第十四話 「狂魔の猪・突」
(アフルのやつ、急にやる気になってどうしたんだ?)
俺達はあの変な黒ローブに罵倒されてたんだけど?
あいつってそういうのが趣味なの?
じゃなくて……どうするつもりなんだろう。
「アフル、俺はどうすればいい? 今のままじゃ、勝てる気がしないんだけど」
「アルノは剣ブンブンしてて! 後はおれがなんとかする!」
こいつに指示されるのも癪だけど、それは弱い俺が悪い。だったら何としてでもここを切り抜けて俺が強くなればいい。
フォルスは白銀のオーラを全身に纏ったまま、長く白い裾を靡かせ、モンスターの群れに向かって歩き出す。
「俺は邪魔な野次馬共をねじ伏せる。だが、多対一だ、俺を無視してお前達に襲いかかるやつがいる可能性を頭に入れておけ」
「あぁ」
「わかった!」
話がまとまったところで、俺達はそれぞれの役割を果たすため、敵を見据える。
猪は殺意に満ちた目を血走らせる。
視線がぶつかり、火花のように散った。
地衝、巨牙の猛進。
剛を貫く一直線。
視線は俺とアフルだけを捉え続ける。
「アフル、来るぞ!」
「来い! デカ猪!」
俺は右へ踏み込み、進行方向から外れる。
ただ、アフルだけは避けていない。
「何やって……早く避けろ!」
瞬きするごとに猪との距離が消えていく中ーーアフルはついに動き出す。
「カービング・グランド!」
アフルと猪の間、地面が歪む。
凸凹と高低差のある大地へと変形した。
猪は地面の急激な湾曲で、足を踏み外す。
転倒。
高く盛り上がった土へ制御なく突っ込み、激しく転倒した胴体はズザザと音を立て、失速する。
(こいつ、カービング・グランドもできたのか……)
「ファイアショット!」
遅れて猪の正面から横にずれたアフルの火属性の初級魔術が胴体を焼く。
「火ついたとこ斬って!」
返事はしない。
体は言葉よりも早く動き出し、巨体へ肉薄する。
剣に魔力を纏わせ、少ない動作で振り上げる。
(負けてたまるか……返事は結果で返してやるよッ!)
定めるは烈火、一刀が下る。
炎ごと左横腹を斬る。
岩ーー刃が止まった。
(まただ、かてぇ……)
衝撃がビリビリと手のひらへと跳ね返る。
傷が入っているのかすらもよく見えない。
「クソッ……また、同じかよ」
獣の動く気配、即座に後方へ下がった。
直後、再び大地を暴れ転がる。
瞬く間に土で火を鎮火し、ぐらりと巨体が立ち上がった。
「また来る!」
突き刺すような視線、狙いが俺に向く。
足の筋肉が張り、そこから発せられる力が爆発的な推進力を生み出し、駆けるーー
土塊が高く飛散。
歯止めを知らない前進。
どうする……また斬れるのか?
(いや、もうこれしかない……もはや斬れるかじゃない。斬れるまで斬る。斬り続ける)
「カービング・グランド!」
迷いを断ち切り、右へ突き進む。
アフルの土属性初級魔術が猪の足元から俺までの地面一帯を凸凹に歪ませる。
ドシャっという土の粉砕音と共に体勢が崩壊。
猪は動きを止めた。
パタパタと走って回り込んできたアフル。
「ファイアショット!」
さっきと同じ左横腹へ着弾、火が巨体を焼き付ける。
ただ、すぐに巨猪が動く。
転倒した巨体、燃える体毛、視界は再び同じ鎮火の光景を映し出す。
鋭く、早く、踏み込みーー
両腕、剣を腰深くまで引き絞った上体が限界に達し、糸が途切れたように溜めた力を解き放つ。
張力反動ーー白刃、横一閃を駆ける。
刀身が硬い肉へと食い込んだ。
効いた。火と剣が一点に硬い肉を削ぐ。
(少しずつ……だけど確実に可能性が見え始めた気がする)
それから3度、4度に渡って火が身を焼き、剣撃が筋繊維に傷を負わせた。
爛れた焼け跡が痛々しく残っていく。
「このまま押し通すぞ、気を抜くなよ!」
「それはおれのセリフ!」
ただ、違和感があった。
(この猪はなんでずっと同じ攻撃を続けるんだ? 体力を消耗してるのはお互い様だろ。何よりも何で逃げない? いや、逃げることができない……のか?)
