受けるか・・・」

役人たちが口々に言うが、澄乃に睨まれて慌てて口をつぐむ。

宗矢は進んでくる一行の前に出て、声を上げる。

「この一行の長よ、前に出でよ!我はこの三埋野の鎮守、霞太郎宗矢である!」

すると、列の中から馬にまたがった大男が前に進み出る。

「おう、ここはお主らの領地であったか」

「孝基兄上・・・」

「澄乃、宗矢、久しいのう!」

と言ってにやりと笑う。

澄乃がとても嫌そうな顔で孝基を見る。

「その役人ども、どうして縛られておるのじゃ?」

「わしの領地で勝手に野盗まがいのことをして居ったから、縛り上げたまでじゃ」

「そうか、それはすまんのう」

「この先の道は起伏も多く、道も狭い。その大きな荷車を通すなら、ここより少し戻り、丘を回る街道のほうが良かろう。そうしてくれるのなら、子の役人どもを引き渡す。できぬというのなら、野盗として刑にあてる」

「ほう・・・」

孝基は顎に手をやり、考えるそぶりをする。

「まあ、そのような役人などどうでもよいのだが、この先に邪魔があって通れぬのであればそれも致し方なかろう。だが・・・」

孝基は馬から降りて、宗矢の前に立つ。頭二つ分大きい孝基を、宗矢は見上げる形になる。

「宗矢、お主を倒して力ずくでここを押しとおるという手もあるな。なんせ、我らは一刻を争う。父上の怒りを買うのでな」

言いながら、孝基は腰の刀を抜く。宗矢も刀を抜き、構える。

「でえい!!」

叫びながら孝基が刀を振り下ろす。宗矢はそれを刃で受けるが、両腕にぎいんと振動が響く。

まともに組み合えば力負けする。宗矢は孝基の刃を横へ流すと、ひらりと身をかわして横から孝基の手元をつく。孝基は何とか腕を引いて躱したが、宗矢の読み通り、その動きは速くはなかった。

いける!

宗矢はそのまま跳ね回るように孝基を攪乱する。

「くそっ!」

孝基が刀を突き出す。その一瞬を宗矢は待っていた。ひらりと身をかわす。そのまま孝基の肩あたりまで飛び上がり、刀を一閃する。

孝基の烏帽子が半分に切れ、結っていた髪がはらはらと落ちる。

「くそう、宗矢!!」

孝基は怒り、刀を振り上げる。

「やめなさい、兄上!!」

澄乃の怒号が飛ぶ。

「今、勝負はつきました!宗矢は兄上の首を斬ることもできたのですよ!」

「くっ・・・・」

孝基は心底悔しいといった表情で刀を鞘に納める。

「仕方なし、この度はお主に従ってやろう。だが、霞家の御曹司風情が思い上がるなよ。・・・それと、その者たちは好きにせよ」

「えーーー!?」

縛られた役人たちが悲鳴を上げる。

「殺生な、孝基様ーーー!!」

「おいてかないでーーー!!」

一行は役人たちの叫びを無視して、引き返していった。

「宗矢様、けがはございませんか?」

「うむ、大丈夫じゃ」

宗矢と澄乃は孝基一行が見えなくなるのを確認してから屋敷へ引き返した。


「で、この役人たちはいかがなさるおつもりで?」

汀源馬(みぎわげんば)は宗矢の剣の師匠であり、育て役でもある。口ひげを蓄えているが、宗矢の父宗明よりもだいぶ若いはずである。長年霞家に仕えているせいか、何かの故あって緋家が嫌いなようで、澄乃のことを「緋家の姫」と呼び澄乃の怒りを買い、いつもにらみ合いをしている。

「うむ、とりあえず壊した家の立て直しをさせ、終わったら八反のじいの元で野良仕事をさせようと思う」

「そうですな、それがよろしいかと」

「しかし、あのような大きな荷車、初めて目にしたが、若狭からの荷だということだったが・・・」

「今朝方、旅の商人(あきんど)から、近く大きな戦が起きるのかもしれないと耳にいたしました」

「ほう」

「なんでも、近く桐雅の帝が子息の桐高王に跡目を譲るらしく、宮中で儀式の準備を進めているそうです。が、帝の弟君の西同院幸徳王が気に入らぬらしく」

「兵を集めておいでか」

「その通りで」

「帝の跡目争いとなれば、父上も討って出られるであろうな」

「霞の棟梁として、出ぬわけにはいきますまい。ここで出なければ、それこそ紀基翁の思う壺。緋家に霞家は抑え込まれてしまいます。ですがこの戦で武勲を挙げれば、霞家再興の足掛かりとなりましょう」

