デートでヒント
安全性重視とパクリ禁止の枷をはめた途端、リリスの発想力が鳴りを潜めるようになったこともあり、僕は図書館や大型書店でテーマパークの関連書籍を読み漁った。
こんな企画は、本来ならばプロの仕事だろう。
しかし、魔族に理解を示してくれて、かつ魔族のトンデモっぷりに耐えられそうな専門家は、現状ではとてもいるとは思えないし、なによりそんな人脈もない。
しかも、時間がない。
設計や見積もり、施設建設の段取りなどは魔界の専門家が空間魔法を使ってほんの一日で行ってくれるそうだが、未だに基本コンセプトすら定まっていないのだ。
もっとも、パクリや危険なものは論外だが、リリスの発想そのものは、あながち間違ってはいないと思う。
テーマパークを訪れる人は、非日常的な体験を求めて来るのだ。
そして『死ぬほどの恐怖』や『死ぬかと思うほどのスリル』というのも非日常体験の一つだ。
お化け屋敷やホラー映画が未だに廃れないのも、それなりに需要があるからなのだろう。
しかし、だからといって、魔界の特性を生かしての『巨大なお化け屋敷』だけでは安易すぎる気がするし、ゲストが何度も繰り返し訪れたくなるようなものになるとも思えない。
なによりも引っかかるのは、リリスたち魔族のトンデモさは、うまく使えばもっと面白いことができるのではないかと思うことだ。
僕は内心焦りながらも、ヒントを探して単独行動で彷徨った。
「やあ、魔王様」
市立中央図書館で関連書籍を読んでいると、優香が声をかけてきた。
「おう、優香か。こんなところで奇遇だな」
僕は内心ドキドキしながらも平然を装った。
嘘を言語化できないだけで、そのぐらいのことはできるのだ。
「私は週一ぐらいでここに来てるんだよ。サトルがいるのが珍しいんだってば」
優香は不本意そうに言った。
そういえば優香は、男女問わず人気があるのに、ピアノのレっスンがあるため放課後は単独行動することが多かったな。
僕もこれからはたまにここにも顔を出すようにしてみるか。
「そりゃ失礼。でも魔王様はやめてくれよ。他の人に聞かれたら変に思われるだろ」
「アハハ、ごめんごめん。ところで部活は?」
「軽音部は充電中」
軽音部のバンド仲間は、文化祭で燃え尽きたようになっていた。まあずっと一生懸命だったし、あとは新歓まで特に行事もないのだから無理もない。いずれまた戻ることを約束して、今は僕も軽音部の活動からは離脱している。
「いや、そっちじゃなくて、アイドルのほう。DAW研究部だっけ?」
「そっちは相変わらず頓挫中。せっかく手伝ってくれたのに、ほんとごめんな」
「ああ、いいよいいよ。なんだかんだで面白かったしさ。――ところで、何読んでるの?」
僕は優香に読んでいた本の表紙を見せた。
テーマパークの関連書籍。ガイドブックの類ではなくビジネス書寄りの新書だ。
「これって、例の活動の一環?」
僕は黙って頷く。
そういえば前に優香は『もっと私を頼ってくれてもいいんだよ』と言ってくれた。
僕にも男の意地があるし、優香の曲を台無しにしてしまった件もあって、そう簡単には優香を頼るわけにはいかない。
でも、第三者に話せばヒントぐらいは見つかるかもしれない。
そしていまのところ、僕が魔界関連のことを話せる第三者は、優香しかいない。
もちろんガッツリと手伝ってもらうわけにもいかないが、話を聞いてもらうだけでもありがたいほど切羽詰っているのも確かだ。
「優香、もしよかったら、場所を変えて話を聞いてくれないか。お茶でもおごるよ」
明るい色の自然木を基調としたこのカフェに来るのは三回目だ。
一回目は初めてリリスに道で声をかけられた時、二回目はルキに領事館準備室長の就任を要請した時。
女の子を連れてきてもご満足いただけそうなおしゃれなカフェは、恥ずかしながらここしか来たことがない。
