表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百家争鳴 ―風紀委員を埋めてやる―  作者: 黒十二色
第一章 閉じられた世界、始まりは春夏
7/53

6、報われなかった農作業

 さて、時は流れて夏。夏。夏である。


 夏というものは、過酷である。冬は着込めば何とかなるが、夏は脱いでもどうにもならないこともあり、本当に過酷で、俺は夏があまり好きではない。


 その上、薄着でじっとしていても流れる汗を止められないような、普段より暑い夏だったものだから、生徒たちの口から出るのは「暑い」「死ぬ」「何これ」が大半で、脳みそ熱暴走して思考力低下しているようだった。いくら緑のカーテン作戦とかいってゴーヤを植えて壁に這わせてみても、外気温が暑すぎる中では効果薄だ。


 ただ、校舎の中で活動している荀子ちゃん、孟子ちゃん門下の一般生徒はまだマシであった。ちゃんと三食が給食という形で出るし、建物の風通しをよくして扇子でパタパタすれば何とか夏を凌げるほどであり、そんな状況で泣き言を言うのは甘えに他ならない。


 その頃、俺と韓非子ちゃんは、さらに快適で冷房のある元職員室にムリヤリ陣取って新たな校則――つまり法律――を作る作業に没頭していた。それだけではない。校則だけではなく、高校の全てを統一するための遠大な計画の行動表をまとめたりもしていて、そんなことができてしまうくらいに俺たちは快適に過ごしていたわけだ。


 というわけで、校舎内は暑さに悶えながらも平和を保っていたのだが、校舎の外は地獄と言っても良いような状態であった。格差が激しすぎで、うっかり俺と韓非子ちゃんが冷房のある部屋で過ごしているなんてことを知られたら、それだけで刺し殺されかねないだろう。


 校舎の外の地獄ぶりは、以下の通りである。


 まず、冷房などというものが校舎の外には存在しないため灼熱地獄であること。


 早起きして、直射日光を浴びながら、ほぼ一日中農作業せねばならないこと。


 頑張って農作業したにもかかわらず、


「うわぁああ、蟲の大群だぁああ!」

 イナゴの大群と、


「ぎゃああああ、突然の激しい雨ダァああ!」

 ゲリラ豪雨。


 それで全部ダメになったこと。


 さらに土砂崩れによって川の水が濁り、どこからか流れ出した化学物質が溶け込み、飲み水としても農業用水としても使い物にならなくなったこと。


 その末、農地完全壊滅のしわ寄せによる夏の大乱獲によって獲物となる動物が校内の森から姿を消してしまって、残った動物は中庭で飼われていた家畜用の馬、羊、牛がそれぞれ数十頭くらいなったこと。


 これでは、とても食っていくことはできない。飢饉というやつである。


 飲み水すら雨水で調達するしか無い、食糧も無い、クソ暑い。衛生状態最悪。


 そんな最悪に近い状況に置かれてしまったために腹を空かせた人々が次々と賊と化し、我慢できずに闇市を襲撃。「外の世界とは関わりを持ちたくない」という風紀委員二人の民衆無視も事態を打開できない要因となった。


 そもそも、校舎外の人々だって同じ高校の学生なのだから、余っている食糧を提供しても良かったと思う。しかし自分たちに逆らう連中に渡す食糧など無いと思ったのか、荀子ちゃんと孟子ちゃんは徳の無いことに徹底的に見て見ぬフリをした。


 二人が崇拝する孔子ちゃんの教えの中に、「不良や愚か者と付き合ってはダメよ。あなたも低く見られるから」というようなものがあったので、それに従ったと思われる。とはいえ、それは彼女らの目指す聖人君子の理想像とは程遠い行為だと思うのだが気のせいか。それとも君子ってのはそういうもんなのか。


 中庭の田畑は壊滅し、森から生き物が消え、校舎外の人々の不満は膨れ上がっていき、やがて矛先は建物内で特に何も努力しなくても三食出てくる校舎内の人々に向けられるようになる。


 それでも無視を決め込む荀子ちゃんと孟子ちゃんであったが、俺としては、空腹状態で腹を鳴らしまくりで苦しむ人々を見るのが耐えられなかったし、韓非子ちゃんは川の水に魚の死骸が浮いたりしていて汚染されているために水浴びもできない人々を見て耐えられなかったようだ。


 というわけで、まずは韓非子ちゃんの提案で、風紀委員の権限でもって比較的綺麗な雨水が溜まったプールに塩素投入して開放し、水浴びをさせた。これには皆喜んでくれて、「生き返るー」とか声を裏返してる人とかもいて、嬉しい限りだ。なお、俺や韓非子ちゃんを含む校舎内の人々は、校舎の地下に温泉があるので、そこで入浴したりしていて、とても健康であった。自分も含め、まったく贅沢な人々であるな。


 で、次に俺の提案で校舎外の人々が夏を越せるだけの食糧を早朝の校庭ド真ん中にコッソリ置いた。恩を売るつもりは無いので、韓非子ちゃん所有の食糧だということは伏せて。


 ……というか、そもそも以前にも語ったと思うが、これらの食糧は元々は孔子ちゃんが残していったものを横槍いれて無理矢理に大量強奪したものであり、それをさらに横流しするということは何から何まで褒められない行為なのだ。


 もう犯罪に近いものであり、当然良いことではないけれど、いわゆる義賊(ぎぞく)みたいなものということでお許し願おう。人命が掛かった非常事態だったのだから致し方なかった。


 本来なら、法治を謳う俺たちが率先して法を踏みにじるなどあってはならないことであり、韓非子ちゃんは食糧プレゼントには慎重な態度を示したのだが、「まだ法整備前であり、正式に違法とはならないから大丈夫だ」と親指立てながら言い張って強行した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