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どうやらこの魔族とは話し合う必要があるようだ  作者: 森谷礼二
魔族、アイドる
14/25

作曲依頼

 次の日の放課後、僕は教室を出ようとしていた優香に「話がある」と言って呼びとめた。


 最近は、ボッチにとっては大きなお世話ツールのLINEメッセージすら送っていなかったので、なんだかいきなりになってしまった。

 もしかすると『告られる?』みたいに思われたらどうしようかとドキドキしたが、わりとあっさりと優香が「わかった、いいよ」とごく普通の口調で言ってくれたので、ホッとした。


 このまま告っていたらどうなったのかも気になるところだが、もともと僕にそんな度胸はないので、考えないようにしておこう。

 僕は「ちょっと長い話になるから」と、優香を連れて学校近くの公園のベンチに移動した。


「――音大受験をやめて、幼稚園の先生を目指すんだって?」

 僕は自動販売機で買ったジュースを優香に渡しながら問いかけた。


「お母さんに聞いたのね」

 ちょっと険のある言い方に、僕は少しびびりながらも黙って頷く。


「まあね。クラッシクピアノには自分の限界を感じたんだ。上には上がいるって思い知ったよ」

 優香がため息をつく。


「いまでもレっスンを受けてるの?」

「うん、一応。でも、レっスンは減らしてる。音大以外なら普通の受験勉強もあるしね。それに最近はピアノも崩して、ジャズやポップスにも挑戦してるんだ。まあ楽しんで弾いてるよ」


 こないだ道で偶然会った、優香のお母さんから聞いた通りだ。


「サトルは軽音部に復帰したんだって?」

「うん、いろいろあったけど、また前のメンバーで」

「そっか、がんばってね。去年サトルのギターを文化祭で聞いたけど、なかなかやるじゃん、って思ったよ。他のメンバーはちょっとアレだったけど」


 僕のギターなんて、幼いころに自分から「やりたい」と親に言って始めた優香のピアノとは、本気度も費やした年月もまるで違うんだけどな。


 こんなふうに、母の葬儀に参列してくれてまた学校で話すようになって以来、優香は何かと僕に目をかけてくれている。リリスやルキが来てからは僕の周辺もなにかと賑やかになったけど、それまで ボッチだった僕にとっては、いわば恩人のような存在だ。

 もちろんそれ以前に、憧れの存在でもあるのだけど。

 そんな優香にこんな頼みごとをするのは、なんだか気が引けるのだが。


「実は、リリスたちがアイドルグループを結成したんだ。まあ最初はネットの動画サイトに投稿するような、地下アイドルとしての活動から始めるんだけど」

「へぇ~、瑠姫ちゃんも?」

「うん、あと一人と三人で」

「そっかぁ、梨々栖ちゃんも瑠姫ちゃんも可愛いもんね」

 優香はなんだか含みのあるような態度で言った。


「それで、その……実は、曲を作ってくれる人を探してるんだ」

 本題に入ったのはいいけど、優香が幼いころから本気でピアノに打ち込んできたことを知っているだけに、やはりこんなことを頼むのは申し訳ない気がしてきた。


「なるほど、それで珍しくサトルのほうから声をかけてきたんだ」

 そんなふうに言われると、ますます申し訳なく思えてくる。


「作ってほしいのは曲メロと歌メロだけで、あとのアレンジはなんとかなるそうなんだ。でも、もし売れたら印税みたいな形で報酬も出せるんだけど、当初はその、そういうのは出せないんだ……まあずいぶんとムシのいい話なんだけど」

 なるほどね、と言って優香はため息をつき、遠くを見て黙りこんでいる。


「あいつら本気だから、なんとかしてやりたいんだ。無理にとは言わないけど、できる限り前向きに考えてほしい。頼むよ。……っていうか、無理だよな……」


 優香はしばらく考えた後、

「面白そうだから、やってみてもいいよ」

と僕のほうを向きなおして言った。


「え、いいの?」

「実はね、コンクールで譜面通り忠実に弾くだけのほうが評価されるクラッシック・ピアノに、疑問を感じたっていうか、飽きちゃったってところもあるんだ」

「そ、そうなのか……なんかもったいないような……」

「それに、音大にはピアノ科以外にもいろいろあるし、まだ迷ってるところもある。だから、そういうのもちょっとやってみたいかも」

「おお、ありがとう、助かるよ!」


「でも、ひとつ条件がある」

 優香の顔が少し険しくなる。


「サトルが私に隠してること、全部話して。梨々栖ちゃんのことも、瑠姫ちゃんのことも。他にも小学校の頃、急にみんなとあんまり話さなくなったことや、最近、社会科準備室に放課後頻繁に出入りしていることとかも。絶対に誰にも言わないって約束するから」


 ……どうしよう。


◇  ◇  ◇  ◇


 小四の頃から、僕は例の能力に悩まされていた。


 嘘を見分ける『ポリグラフ』のほうはまだいいのだ。

 気付かないふりでも何でもできるし、相手に嘘をつかれていても、心で泣いて顔で笑うこともできる。使いようによっては便利な能力かもしれない。


 でも『他人に嘘をつけない』という代償のほうは、こんなにも生き辛くなるなんて思わなかった。例えばサッカーのフェイントやカードゲームのブラフなんてことはできるのだが、嘘を言語化することができない。言葉が出ないのだ。


