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魔女が作った精力剤



 八月二日、今日も今日とて僕は喫茶店ノーザンクロスのキッチンに閉じ込められていた。


 「カラス、またオムライス三つだ! その後明太子パスタとシーフードパスタがあるから麺を茹でときな!」

 「こっちの卵もう切れそうですよ!」

 「マジ!? じゃあ裏から取ってくるわ!」


 ランチ時のキッチンはまるで戦場のように慌ただしい。チキンライスを作りながら麺を茹でつつ、さらには食材の在庫まで把握しないといけない。


 「七番テーブルのフルーツケーキはまだですか!?」

 「あ、ごめんキルケちゃん! すぐに出来る!」

 

 レオさんもキッチンにいてくれているけど、ホールから次から次へとオーダーがやって来る。今日は何だかグループでいらっしゃるお客さんが多くて、大量のオーダーに追われていた。


 「あ、卵なら持ってきましたよ!」


 すると慌ただしいキッチンへ、このノザクロに新しく加わった新しい仲間──十六夜夢那が大量の卵が入った段ボールを持ってきてくれていた。


 「サンキュー、メナ!」

 「はーいっ、あ、お会計ですかー!」


 在庫が切れかけていた卵を持ってきたらすぐに、今度はお会計のお客さんの対応をする夢那。前々回が初出勤で今日が三回目だけど、本当にありがたい存在になってくれている。アルバイトは初めてだと言っていたけど経験者みたいな慣れ方だ。きっとトレーニング担当のアルタの教え方のおかげでもあるだろう。


 「烏夜先輩、次のオーダー入りました! ジャイアントインパクト担々麺です!」

 「じゃ、ジャイアントインパクト担々麺だって!?」

 「おいカラス、気合い入れて作るぞ!」


 ジャイアントインパクト担々麺とは、アイオーン星系原産の激辛スパイスをふんだんに使用した超激辛担々麺で、前に夢那が平気そうに食べていたけれどあまりの辛さに悶絶するお客さんが続出のメニューで、滅多に注文されることがない幻のメニューだ。


 「ゲェッホゴッホ! ちょっと吸うだけでもヤバいじゃないですかこのスパイス!」

 「息は止めとけ、じゃないと死ぬぞ!」


 ただでさえ戦場みたいな忙しさだったキッチンに毒ガスが撒かれたような状況で呼吸器が死にそうになったけれど、レオさんと協力してなんとかジャイアントインパクト担々麺を作り上げた。


 「キルケちゃん、気を付けて持っていくんだよ」

 「わ、わかりました!」


 こんな真夏のあっつい時期に辛いものを食べたくなる気持ちはわかるけど、一体どんな人が注文したんだろう……。


 「ぎゃああああああー!?」

 「だ、大星ー!?」


 なんかホールの方から知り合いの悲鳴が聞こえてきたような気がした。

 ちなみにその後、無事美空のお腹の中に吸収されていったらしい。



 ランチタイムのピークを終えて落ち着きを取り戻した頃、入口の鐘がカランコロンと鳴り響くと同時に店内がざわついた。


 「ま、魔女だ! 月ノ宮の魔女だぞ!」

 「ここで儀式をするのか……!?」


 なんだろうと思ってキッチンから少し顔を出してみると、いかにも魔女っぽい黒いローブを羽織ってフードで顔を隠した女性がやって来ていた。


 「あ、師匠……じゃなかった、いらっしゃいませ! 一名様でよろしいですか?」

 「えぇ、お願いするわね」


 月ノ宮の魔女ことテミス・アストレア。そういえば占いを趣味にしているキルケの師匠なんだっけ。二人が一緒にいるのを見るのは初めてだ。まさかここで見ることになるとは思わなかったけど。