源馬はすでに戦に勝った気でいるのか、得意満面である。

「あら、ふたりで何のお話ですの?」

澄乃が肩越しに声をかけてくる。

「いや、近く・・・」

「緋家の姫にはなかなか言えぬことでありましての」

「あら、わたしには言えぬ話ですか?宗矢様?」

「もちろん、男の話におなごは口を挟むべからずにございます」

「あら、源馬には聞いてません!」

いつもの睨み合いが始まる。宗矢は深く溜息をついた。


その日の夜、宗矢と澄乃はふたりで、月を見ながら酒を汲み交わしていた

「今日はすまなんだな。お主の兄上が刀を抜いたので、ついおれも抜いてしまった」

「構いません。痛い目に合わせなければわからない人たちですから」

そう言って澄乃は、宗矢の手に持った杯にそのまま口をつける。

「暴れん坊の姫も、月夜の晩は、おとなしいの」

「私は今や、霞家の女でございます。源馬殿のような事を言わないでおくれなさい」

澄乃ははだけた胸元を直しもせずに、宗矢を見上げた。

「宗矢様、私の事は何も気にせずできることをなさいまし。もし父の首で天下を取れるのなら、宗矢様がなさるべきです。わたしに遠慮はいりませぬ。むしろ私は父を許すことができませぬ。宗矢様が、わたしと母の無念をはらしてくださいまし」

そう言うと、澄乃は宗矢の唇に自分の唇を重ねた

「宗谷様、紀基を討ってください」

その目は真剣だった。

「・・・」

宗矢はしばらく何と言えばよいか迷っていたが、口を開く。

「おれにそのような大それたことが出来るかわからぬが、その機がきたら、必ず成し遂げよう。お主の願いは我が願いじゃ」

澄乃は宗矢の体に身を寄せ、ぎゅっと宗矢の太い腕を掴んだ。言葉にならないくらいの温かいものを胸の奥に感じた。

「・・・さては、昼の源馬との話、聞いておったな?」

「・・・はい」


それから十日と幾日が過ぎた日、宗矢の元に使いが来た。

源馬との話に出ていた西同院幸徳若宮王からの使いで、至急西同院まで来られたしとのことだった。

宗矢は躊躇したが、これを断ると西同院に敵対心ありと見るとの使いの言葉で源馬を引き連れて同行することを決めた。

道中、都が近づくにつれ、その荒れた様子が見えてきた。

周辺の田畑は雑草に覆われ、農民たちは飢えているようだった。

なぜ、田を耕さないのか、と宗矢が農村の若者に聞くと、物を作れば役人がすべて持って行ってしまう。手元には何も残らないから、作っても生きていけないと答えた。

宗矢も源馬も、言葉を失った。使いの者が、「これが都の現状です」と冷ややかに言った。

だが都の大路に入ると、往来も増え、魚売りの声が聞こえてくるようになった。

「役人が多いようだが、何かあったのか?」

「緋家の者が、若宮王を見張っているのでしょう」

と使いの者が答える。

「だが、何かを探しているように見えるが・・・」

宗矢は気になったが、それ以上は使いの者は知らないと答えた。

京の南西側に位置する西同院は内裏を出た幸徳若宮王が暮らすために建てられた屋敷で、まだ新しく檜の香りがした。

御簾の向こう側に幸徳王が鎮座する。宗矢はやうやうしく(こうべ)を垂れる。

「遠路、よく参った、霞の御曹司よ」

「お招きに預かり、光栄」

「うむ、此度のこと何用かわかるか?」

「承知。でありまするが、某の口から申してよいこととは思えず」

「おう、よい答えじゃ」

幸徳王は嬉しそうに笑う。

「わしの側近にお主のようなことを申す者がおらんでな。気に入った。面を上げよ」

「はっ」

宗矢は顔を上げるが、若宮王の表情は御簾に隠れて見えない。

「ならば単刀直入に申す。霞太郎宗矢、わが元に加われ」

やはり、戦に出よということだ。今、宗矢が呼び出される理由はそれ以外に考えられないが、改めて言葉にされると躊躇する。

「案じておるのはお主の父のことであろう?」

宗矢が返答に困っていると、若宮王が先をついてくる。

「霞宗明にも使者を送り、わが元へ集うよう使いを出したが、約定により帝に刃を向けること敵わず、と断られてしまった。なんとも義理堅い男よのう。紀基は宗明との約定など何も守っておらぬというのに」