しかも変な話だけど、人間の女の子と来るのは初めてだ。
「文化祭はすごかったね。サトルのギターは相変わらず上手かったけど、他のメンバーの人たちが、去年とは見違えるように上手くなってて驚いたよ」
優香はキャラメル系フレーバー入りのラテを飲みながら話す。
「あんなすごいピアノ演奏をする優香にそんな風に言われると、なんだか気が引けるよ」
僕はブラックコーヒーをすすりながら答える。
それほどコーヒーの味がわかる訳じゃないけど、女の子とここに来ると、なんだかつい背伸びしてしまうのだ。
「そうそう、そういえば梨々栖ちゃんたちのPVの動画見たよ。私が作った曲だと思ったら、なんか恥ずかしいような、照れくさいような、妙な感覚だったよ」
「でも曲は本当に良かったんだよ、曲はね。マジ申し訳ない」
「いえいえ、おそまつさま。たしかに歌詞と間奏のパフォーマンスはちょっとアレだったけど、ダンスと歌はすごかったよ。でもなんかもったいないよね。三人ともすごく可愛かったし」
「正直、歌詞とライブパフォーマンスの件は僕のミスなんだわ。文化祭前のバンド練のこともあって、ちょっと目を離してしまったんだ」
「そっかぁ。――で、今は何やってんの? 『テーマパークの科学』なんて本読んじゃってさ」
なんてことはない雑談から、急に核心に迫られ、空気が変わる。
――僕は今回の事情を優香に説明した。
「へぇ~、今話題の『東京メガフロート』って、サトルが作ってるんだ!」
「いや、僕が作ったというより、僕の相続した資産を使って魔界が作ってる、だな」
「それにしても、今度はまたいきなり大きなことをやるんだね」
「面目次第もございません。まあアイデアさえ出せば、あとは魔界の建築家たちが全面的にバックアップしてくれるから、それほど専門的に考えることではないんだけどね」
「う~ん、どんなテーマパークがいいかなぁ。私はピアノのレっスンがあったから、実はあんまりそういうところに遊びに行ったことないんだ」
「僕もそうだよ。恥ずかしながらモテないし、例の能力のこともあって友達も全然いないし、事実上母子家庭だったし……」
「今はモテないってことはないんじゃない? って思うけど……まあいいや」
僕たちはしばらく黙って考え込んでしまった。
「ねえ、本を読んで、なんかヒントになりそうなこと書いてあった?」
「いや、今のところ全然。ガイドブック以外は、理論的な話や設立までの逸話とかばかりで、どの本にも実践的なこと、時に企画立案については全く書かれていないんだよ」
「そっかぁ、まあ考えてみれば、どんな風にアイデアを出してるかなんて、ライバルを増やすだけだからノウハウは公表したくないよね」
またもや僕たちは黙り込んでしまった。
「じゃあさ、今からちょっと遊びに行こうよ。何かヒントが見つかるかもしれないよ。こうして黙って考えてても仕方ないっしょ」
しばらく二人で黙って考えた後、優香がそう言い出した。
「え? 今から? テーマパークへ?」
もう夕方と言ってもおかしくない時間だ。
「違う違う、もっとどこか近場で手軽なのを。そうだな……そうそう、ボウリング! 私、一度もやったことないんだ」
「へぇ~、なんか意外。優香ってボウリング得意そうなのに」
僕の中では、ピアノは別としても、ショートヘアが似合うスマートな優香は、何でもそこそこ、それなりに……いや素敵にこなせるようなイメージがある。
「ちょっと前までは本気でプロのピアニストを目指してたから、少しでも指に負担をかけるようなことは禁止してたんだよ。実は今もいろいろと迷ってるんだけど、まあ一回ぐらいならいいや。サトル、私にボウリングを教えてよ」
「そうだな、たまには深い穴を掘ってみるのもいいかもな」
「キャハハ、ちげえよ」
優香は笑いながら肩に軽くグーパンチを当ててくる。