 テミスさんはキッチンに近いカウンター席に座り、弟子のキルケが注文を取る。


 「ではマスターの特選コーヒーとシフォンケーキを一つね」

 「かしこまりました!」


 ハキハキと接客するキルケの姿を見て、師匠のテミスさんもどこか微笑ましそうだ。


 「烏夜先輩。ホールを覗き見る暇があるなら働いてくださいよ」

 「せっかく知り合いが来たのに?」

 「もしかして烏夜先輩、あの月ノ宮の魔女も口説いたんですか?」

 「別にそういうわけじゃないよ!」


 でもテミスさんも大概お美しい方だから、きっと以前の僕は初対面で堂々と口説いたんだろうなぁ。「僕にも恋の魔法をかけてくれませんか!」とか言ったに違いない。

 そんなことはさておき、テミスさんが注文したシフォンケーキを用意した後、コーヒーと一緒にマスターが直々にテミスさんへ届けに向かった。


 「久しぶりだねぇ月ノ宮のソルシエール。話はキルケーから聞いてるよ、君が弟子を取るなんて珍しいね」

 

 テミスさんはマスターが淹れたコーヒーを一口飲んだ後、ニッコリと微笑んで口を開いた。


 「あの子には運命のようなものを感じたの。ある日、夢の中で空から舞い降りてきた平将門から、今日運命に導かれし女子(おなご)と出会うだろうとお告げがあって、そしたら本当に偶然ルケーちゃんが弟子入りしてきたのよ」


 予知夢を見るなんて凄いなぁ。それにきても怨霊として有名な平将門がお告げにきたら怖いと思うけどね。

 

 「ところでボロー君はいるかしら? 彼とルケーちゃんに用があって来たの」


 テミスさんに呼ばれて、僕はキッチンから出ることを許された。僕はカウンター席に座るテミスさんの正面、キルケは彼女の隣に座り、業務はレオさん達に任せて丁度休憩を取ってテミスさんの話を聞くことにした。


 「実はね、今日はボロー君のために薬を調合してきたの」

 「え、薬ですか?」

 「実は師匠、薬草学にも精通してらっしゃるんですよ」


 するとテミスさんは鞄の中から、毒々しいオーラを放つ緑色の液体が入った小瓶を取り出してカウンターの上に置いた。


 「な、なんのお薬なんですか?」

 「媚薬よ」

 「なんですと!?」

 「どうして!?」


 僕のために媚薬を作ってきたなんて信じられないし信じたくないけれど、テミスさんはクスクスと無邪気に笑って口を開いた。


 「冗談よ。これはネブラ人に伝わる栄養剤で、脳の活動を活性化させるための薬よ。地球で言えば漢方薬みたいなものね」

 「もしかして、これを飲めば記憶喪失が治るかもってことですか?」

 「即効性があるわけではないわ。毎日夕食後にお水に三滴ぐらい溶かして飲めば、一ヶ月ぐらいで効果が出てくるはずよ。本来は物忘れが多くなったご年配の方が飲む薬なんだけど、今のボロー君に効くんじゃないかしら」


 僕はテミスさんから薬を受け取った。見た目は毒々しいけど、漢方薬だって結構味の癖が強いのが多いし、きっとその範疇だろう。


 「お忙しいのにわざわざありがとうございます、テミスさん。それにしてもお薬を調合出来るなんて凄いですね」

 「少しだけ医学なんかをかじっていたころもあったから、多少の心得はあるわ。そこまで期待はしないでほしいけどね」


 テミスさんが医学に精通しているだなんて意外だけど、確かに科学や医療技術が未発達な時代は占星術や天文学を用いて病気を診ていたともいうし案外理にかなっているのかもしれない。いや、今はそんな非科学的なものに頼る必要はないだろうけど。

 僕が目の前の薬が入った小瓶を眺めていると、隣にマスターがやって来て言う。


 「この薬に副作用はないのかい?」

 「そうそう出ることはないだろうけど、一度に大量に摂取すると卑猥な単語を口からとめどなく発するようになるわ」

 「そんな限定的な副作用が!?」


 しかも場合によっては社会的に死んでしまう可能性のある副作用だ。脳に関係する薬だからそんなことになるのだろうか。


 「師匠、この薬はどうやって調合するんですか?」

 「ネブラスッポンとネブラ牡蠣とネブラウナギとネブラニンニクその他諸々ね」


 その食材だけ聞くと精力剤としか思えないんですけど。そんなものばかり入れているから変な副作用が出てきてしまうのでは?