紀基と宗明は、紀基の娘澄乃を宗矢に、宗明の娘で宗矢の妹千子(せんこ)を紀基の長男浄基(きよもと)に、互いに嫁に出した折に不可侵の約定をしている。

「現実はどうだ?緋家の者は都の役職をほぼ牛耳ってしまった。これは霞家への侵略ととらえて差し支えなかろう。わが兄桐雅の帝を傀儡としてやりたい放題しておる」

御簾の向こうで幸徳王がこちらへ身を乗り出したのが感じられる。

「宗矢よ、この度の戦はわが権力争いにあらず。紀基のごときから、本来あるべき帝の立場を取り戻すための戦じゃ。それは今のゆがんだ世の中を正すため、誰かがせねばならぬ。」

ここまでの道中、それは嫌というほど感じていた。米や野菜を取り上げて緋家への貢物としている役人たちの現状、略奪にあって田畑を放棄して逃げ出す民たち。本来、野盗や獣から民を守るべき役人たちが、民から作物を力づくで取り上げるなどあってはならない。

「どうじゃ、宗矢。心は決まったかの?」

「恐れながらこの霞宗矢、心は王とともにあります。であるが、わが身は霞家の太郎にあり、棟梁を差し置き敵として父とまみえることは一存にて決めかねます。父と話す時をくだされ」

「そうか、今決めよとは言わぬ。だが、お主の心はお主で決めるがよい」

「承知」

幸徳王は立ち上がり、わが思いのために尽くせと言ってこの場を辞した。


「やはり・・・噂通りでありましたか」

源馬はのんびりとひとり、握り飯を食べていた。

「・・・」

先ほどまでの緊張感が一気に何処かへ行ってしまった。

「若殿もいただきなされ。冷たい水じゃ」

源馬はそう言って竹筒を手渡す。

「父上と話をするつもりじゃ」

水をすすりながら、宗矢は言うと、源馬はうなづいた。

「それがよろしかろう。宗明殿は約定にて動けぬが、宗矢殿には関わり合いないことですからの。それに、この都の現状を見るに、いささか思案も必要かと・・・」

源馬は人の目を気にして言葉を濁した。

その時、大路の奥から役人の一団がこちらへ向かってくるのが見えた。

大声で支持している大男を中心に、役人たちが走り回る。

「やはり、何かを探しているようだな」

「そのようですな・・・しかも、あれは・・・」

「ああ、あの大男、孝基だな」

会いたくない相手ではあるが、宗矢としては隠れる理由もない。だまってやり過ごそうと源馬に耳打ちする。現場はうなづく。その矢先。

「おお、誰かと思えば宗矢ではないか!」

「はあ、見つかった」

深い深い、ため息をつく。

「ここで会ったが百年目!のんびり木陰で一服しおって!貴様のおかげでこのわしがどれだけ父上に叱られたか、よもや知らぬとは言わせぬぞ!!」

「いや、知らぬが・・・」

「貴様の言う通りの街道に出れば、二日も余分にかかてしまったではないかっ!!」

・・・そんなに大回りしたのか?道を間違えたのでは?

宗矢は怪訝に思ったが、孝基の言いがかりは止まらない。

「父上に散々罵られて、兄者にも叱られたわ!!罰として、行方不明の小娘を探して来いと、面倒な仕事ばかり押し付けられておるのだぞ!!あっ、言ってはいかんことを言うてしもうた!!もう許せぬ!!この落とし前、つけてもらうぞ!!」

孝基は一人で勝手に言いつつ、腰の刀を抜く。都の往来で抜刀など、本来あってはならない。

「若殿・・・」

「案ずるな源馬、わかっておる」

宗矢は腰の刀を、鞘に刺したまま抜く。

「でぇーいい!!」

気合を入れながら孝基は向かってくる。だが、その動きは先日と同じ、まっすぐで直線的だ。ただただ力任せに突っ込んでくる。宗矢は右に飛ぶと、刀の柄で孝基の後頭部を一撃した。

ずうん・・・と音を立てて孝基が倒れる。

「お見事!」

源馬が言うと、周りにいた役人たちや町の者たちがこぞって宗矢に喝采を上げた。

「お主ら、こいつを連れて行き、水でもかぶせてやれ」

宗矢が役人たちに言うと、役人たちが七~八人ほどで孝基の巨体を運んでいった。

「さて・・・・」

「うむ、そうですな、もう出てきても構わぬぞ」

源馬が言うと、物陰から宮中の装束の少女が現れる。

「・・・」

「罪人が追われておるのかと思ってな、機を見て捕らえようと思っておったが、紀基のあの様子だと、事情がありそうじゃな」

「気づいておったのか?」

「あれだけ握り飯を見てぐうぐう腹を鳴らしておったら、いやでも気づくわい」

「・・・お主の腕を見込んで頼みがある!」

少女は宗矢の袖をぐいぐいと引っ張って、急に涙をぽろぽろと流し始めた。

「父様の仇を討ってくれ!おれにできることは何でもする!頼む!!」

そう言いながら宗矢にしがみつくと、わんわん泣き出した。

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