金イルカのキーホルダー
パラソルの下で涼しむワキア達とは対照的に、ベガや夢那達は浅瀬でワイワイとビーチバレーで遊んでいた。
「そいやぁっ!」
「へぶぅっ!?」
夢那の強烈なアタックが決まり、バシィンッとアルタの顔面に直撃した。ビーチバレーで出ないような音が聞こえてきたんだけど。
「今のアタック凄いですね!? バレーボールもやられてるんですか!?」
「昔ちょっとやってただけですよ~」
「アルちゃん、大丈夫?」
「ま、負けるもんか……!」
何だか僕が混ざりにくい雰囲気だなぁ。後輩達で仲良くやっていてほしいから、僕は少し離れた砂浜から観察していた。
「喰らうが良い──僕の『自由への狂詩曲』!」
「なんかダサい技名言ってますよ!?」
「僕の美技に酔いしれると良いよ!」
意趣返しにと言わんばかりにアルタが夢那に向けて強烈なアタックを放つ。技名ダサいけど。
「お、おわぁー!?」
しかしコントロールが少しずれてしまい、強烈なアタックはキルケが受けることとなった。キルケはバランスを崩して浅瀬にバチャーン!と倒れてしまう。
「あ」
「き、キルケさん、大丈夫ですか!?」
技を放ったアルタは慌てて倒れたキルケの元へと向かい、彼女に手を貸した。少し海水を飲んでしまったのか、キルケはゴホゴホと咳込みながらも立ち上がり、笑顔を作って口を開いた。
「な、中々良いアタックでしたよ……次こそは返してみせます!」
いや張り合わなくて良いんだよそんなところで。
「いや~やっぱりアルタさんはモテモテですねー」
浅瀬でキャッキャとビーチバレーをしているアルタ達をパシャパシャと写真に収めながらルナが言う。
「ルナちゃんもその一人じゃなくて?」
「いやいや~あの中に割って入るのは勇気がいりますよ」
「……アルタ君のことを好きなのは否定しないってことね」
「そ、そんなことは言ってないじゃないですか!」
ルナの慌てぶりを見るに、アルタに気がないこともないのだろう。でも今までにアルタと築き上げてきた関係値で言えば、幼馴染のベガとワキアには敵わないところもあるかもしれない。
「何ならアルタ君に泳ぎを教えてもらえば良いんじゃない?」
「私がアルタさんを独り占めにするのも申し訳ないですし」
「じゃあ僕が教えてあげようか?」
「あ、それは結構ですので」
うーん冷たい。まぁルナは泳ぐよりも皆の写真を撮っている方が楽しいのだろうし、結構奥手なんだね。
しかしルナと談笑をしている最中、突然アルタ達の方から悲鳴が聞こえた。
「ひゃ、ひゃああっ!?」
悲鳴を上げたのはベガだ。慌てて僕達もベガの方へ向かうと、彼女は浅瀬に尻もちをついて怯えた表情をしていた。
よく見ると、ベガの足に海藻のようなものが付着している。海藻が足に張り付いてびっくりしただけかと思いきや、不思議なことにその海藻はベタンベタンと踊るように動いていた。
「あ、これネブラワカメだ!? どうしてこんな浅瀬に!?」
アイオーン星系に生息していた宇宙生物、ネブラワカメ。その名の通り見た目は完全にワカメだけどまるで踊るように体を動かして海中を泳ぐという不思議な生物だ。スープにしたり白ご飯に混ぜたりすると美味しい、動くこと以外は普通のワカメ。
「きっと沖合から泳いできたんだよ!」
「でもこれぐらい簡単に取れるよ……っていたぁ!?」
アルタがベガの足に付いたネブラワカメを取ろうとした瞬間、ネブラワカメは器用に体を動かしてアルタの頬に強烈なビンタを食らわせた。
「ひゃぁ、そんな激しく動かないで……ま、まだたくさん来てる!?」
「もしかしてベガさんを海に運ぼうとしてる?」
「はっ、つまり竜宮城に……? 浦島太郎ならぬ浦島姫?」
「そんなこと言ってないで早く助けてくださーい!」
アルタはネブラワカメの強烈なビンタを食らいながらもベガからネブラワカメを引き剥がそうとしていたけれど、いつの間にかどんどんネブラワカメが集まってきていて、ベガをどんどん沖合へ連れて行こうとしていた。
僕も慌ててベガの元へ向かったけど、完全にネブラワカメは僕を歓迎していなかった。
「このっ、ベガちゃんを離せ……ってごふぅっ!?」
「あ、烏夜さんに見事なボディブローが!?」
アルタにはビンタだけなのにどうして僕にはボディブローなの!?
