スピカとムギのプライド
七月も終わり、今日は八月一日。僕はスピカとムギと一緒に琴ヶ岡邸に招かれ勉強会をすることとなった。
琴ヶ岡邸には学習室なんていう勉強をするため専用の部屋まであるそうで、何なら家庭教師までいるという。そんな環境があるのに本当に僕達の力が必要かわからないけれど、期末考査で常にトップの成績を収めていた僕は前回全然ダメだったらしいし、そして僕の代わりに一位に輝いたスピカの力も借りながら勉強に励むことになった。
「スピカ先輩。ここの問題なんですけど……」
「あ、ここは京急電鉄の時刻表を参考にすると良いですよ」
早速スピカがベガに問題を解くヒントを教えてあげている。それはそれとして時刻表がヒントになる問題って何? 西村◯太郎のミステリー小説でも解こうとしてるの?
「烏夜先輩~死兆星って何座の星だっけ?」
「おおぐま座だね」
「じゃあナメ◯ク星ってどこにあるんだろ?」
「少なくともこの世界にはないと思うよ」
月学には観測レポートという独自の課題があるから夏休みとかの課題に他のレポートを書いたりする必要はないけれど、それでも普通の高校生並の課題は出されている。やはり宇宙に関するカリキュラムが多い月学だからか、国語とか数学の問題でも何かと宇宙に関連した問題が頻出している。
僕は夏休みの終盤を気楽に過ごしたいからいくらか早いペースで進めていた。
「ねぇスピカ、朧。私にも何か教えてよ」
「ムギは先輩なんだから、ちゃんと自分で解かないと」
「えー。朧~何だか今日のスピカちょっと冷たい」
「ちなみに何かわからない問題があるの?」
「えっとね……二〇〇九年のエリザベス女王杯の三連複と三連単の払戻金額の計算問題なんだけどね」
ムギは一体何の問題を解かされているの?
でもこの感覚を懐かしく思えるのはどうしてなんだろう。
「いや~やっぱりスピカ先輩とか烏夜先輩に教わると安心だよ~」
「私は? 私はどう?」
「あ、ムギ先輩のお話も、とてもわかりやすいと思います」
おいムギ、後輩に気を遣われてるじゃん。しかもムギは全然ベガやワキアに勉強を教えていないのに。
そんなこんなで勉強会はつつがなく進んでゆき、三時頃になるとお茶会をしようという話になった。
琴ヶ岡邸の大きな庭園が望める客間にて、ベガが淹れてくれた紅茶をいただく。
「ニルギリティーですか。このセイロンティーにも似た香りがミルクに合いますね」
「紅茶のブルーマウンテンなんて言われることもありますから」
「へー」
「絶対わかってないでしょ、烏夜先輩」
スピカ、飲むどころか紅茶の匂いを嗅いだだけで品種を当てたけど、そんなにわかるものなの? 僕にはミルクティーだなぁとぐらいしかわからないけれど。
僕はそこまで紅茶が好きじゃないけれど、不思議と美味しくいただける。紅茶のブルーマウンテンだなんて言われても全然わからないけれど美味しければいいや。
「うん、こっちの本物のブルーマウンテンも中々の深みだよ」
「よくブラックでいけるなー」
「ブラックで飲めないだなんて、ワキアも中々おこちゃまだね」
「良いですー私は美味しくカフェラテでいただきますー」
コーヒーが好きなムギを配慮してか、紅茶だけでなくコーヒーも出されていた。ちなみにじいやがブレンドしてくれたそう。僕もブラックコーヒーはあまり得意じゃないからミルクと砂糖をドバドバ淹れていただいている。高級だろうがなんだろうが関係ない、甘ければ良い。
にしてもティーパーティって何だか緊張するね。どうしてテーブルにお花が並べられてるの? 確かにティーパーティを写した写真にもあったような気がするけど、これが貴族とか上流階級の嗜みなの?
ベガやワキアに劣るとはいえスピカとムギも立派な洋館に住んでいるお金持ちで、こうやってティーパーティにおけるマナーもちゃんとしている。スピカはまだしも普段のムギからはお嬢様だなんて雰囲気は一切感じられないのに、なんでちょっと優雅にコーヒー飲んでるの。
「あ、実は二人にフラワーアレンジメントを作ってきたんですよ」
そう言ってスピカはまず青い花で作られたフラワーアレンジメントをベガに渡した。
「このお花はエボルブルスと言って、この爽やかな青色がベガさんにとても似合うと思って作りました。花言葉も『清涼』や『清潔』ですし」
「え、す、すごい……!」
確かにベガが今も青いリボンも着けているし青色が好きだ。青いエボルブルスの花々がよく似合っている。
「そしてワキアさんにはこちら、ヒマワリです。ワキアさんは太陽のようにとても明るくて、このヒマワリの花がぴったりだと思いました」
「わーい、ありがとースピカ先輩!」
そういえば前にワキア達にフラワーアレンジメントを作ってあげようってスピカが言ってたっけ。ガーデニングが趣味とは言っていたけれど、こういうのも作れるんだ。ベガもワキアも良い笑顔だし、それを見てスピカも嬉しそうだ。
「ねぇスピカ、私にも何か頂戴」
「じゃあクロユリで良い?」
「成程、花言葉は『呪い』と『復讐』、私にピッタリなお花だね……ってなんでだよ!」
「でもムギ先輩ってヤンデレとかメンヘラの素質ありそうだよ」
「なんでー!?」
もうノリツッコミしちゃってるじゃん。確かにクロユリとかもらっても全然嬉しくないけども。
「ねぇスピカちゃん。僕に贈るとしたらどんなお花になる?」
「朧さんにでしたらアネモネの花はいかがでしょう?」
「成程、花言葉は『はかない恋』か。確かに以前の僕の恋は長続きしなかったみたいだし……ってもっと良いのあったでしょ!?」
「さぁ、どうでしょうね」
スピカはフフ、といたずらっぽい笑みを浮かべていた。実は僕、スピカに何か恨まれていたりする?
