DAWで曲作り
「やあ皆さん、勢揃いするのはコミケ以来ですね。ようこそゲーム研究部へ。私が部長の、三年A組・二階堂清隆です。好きなイタリアン・ブランドは『フェラガモ』や『フェラーリ』などです」
新学期が始まっても、お約束は続くようだ。
「やあアイリスさん、今日もお綺麗ですね。もし私が転生できるなら、希望の第十位はあなたの自転車のサドルです」
「一位~九位はあえて聞きませんが、相変わらず変態ですね、ダンタリオン」
「誰が変態ですか、失敬な。確かに私も以前はトラックの『バックします』の音声で異様に興奮していたものですが、今の私は『正●位が服着たような奴』と呼ばれるほどノーマルなのですよ。ちなみに『服着たまま●常位で……』ではありませんので、念のため」
「アイドルグループを結成して、魔族の魅力を大々的にアピールするっス」
やはりそうきたか。
「おいおい、アニメ化を目指すんじゃなかったのかよ」
「アニメはいったん保留っス。バク●ンを読むと、漫画家もけっこう大変みたいっスし」
夏フェスの一件でいずれはこうなる予感はあったのだが、なんという切り替えの早さだ。
というより、単に飽きっぽいだけなのか。
「ゲームはどうするんだよ。シナリオと一部の……いや半分以上を占めるグロイラストはともかく、ゲーム性やゲームシステムの完成度は、せっかく悪くない評判だったのに」
リリスたちのゲームは、コミケ終了後も同人ショップで委託販売しており、低価格のせいで利益はあまり出ないが、史上最狂クラスのバカゲーとして一部ネット上で話題となり、すでに数千本を売り上げている。
作品の内容はともかく、今やゲーム研究部のスキルはものすごいのだ。
手伝ってないからよくわからないけど、たぶん。
「次は小説やゲーム作りなどのチマチマした作業よりも、歌って踊って殴って蹴って発散できるようなものをやりたいっス」
「まあ確かに、みんなずっと籠りっきりだったもんなぁ……。ん? 殴って蹴って?」
アイリスはともかく、いつも元気なリリスや女王様気質のルキには、創作活動よりも向いているような気がしなくもない。
「わたくしは特に異存はございませんわ」
「私も自身はありませんが、やれるだけやってみたいと思います」
ルキとアイリスもリリスの提案に賛同した。
ルキは小説対決の一件以来、僕との約束でもある『リリスを手伝う』ことを健気に実行している。
もともとリリスのことが大好きなんだろうけど、ゲーム制作合宿で実質三年間を一緒に過ごし、今ではリリスにとってもかけがえのない同士といなっているようだ。
一緒に一つのモノを作り上げたことによるその絆は、実際は魔族ですらないアイリスにとっても、もはや同じことなのだろう。
「そもそもギャルゲーなんて、キモオタとニート、童貞、変態ぐらいしかやらないっス」
「そ、そんなことはない……と思う……のだが……」
コミケの売り子を経験し、購買客を実際に見た今となっては、ちょっと否定し辛いかも。
「でも、アイドルグループなんて、ますます僕は手伝えることがないぞ。こっちはバンドの方向性も固まってきたから、今はわりと時間がとれるんだけど、さすがに文化祭前はきつくなるし」
「ん~そうっスねぇ……じゃあ二階堂部長とサトル様には、じゃんけん大会で脱いでいく係をお願いするっス」
「それは僕の知っている『アイドルグループのじゃんけん大会』じゃねぇ! そもそもお前にアイドルなんてつとまるのかよ」
「大丈夫っス、リリスにだって、落ち目になれば小出しに脱いでいくぐらいの覚悟はできてるっスよ」
「やる前からそんな覚悟してどうするんだよ!」
こいつの学んできた『人間学』っていったい……。
「だいたい、曲はどうするんだ? さすがにオリジナル曲がないと、アイドルグループの活動なんてできないだろ」
「あうっ……そ、そういえば、そこまでは考えていなかったっス……」
「いやいや、そこ大事だから。てか、むしろ一番大事だから」
いきなり頓挫し、リリスはうなだれる。
すると、それまで静観していた二階堂先輩の眼鏡が鋭く光った。
「ふむ、それならば我がゲーム研究部よりも、あの部活のほうが良いですね。アイリスさん、お願いします」
二階堂先輩に言われると、いつもの阿吽の呼吸でアイリスは立ち上がり、チェーン付きのプレートを取り出し……。
「ま、まさかアイドル研……」
違った。
「ようこそDAW研究部へ。私が部長の、三年A組・二階堂清隆です。好きなナイジェリアの高原は『マンビラ高原』です」