 世の中には『やさしい嘘』というものもある。

 絶望的な状況で「大丈夫」と言って相手を安心させる、なんてことも『やさしい嘘』のひとつだろう。

 しかし、僕にはそれらができなくなった。


 僕は当時、母親にこの能力のことを相談したが、母は困った顔をして「その能力のこと、誰にも言ってはいけませんよ」と念を押した。おそらく僕に魔族の血が流れていることが世間にバレて、偏見の目で見られたり、場合によっては人体実験を受けたりするのを懸念してのことだろう。


 必然的に僕は、実に寡黙な学校生活を送ることになった。

 僕に話しかけてくるのは、幼馴染みで嘘オーラが一切見えない優香だけだ。


 そして僕と優香は、小五で数年ぶりに同じクラスになった。


「優香ちゃんって、サトル君とよく話してるよね。もしかして、サトル君のこと好きなの?」

 ある日、同級生の女の子たちが、優香を冗談交じりで囃し立てた。

「そ、そんなことないよ。幼稚園から一緒なだけで。腐れ縁ってやつ?」

 この時僕には、初めて優香から限りなく黒に近いグレーのオーラが見えた。

「だよね。優香がサトル君のこと好きな訳ないもんね」

「そうそう、サトル君っていつも一人で黙っていて、何考えてるかわかんないもんね」

「なんかちょっとキモいよね」


 当の本人がここにいるというのに、クラス内のカースト上位な彼女たちは、幼さ故の残酷で無神経なことを口々に言い放つ。


 すると、突然嘘オーラが消えた優香は、困ったような笑顔から一転、真顔になり、彼女たちに言った。


「サトルは全然キモくないよ」


 毅然とした優香のその態度に、周りの女子は凍りついたように沈黙した。


 その後、僕と優香の距離は、なんとなく緩やかに開いていった。

 そして小六で僕たちはまた別のクラスになった。


◇  ◇  ◇  ◇


 結局、かなり迷った末に、僕は優香にすべてを打ち明けることにした。

 今回の頼みごとだけでなく、普段から嘘オーラも出さずにボッチの僕に話しかけてくれて、なにかと僕を気にかけてくれる優香に対する、せめてもの礼儀だと思ったから。


 真実を打ち明けることで、優香が僕に対して一線を引くようになっても仕方ない。

 それに、優香が真実を知って、僕を拒絶することになると決まったわけではない。

 どうせいつかは『ポリグラフ』のこと以外はカミングアウトして、魔界の親善大使に就任するのだ。

 今のうちに信用できる理解者を一人でも増やしたほうがいいかもしれない。


「ふぅん、そんなことがあったんだ」


 僕がこれまでのいきさつをすべて話すと、しばらくして優香が言った。


「な、なんていうか、ずいぶんあっさりと信じるんだね」

 最初に僕と会った時の、リリスの気持ちがわかったような気がする。


「そりゃ信じられないよ。っていうか、今でも混乱して頭の整理がつかないよ。――でも、全てのつじつまは合ってるし、サトルは嘘をつかないもんね。あ、嘘をつけないんだっけ」

 優香はそう言って苦笑いする。


「サトルの場合、みんなから嫌われてるんじゃなくて、自分から壁を作ってる感じだったけど、なるほど、無理もないなって感じかな」

 ここで無責任ななぐさめをしないのが、優香の優香らしいところだ。


「まあ、約束だからね。絶対に誰にも言わないし、作曲のほうも一応やってみるよ」

 そんなことを言ってくれる優香からは嘘オーラが見えなかったが、能力を使ったこういう確認も、なんだか試しているみたいで心が痛む。


「でも、いいの? 魔界のために手伝うことになるんだよ?」

「そりゃ人間を滅ぼすっていうなら、引き受けないどころか全力で止めるけど、むしろその逆でしょ? 友好のためなんだから、悪い事じゃないじゃん」


 もしかすると、いや、高い確率で優香に拒絶されることになるのを覚悟していた僕は、少し拍子抜けした。


「ありがとう、ほんと助かるよ。……その、いろいろと、ごめん」

「まあ事情が事情なんだし、サトルが謝ることないよ。なんていうか、逆にこっちこそ立ち入っちゃってごめん、って感じだよ」


 優香にそう言ってもらえたことで、僕はずいぶんと肩の荷が軽くなった気がした。


「でもさ、なんだか不気味っていうか、不公平だと思わないか? こうして話をしていても、僕にだけ相手の嘘がわかるんだよ」 

「だってサトルは嘘をつけないんでしょ? こっちもサトルに嘘をつかなければいいだけの話だよ。そりゃもちろん変な感じだけど、不公平だなんて全然思わないけどな。おあいこじゃん」


 いや、そんなふうに思ってくれるのは、優香と、他に唯一事情を知っていて『魔界のエリートっス』という微妙なこと以外の嘘は一切つかない、リリスだけのような気がするのだが。


「でも、いくつか言いたいことがある」

 優香が改まって言うので、思わず僕は身構える。


「もっと私を頼ってくれてもいいんだよ。友達じゃん」

「……ありがとう」

「それと、私だけは信用してほしい。まあサトルに嘘は通じないんだろうけどね。それと……」

「うん……」


「この先、魔界の親善大使になって、いろいろあるかもしれないけど、サトルはサトルのままでいて」


 僕は涙が出そうになった。

お読みいただき、ありがとうございました。

下ネタなしの、わりとシリアスな回でした。

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