「いっそのこと全部捕まえてワカメスープにしてしまいましょう! ボクにお任せを……って、ひぃああっ!?」
「だ、大丈夫ですか夢那さん! あ、私の所にまでネブラワカメが!? ひゃああ!?」
ベガを救出しようとした夢那とキルケの腕や足にネブラワカメが絡まり、彼女達もまたベガと同じように沖合へと連れて行かれようとしていた。ちょっとエッチな声を出すのはやめて。
「お嬢様あああああああー!」
しかしそんな中、ベガ達を救うべく浜辺から砂煙を上げながら猛ダッシュでじいやさんがやって来た。
「じ、じいや!?」
じいやさんはネブラワカメを恐れる様子もなく、猛烈なビンタを食らいながらもベガと夢那とキルケからネブラワカメを引き剥がし、見事三人を救出してみせた。思ったよりも武闘派だこの人。
「ぬぼあああああーっ!?」
「じいやー!?」
しかし三人の救出に成功したじいやさんは、大量のネブラワカメにもみくちゃにされながら代わりに沖合へと連れて行かれようとしていた。
「じいやさん……私達を助けてくれたご恩、一生忘れません」
「どうかお達者で……」
「いや、誰かはじいやさんを助けようとしなよ」
なお、じいやさんはライフセーバーにちゃんと救出され、収穫されたネブラワカメは希望した海水浴客達に配られることとなった。意思を持って動くワカメはあまり食べたくないね。
「いや~良い写真がたくさん撮れましたよ!」
日も沈んできた頃にお開きとなり、全員が水着から着替え終わった。ルナのカメラには今日一日で撮った大量の写真が保存されている。じいやさんがネブラワカメに襲われているところまで収められている。
「あ、そうだ。何かお土産買ってかない? 思い出にお揃いのもの買おうよ!」
ワキアがお土産屋の方を指さしながら言う。海水浴場に併設されているお土産物屋には、雑貨やお菓子だけでなく月ノ宮町で穫れた生鮮食品なんかも置かれていた。
そして全員で雑貨コーナーを見ていると、ベガがふと立ち止まった。
「これは……」
ベガが手に取ったキーホールダーには、小さな金色のイルカが付いていた。少しデザインは違うけれど、それはベガ達が持っている金イルカのペンダントと同じものだ。
「あれ!? 金イルカだ!? 最近全然見かけなかったのに」
「これに似たペンダント、ボクも持ってるよ」
「わ、私もです」
全員が一斉に首にかけていた金イルカのペンダントを見せあった。今日の面子で持っているのは、ベガとワキア、ルナ、キルケ、カペラ、夢那の六人だ。
大切な人との絆を強く結ぶという言い伝えがあるというペンダント。ビッグバン事故以前に月ノ宮海岸にあったお土産屋には謳い文句と共に置かれていたらしいけれど、それ以来同じものは見られなくなっていた。ここに置いてあるのはキーホルダーだしデザインも少し違うけれど、ベガ達にとっては大切な思い出の品なのだ。
「二つしか残ってないですし、一応お揃いということでアルちゃんと烏夜先輩にプレゼントしましょうか?」
「いやいや、自分のは自分で買うよ」
「え、烏夜先輩は買うの? 僕はお揃いのなんて、ちょっと恥ずかしいんだけど」
アルタがそう口にすると、この場にいた女子全員の表情が暗くなった。
「いや、え……? 買わないといけないの?」
空気読めてないよアルタ、さぁこの同調圧力に屈するが良い。
「わ、わかった。僕も買うから」
そして僕もアルタも金イルカのキーホルダーを購入した。どちらかと言うとアルタは皆とお揃いのものを買うのが恥ずかしいというより、単純に僕とお揃いってのが嫌なんだろう。
「やったねっ、これで皆お揃いだよ!」
「強い絆で結ばれる、か……ロマンチックで良いよね」
夢那はフフ、と微笑みながら自分の金イルカのペンダントを握りしめていた。この夏休み期間中しか月ノ宮にいない夢那にとって、良い思い出が作れただろうか。
「なぁ、なんで俺は蚊帳の外だったの? 一応俺も来てたんだけど?」
ちょっと寂しげな表情でレオさんが言う。そういえばいたねこの人。
「いや、お兄ちゃんはただの運転手だから。若い女の子とキャッキャしながら美味しいご飯を食べられただけでも感謝しなよ」
「ぐっ……確かにありがとう皆……!」
「なんで感謝されたんでしょう、私達」
ちなみにレオさんもペンダントは持っていなかったとのこと。どういうわけか女の子しか金イルカのペンダントは持っていないようだ。ベガとワキアも八年前に誰かからプレゼントされたっていうし、誰か配っていた人でもいたのだろうか? 金イルカのペンダントを持つ面子はそれをプレゼントされたことは覚えているのに、どういうわけか誰から貰ったのかを覚えていないというのは共通している。
僕はそもそもペンダントを貰ってないから誰なのかは知らないけれど、何だか不思議な話だなぁ。
そんなこんなで僕とベガとワキアはじいやが運転する琴ヶ岡家の車で、残りの面子はレオさんが運転する車でそれぞれ帰宅することとなった。
「いやー、楽しかったね今日は。結局烏夜先輩は誰もナンパしなかったね」
「やっぱりした方が良かったのかな?」
「でも前にちょっと危ない人の彼女さんを口説いたらドラム缶にコンクリ詰めされそうになったって言ってたし、しない方が良いんじゃないかな?」
以前の僕って結構死線を越えてきてたの? むしろどうやってそんな状況から生還したの僕は。
「烏夜先輩もお揃いの金イルカを買えて良かったです。まるで私達との絆も結ばれたような感覚がして嬉しいです」
屈託のない笑顔でベガにそう言われるとなんだかむず痒い。
「今日はベガちゃんやワキアちゃん達と一緒に遊べて楽しかったよ。まだ取り戻せていない記憶もあるけれど、こうやって新しい思い出で穴埋めすることも出来るから……本当にありがとう、二人共」
「何だか照れくさいです」
「でも烏夜先輩が綺麗すぎてちょっと気色悪いね」
「どうしてそんな酷いこと言うの?」
ある意味僕が事故に遭ったおかげでこうしてベガやワキア達と交流できているのは怪我の功名というところか。
それにしても絆、か……。
──このペンダントは、もう私には必要ないから──。
朽野乙女も、確かベガ達と同じ金イルカのペンダントを持っていたはずだ。ならば、離れ離れになった今でも、僕達の絆は結ばれているはずだよね……乙女。
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