「DAW?」
耳慣れない言葉だ。
「はい、デジタル・オーディオ・ワークステーションの略です。要するにパソコンだけで音作り――シンセサイズやサンプリングと呼ばれております――から作曲、編集までも行い、CDクオリティ以上のデジタル録音までできるシステムのことです」
「ああ、なんとなく知っています。ボカロ曲とかを作っているやつですよね」
「そうですね、近年はボーカロイドで脚光を浴びていますが、もう何十年も前から、シンセサイザーやサンプラーなどの音源を、シーケンサーと呼ばれる専用機で同期させて音楽が作られてきているのですよ」
さすが部長だけあって、どうやら二階堂先輩は、そのDAWとやらにずいぶん詳しいようだ。
「ちなみに私は、シンセサイザーの生みの親ロ●ート・モーグ博士や、富●勲氏、喜●郎氏、ク●フトワークの方々、松●秀樹氏、坂●教授あたりとも交友がありまして、よく彼らとゲートボールに興じたり、年金問題について語り合ったりしていたものです」
「……誰ですかそれ?」
かろうじて●本教授は名前を聞いたことがあるが。
「じゃあ二階堂部長は、そのDDTで曲を作れるんっスね?」
「DDTではなくてDAWですよ。プロレス技ではありません。――まあ、曲を作れることは作れるのですが、ちょっと困ったことがありまして、私の作る曲はアイドルソングには向いていないのですよ」
二階堂先輩の作る曲って、どんな音楽なんだろ?
「とりあえず一曲、一番ポップなのをお聞きいただきましょうか」
二階堂先輩が棚の奥からスピーカーを引っ張り出し、パソコンにつなげて、マウスを動かして何やら操作する。
しばらくすると、スピーカーから軽やかなストリングス系のイントロが流れ出した。
思ったよりも……いや、かなり本格的だ。
「おお、いい感じじゃないですか」
そしてイントロが終わり、前奏が始まった直後、僕は猛烈な悪寒に襲われた。
音楽用語で『グルーヴ(いい感じ)』というものがある。
この曲は、まさにその対極に位置するものだった。
決してスケールアウトしているわけでもない。不協和音もノイズも響いてないし、不快な音が混ざっているわけでもない。むしろ王道のポップスとして作られているのが、少しは音楽をかじっている僕にもわかる。
しかし、とにかく人の神経をかき乱す。いや、もはや掻きむしっている。
あくまでも美しく作ろうとしていると思われるのになぜか悪意や憎悪を思い起こさせるメロディ、人が気持ちいいと感じるノリをことごとく外すリズムセクション、殴り合いどころかまるで殺し合いをしているかのようなハーモニー。
ノイズ系ハードコアパンクやデスメタルの比ではない。
もはや音楽の神様への冒涜、いや惨殺だ。
どうしてこうなった?
この曲からは、リリスの小説に通じる『何か』を感じる。
遠くから犬の遠吠えが聞こえ、学校中の鳥という鳥が一斉に飛び立った。
「――どうでしょうか。誰かの曲をアレンジするならわりと無難におさまるのですが、私が一から曲を作ると、どうしてもこのような個性的な感じになるのです」
「いや、その、なんというか……ある意味すごい才能ですね。ジャイア●・リサイタルにも通じる、ものすごい情熱を感じました……」
僕が青色吐息を通り越して虫の息で答えると、
「感動したっス! リリスはこんな素敵な曲、初めて聞いたっス!」
「わたくしも決して悪くはないと思いましてよ」
「私も嫌いではないです」
三人娘の感受性は、僕とはずいぶん違っていた。リリスなど、うっすらと涙さえ滲ませている。
「おい、ちょっと待て、お前らの感性はおかし……い、いや、というか、アイドルソングとしては、さすがに無理があるだろ!」
「そうなんですよ。私も以前はショパンやモーツァルトと音楽について議論を交わしたものですが――なぜか途中から避けられるようになりましたが――アイドルソングを作るとなると、どうも向いていないようなのです」
「それ以前の問題のような気が……。僕もギターパートのアレンジぐらいならできますけど、アイドルソングを一から作曲するのは、ちょっと自信がないですね」
「困りましたね。著作権のないクラッシック曲をアレンジするにしても、全曲というわけにはいきませんし……どなたかがメロディだけでも作っていただけるなら、あとはなんとかなるのですが……」
静まりかえる社会科準備室。
ふと僕は、ある人物を思い出した。
「一人だけ、心当たりがあります」
お読みいただき、ありがとうございます。




