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2JD押し掛ける


日向の言うとおり玄関の外では慌ただしく引越作業が行われていた。

予想どおり隣人(予定)は女子大生のようで腰まで伸ばした艶のある黒髪が特徴だった。

快活に引っ越し業者に指示を出す声には張りがあり肺活量もかなりのものだろう。


玄関のチャイムが鳴る。


『あのーすみませーん!隣に引っ越してきたんですけどー』


「はいはーい」


ドアモニターのスピーカーを使わずとも室内に届く声量。

呆れ気味に鍵をあけチェーンを外した、その瞬間。


「あなた、kuzuPですよね?ボカロ曲作ってる」


「は?へ?え……?」


本能的に恐怖を察知して、ドアを閉めようとするがドアの隙間に足をねじ込まれ閉じられない。


「ちょ、おまえ何なの!?」


「話だけでも!!聞いてもらえませんか!?」


「声デカっ!!」


「音聞こえてきたんですけどkuzuPですよね!?」


「ひーとーちーがーいです!!」


「いや、あのメロディ絶対kuzuPのクセだし!あんな変な転調するかっ!!」


「変とはなんだ!変とは!!あれにもちゃんと意味があってだなぁ!」


「ほらみろ!!あなたkuzuPじゃん!!」


「騙したのか!?」


「勝手に暴露したんでしょ!!」


「くっ……なんつう力だ!」


久世が一瞬たじろいだ隙をついて10センチ程度だった隙間が人ひとり通れるほどにこじ開けられる。

こんなのは女子大生の力ではない。この細腕のどこにそんな力があるのか……。


「ヒエッ……!」


そいつは右足でドアを蹴ってから支え退路を塞ぐと無理やり玄関に乗り込んだ。

背景に眩しいばかりの太陽の光を背負い堂々たる立ち姿は退治した者を怯ませる威圧感がある。

そこは間違いなく久世の自宅で玄関だった。

それなのに逃げられない。逃げるための力を失ったようにその場に尻餅をついて立ち上がれなかった。


王者か、暴君かーー判断しかねる強者の顔は。



「私に曲書いてください!」


花が咲いたようなそれはそれは魅力的な笑顔であった。


「はぁ……?」


驚きのあまり尻餅をついた久世は情けない声をあげることしかできなかった。





「隣に引っ越してきました、井手青葉です。Aoって名前で歌い手やってます。あ、成人してるんで未成年を家に連れ込んだ~とかは気にしなくていいですよ」


運転免許証とスマホの画面を並べ青葉と名乗る女は丁寧に頭を下げた。

普段、日向以外の人が出入りしないリビングダイニングは散らかっているが青葉は気にした様子もない。


「で、おまえ警察呼ばれてもおかしくないことしたって自覚あるのか?」


「それについては申し訳ないと思っています。でもこうでもしなきゃ話聞いてくれないでしょ?メールも無視したし」


「なんで俺がおまえの話なんぞ聞かねばいかんのだ。こちとら忙しいんだよ」


「私、こうみえて若手の歌い手のなかじゃそれなりに人気あるほうなんです。悪いようにはしませんよ?」


「…………」


歌い手、Ao。

女性ボーカルながら広い音域と歌唱力でプロ顔負けの実力をもっている。そこらのアイドルや新人歌手よりよほど上手いだろう。

たいていこういう歌い手というやつは編集された歌声をネットに上げるから生歌はそれほどと言われるがAoは違った。

ライブ配信でリスナーのリクエストに応える企画のとき人間には歌唱不可能と言われた超高速曲から男性ボーカルの低音曲まで原曲キーで歌い上げたのだ。


それからAoは歌い手の界隈では注目される存在となっていた。


「作曲家なら興味あるんじゃないですか?私ならあなたの曲を歌えると思いますよ?」


なかなかの自信である。

不敵に口角をつり上げる彼女の自信は若さ故の愚行か実力に裏付けられた真実か、作曲家としての久世のプライドを大いに刺激した。


「おまえ、成人してるっつってたよな?」


「えぇ。このとおり」


「なら泣かされても文句言うなよ?」


挑戦には受けて立つべきだ。

間もなく45歳に差し掛かる年長者はまだ20歳そこそこの小娘と呼んで差し支えない若者からの挑戦を受けることとした。

ここに日向がいたら大人げないと久世を止めてもっと冷静に話し合いをしただろう。

残念ながらここにいるのは大人げない大人だけなのだ。


結論から言って、青葉の実力は本人の自信の示す通りだった。

荒削りだが曲の意図や表現力は申し分ない。知っている曲ならイントロだけ流すとそのまま歌いこなし、歌詞を間違えてもなお動じない胆力とアドリブ力。

初見の曲でも1度聞けばボーカロイドの声だろうと自分のモノとして歌いこなす。

なによりも久世が目を見張ったのはその説得力だ。

訴求力ともいい、歌詞の感情を読み取り自分のなかに落とし込み、それを歌として発信する能力が異常に高い。


経験の浅さを補って余りあるのは間違いなく歌の説得力だろう。


「どう……?私、なかなかうまいでしょ」


「…………息きれてねぇのな」


連続10曲、それも激しいリズムと声量を必要とする曲を歌ってなお軽く息を切らせる程度。

体力も並みの女子大生というわけではないらしい。


「モデルやってたし体力には自信あるよ」


「なるほどそれでか」


青葉の容姿はビジュアル重視の歌手でも十分に通用するものだ。それにこの歌唱力。


「どう?曲、書いてくれる気になった?」


「わざわざなんで俺なんだよ」


「…………」


「おまえも久世誠司って作曲家がどんなやつか知ってるだろ」


「知ってるよ。スキャンダルすっぱ抜かれて奥さんに逃げられたって。あとkuzuPが久世誠司じゃないかって噂もあるし」


「なんでバレてんだよ」


「気付く人は気づくって。そんなの」


「それだけの歌唱力と顔があればどこの事務所でも引く手数多……わざわざこんな落ちぶれた斜陽作曲家なんぞに依頼せんでもボカロPも作曲家もいくらでもいる」


「あなたの曲じゃなきゃダメなんだ!久世誠司の曲じゃなきゃ!」


「…………」


「私、歌を届けたい親友がいるんだ……私の歌だけじゃ届かなかった……でも、久世誠司の曲なら届くかもしれない……!!」


「俺の……?」


「そう。あなたの曲が必要なの!だから私に曲を書いて!」


つり目がちな黒目がまっすぐに久世を貫いた。

若者の、ただ純真なまでにまっすぐで実直な感情はただ美しく、それでいて圧倒的な意思を持っている。


そこに青葉の訴求力が加われば……。


「…………」


断るつもりが絞るような声でなんとか「考えておく」と答えるのが精一杯だった。




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