 「でもルケーちゃんにはまだ早いわ。また今度他の薬草について教えてあげるわね」

 「はい! よろしくお願いします!」

 「キルケちゃんは薬草も教わってるの?」

 「はい! 実は私、将来は医学の道に進みたいと思ってまして。あ、医者とかではなくて看護師や薬剤師とかですけど」

 「ほう! キルケーのドリームはナースだったのか!?」

 

 キルケの将来の夢が看護師だなんて意外だ。占いが趣味だからテミスさんのように占い師になるものだと思っていた。


 「私、ビッグバン事故の時に結構死の淵を彷徨ってまして。なんとか生還できたんですけど、病院で入院していた時に色んな方達に良くしてもらえたんです。ですから、次は自分がそうなりたいと思って」


 なんて殊勝な心がけなんだろう。それにしてもキルケは笑顔でそう語るけれど、死の淵を彷徨っていただなんて結構壮絶な過去だ。僕もこの前事故にあったばかりだけど。


 「ね、ボロー君、マスター。ルケーちゃん、とても良い子でしょ?」

 「そうですね。僕もそう思います」

 「キルケー。これミーからのプレゼントのドリンクだよ」

 「わーい!」

 「マスター、僕には?」

 「ボローボーイのドリームは?」

 「ナンパマスターです!」

 「減給ね」

 「キャラを貫いたのに!?」

 

 でも看護師とか薬剤師を目指している子が魔女と呼ばれているテミスさんに弟子入りしているの怖くないかな? 僕もテミスさんから薬を貰ったけれど、こんな毒々しい見た目の薬ばかりお店に並んでいたら変な噂が立ちそうだ。


 「私は今まで弟子を持とうとか思ったことなかったのだけれど、意外と弟子を育てるのも楽しいものよ。そういえばルケーちゃん、占いの方は順調かしら?」

 「はい! とても楽しいです!」

 「なら良かった。じゃあ折角だし私の占いを見せてあげようかしら」


 テミスさんはそう言って僕の目をジッと見つめてきた。妖艶な赤い瞳に見つめられて僕は思わず目を逸らしそうになったけれど、テミスさんに両手で顔を掴まれて動かせなくなった。もう恥ずかしくてたまらないけれど、テミスさんは構わず笑顔で僕の目を見つめていた。

 一時して僕の顔から手を離すと、テミスさんはホールで作業していた夢那をチラッと見た後、訝しげな面持ちで口を開いた。


 「ボロー君。あの可愛らしいメイドさんとはお知り合い?」

 「あぁ、夢那ちゃんのことですか? 最近知り合いましたよ」

 「最近?」

 「はい。夏休み始まってすぐぐらいですね」

 

 夢那はキルケとお揃いのメイド服を着て、今も楽しそうに接客をしているところだ。すっかりノザクロの環境にも馴染んでいる。


 「そう……なら良いわ。じゃあボロー君、最近体が不自由な女の子に出会った?」

 「へ?」


 体が不自由な女の子……パッと思い浮かんだのは、ビッグバン事故で右足を悪くしてしまったカペラだった。そういえば以前の僕とは面識がなくて、ワキアを通じて知り合ったんだっけ。


 「はい。確かに出会いました」

 「成程ね。その子を口説いた?」

 「口説いてはないですけど、知り合いではありますよ」


 この前皆で海に行った時にもカペラは来ていたし、いくらか話はした。内気で恥ずかしがり屋だけど、似た境遇を持つワキアのおかげか明るいところもあるし、漫画家という夢に向かって励んでいるのだ。

 まさかカペラとの出会いを言い当てられるとは思わなくてびっくりしてしまったけれど、テミスさんは妙に深刻そうな表情をしていた。


 「テミスさん? どうかしましたか?」

 「いえ……ボロー君、その子のことを気にかけてあげると良いわ」

 「そうすれば烏夜先輩に幸運が訪れるということですか!?」

 「そうかもしれないわね」

 「そ、そうですか……」


 カペラのことを気にかけてあげろ、と言われても僕はカペラの連絡先を知らないし、この夏休み中にまた彼女と会う機会もないだろう。早くても学校が始まる来月からだ。

 共通の知り合いであるワキアに頼めば連絡は取れるだろうけど、僕から頼むとワキアに変な勘違いされそうだなぁ……でもどうして、テミスさんはこんなに暗い表情をしているのだろう?



 少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくださった方は是非ブックマークや評価で応援して頂けると、とても嬉しいです!

 何卒、よろしくお願いします!

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