でも、優香と遊びに行くなんて願ってもないことだが、僕だけ遊んでいてもいいのだろうか。
今回はほぼリタイアしているアイリスはともかく、今日は別行動のリリスたちも今頃は必死で考えているだろうし、アイデア出しのタイムリミットも迫ってきているのに。
夕方のボウリング場の客層は、高校生や大学生と思われる若いグループがほとんどだった。
併設のゲームセンターには、市内の別の高校の制服姿もちらほら見られる。
もう少し後の時間には、客層もサラリーマンやOLと入れ替わるのだろう。
「なんかワクワクするね、こういうの」
レンタルのシューズに履き替えている時、優香が言った。
「ん? どういうこと?」
「あんまり行ったことないんだけど、スケート場とか、あとプールや海なんかもそうだね。靴を履きかえたり、服を着替えたりする遊びって、準備しているときはなんだか緊張もするんだけど、妙にワクワクしない?」
「ああ、なるほど。わかる気がする」
「温泉やお風呂屋さんみたいに完全に脱いじゃうのとはまた別で、変にテンション上がるっていうか、楽しむスイッチを入れてるって感じというか」
「う~む……」
「ん? 何か思いついたことがある?」
「いや、これは言えない」
僕は思わず目を逸らす。
ここで『いや、なんでもない』と言えないのがつらいところだ。
「あ、今、脱いでるとこ想像したでしょ!」
妙に鋭いところがある優香が、気付いて問い詰めてくる。
「……ごめん」
僕は嘘がつけない。
「変態!」
優香は僕を睨みつける。
「しょうがないじゃん」
だって優香は僕にとって眩しすぎるぐらい魅力的なんだから、と続けるのはやめておく。
沈黙は嘘ではないのだ。
「ったく、魔王様はエッチだね。今回だけは特別に許してあげるよ」
優香はあきれ顔で、執行猶予つきの温情判決を下してくれた。
なんだか理不尽な気もするが、優香とのこんなやり取りは、少し甘酸っぱい気持ちにもなる。
「じゃあ、次はボール選びな。あの並んでいる中から、重さよりも、手にしっくりくるもの重視で選ぶんだ」
僕は強引に話題を変えて、優香をボール置場に連れて行く。
でも、この優香との一連のやり取りで、なんだか僕は頭に引っかかるものを感じた。
残念ながらあまり覚えていないんだけど、母親同士も仲が良かったこともあって、小さい頃は優香と一緒にお風呂に入ったこともあったよな、とかそんなことは置いといて。いやマジで。
「ねえサトル、ここでもハロウィンでイベントをやるんだって」
優香がボール置場の壁に貼ってあるポスターを見ながら言った。
「へぇ~、面白そうだな。そういえば、もうそんな時期か」
「なんかさ、ハロウィンって、最近急に日本にも浸透してきたって感じだよね。私たちが子供の頃なんて、全然だったのに」
「だよな。実は今でも僕はハロウィンってよくわかってないんだけど。カボチャ祭りだと思っていたぐらいで」
「去年レッスンの帰りに見たんだけど、街でも当日は仮装している人がいっぱいいたよ。なんかみんな楽しそうだったな」
その時突然、僕の中でインスピレーションの稲妻が走った。
非日常的な体験、準備中のワクワク感、ハロウィン、仮装、参加型……。
ちょっと安易だろうか?
いや、でも他に同じようなテーマパークは、僕の知る限り見当たらない。
「サトル、ボール決まったよ。このあとどうすればいいの?」
おっと、今は優香との(僕的には)デートの真っ最中だった。
その後『心ここにあらず』な僕のボウリングのスコアは、初心者ながら筋のいい優香に危うく不覚を取りかけるほどにボロボロだった。
残念ながらカッコいいところは見せられなかったけど、優香が「スカッとするね」と楽しんでくれていたのが、せめてもの救いだ。
お読みいただき、ありがとうございました。