そんな冗談も交えつつ、ベガとワキアに贈られたフラワーアレンジメントによってさらに彩られたティーパーティはその後も和やかな雰囲気で進んでいた。
「朧さん、マフィンはいかがですか? 家で作ってきたんですよ」
「う、うんありがとう」
スピカってお菓子も作れるんだったっけ。マフィンって作れるものなんだ、いやそりゃ作れるものだろうけど手作りするものとは思っていなかった。
僕がたどたどしくマフィンをいただいていると、同じくマフィンを食べていたワキアがニヤニヤしながら口を開いた。
「もしかして烏夜先輩、緊張してる? そんなんじゃお姉ちゃんの旦那さんになれないよ」
「ちょ、ちょっとワキア!?」
ワキアの何気ない無邪気な一言が、スピカとムギに火を点けてしまった。
「お待ち下さいベガさん。いくら可愛い後輩といえど朧さんを貴方にお譲りするわけにはいきません」
「え」
「そうだよ。私達から朧を奪おうだなんて一億と二千年ぐらい早いよ」
「すんごい長い!?」
なんかスピカとムギに変な火が点いてしまったかもしれない。ついさっきまで優雅な雰囲気だったティーパーティが一瞬にして険悪な雰囲気に包まれつつあった。
「確かにお二人は私達よりも朧さんとお付き合いしていた期間は長いかもしれませんが、私達の方が朧さんと濃密な時間を過ごしてきています」
「ま、二人が朧ハーレムに入りたいってのなら考えてあげてもいいけどね」
すんごい上から目線じゃん。当事者であるはずの僕が記憶喪失になってるから蚊帳の外になってるんだけど。
「あの、ワキアが勝手に言っているだけで、私はまだ烏夜先輩のことを、その、好きとかどうかは……」
「まだ?」
「そ、それは言葉の綾なんですっ」
僕、この場にいて良いのかな。こんなに僕のことを好きって公言されるの、いい加減恥ずかしくなってきた。
「ちなみに、どうしてスピカ先輩とムギ先輩はそんなに烏夜先輩のことを好きになったの?」
「あ、そういえば朧はまだ思い出せてないんだっけ、私達とのこと」
「六月ぐらいからの記憶が綺麗サッパリないんだよね」
「乙女さんが転校されてから、ということですか。では……お話しましょう。六月からのことを」
六月一日。朽野乙女が突然月ノ宮を去ってから、スピカとムギは自分達の身に起きたことを赤裸々に説明してくれた。それはもう赤裸々に。
どうしてもスピカが咲かせたかったローズダイヤモンドという幻の花、そして七夕祭のコンクールのためにムギが描いていた絵を巡る一連の騒動は驚きの連続で……スピカとムギは二人のために尽力していた僕にいつしか惹かれるようになったらしいけど、そこら辺の恋愛譚はまだわからないでもない。二人が僕にキスをしたという出来事まで語ってくれたけど、僕は全く覚えていないしただただ聞いてて恥ずかしい。
でも二人の話を聞いていて僕が一番気になったのは、一連の騒動の中でのある人物の立ち回りだった。
「本当にシャルロワ会長がそんなことを……?」
花を咲かせたローズダイヤモンドの花を千切り、そしてムギの絵をビリビリに破り裂いたのは、月ノ宮学園の生徒会長であるエレオノラ・シャルロワだという。そして僕は、会長自身がスピカとムギに明かすまで彼女を庇っていたのだ。
「なんで烏夜先輩は会長さんのことそんなに庇ってたんだろ? すんごい好きだったとか?」
「さ、さぁ……」
「当事者が覚えてないからわかんないね。何か弱み握られてたんじゃない?」
後日会長はスピカとムギに真摯に謝罪して、結果的に丸く収まったから二人もそこまで気にしていないと言うけど、あの会長がそんなことをするだなんて信じられない。僕は記憶を失ってから病院で一度だけ会長と会ったけれど、ちょっといたずら好きなところがあるお茶目な先輩って感じだったのに──。
『もう、歯向かわないから、許してください……許して……』
……なんだろう? 今の記憶は?
会長が、泣いていた……?
「朧さん?」
「え、な、何? どうかした?」
「いえ、何か思い詰めたような表情をされていたので」
「いや……何か思い出せそうなんだけど、やっぱり何か大事なことを忘れてる気がするんだよね」
「口座の暗証番号とか?」
「思い出してみて、朧。メモしてあげるから」
「聞き出そうとしないで」
皆を心配させないように、この場で思い出そうとするのはやめた。一連の出来事をスピカとムギに説明されたけど、やっぱり六月以降の記憶はあやふやというか、まるで僕の中に存在しないようだ。それ以前のことはなんとなくピンと来るのに……やはりそれだけ、幼馴染の朽野乙女の転校が大きなターニングポイントになっていたのだろうか?
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