巨体の猪が肩で息を吸いながら立ち上がった。
さすがの運動量に疲労の色が見える。
それでも目だけは、未だ殺意一色。
明らかにおかしかった。
まるで、自身の意思で動いていないようなーー
「おれの100%! ウォーターショット!」
弾けるような声が響く。
アフルの突き出す手から水の塊が放たれ、凸凹の地面は水に浸された。
(水......? いや、そういうことか!)
「ブォォォォオオ!」
同時、力を絞り出す低い唸り。
豪快な地鳴りと共に地を蹴り上げた。
猪の血走った眼球に、逃げも隠れもしない1人の子供が映る。
その瞳の中、子供はーーニヤリと笑った。
次の瞬間。
突き進んでいた猪の首が、ガクンと不自然に跳ね上がった。
俺は柄を握り締め、静かに息を吐き出す。
(やっぱ、泥だよな。あいつなら、なんかやりそうだと思った)
視界の端で、巨体が制御を失うのが見える。
地を滑り、土の壁を粉砕しながら、巨体が無様に滑り流れる。
「エヘヘ、おれの100%!」
トタトタと杖を抱えて走ってきたアフルは猪の傷に狙いを定めた。
向けた杖を中心に辺りが熱を帯びる。
大気をゆらゆらと歪める凝縮された火の塊。
「くぅらぁえぇぇぇ!!!!!」
射出、火塊が巨体を捉える。
ただ、そこでアフルの熱は止まらない。
射出、射出、射出、射出、射出、射出。
これでもかと、火は撃ち出され、猪を穿つ。
「アルノ!」
今日何度目かの合図。
ただ、今はこれまでとは違う。
猪の疲労、泥、魔術の連射、ここが好機だ。
やることはただ1つ。
(確実に動きを止めるッ!)
爆ぜる大火は巨体を覆い、火花が舞い上がる。
足裏の指先に至るまで反発が生まれ、俺は地を駆ける。
眼前、不動の猪、燃え刻まれた傷を見据えた。
半透明に揺らめく魔力を纏う切先を頭上へ。
一点、解き放つーー
「ギィィィャァァッ!」
刃を振り下ろす。肉を断つ感触が手のひらから腕へ伝うと同時、猪は苦悶の咆哮を上げて悶える。
巨体の左横腹から血が吹き出し、ガクリと立つ力を失う。
「そこまでだ」
声の主へ顔を向ける、フォルスだ。
気づけば他のモンスターを倒した後、俺達を見ているようだった。
「この先は俺がやろう」
「はぁ……そうだな、今の俺達じゃこいつを殺すことは出来ないし」
「おれの、おれの100%は?」
「アフル、お前の立ち回りはよかった。あの立ち回りがあったからこそお前達2人はここまでやれた」
「エヘヘ!」
「俺はこの戦いで何も出来てねーよ……」
「平気だアルノ、お前達には次がある……話はここまでとしよう。最後にーーあいつを葬る」
俺達が見つめる先、全身が火に包まれ、立つことすらままならない弱りきったフォドルボア。
フォルスは歩き出し、ゆっくりと剣を掲げ、その首を落とした。
「戻ろう」
俺はこの戦いでどこかやり切れない無力感を抱き、3人でウィキニアへと帰還する。
ーーウィキニアに戻る頃には、空は深い紺色へと染まっていた。
ギルドでの事務的な精算を済ませる。
依頼は失敗だったとはいえ、フォドルボアの素材は今日1日で稼いだとは思えないほどの大金だった。
ギルド内、香ばしい肉や麦臭い酒の匂いが鼻腔を通り抜ける。
「そんじゃ、飯にするか」
「あぁ、そうしよう」
「……」
(あれ? アフルのやつ、なんか静かだな)
「どうしたんだよ、アフル。いつも決まった時間にお腹空いたって騒ぎ立てるくせに、いつにも増して静かじゃねーか」
「コホン、アルノ。アフルはその、あれだ。察してやれ」
「いや何をだよ……まぁいいや、今日はサラダでも食べようかな。お前はどうせ今日も肉だろ?」
「お、おれ、お肉食べない……」
「え? 今なんて?」
「お野菜食べる」
信じられないことが起きていた。
嘘だろ? こいつが? 肉を食べ……ない!?
(なんでだ? なんでこいつは肉を……あ)
あのミンチかぁ……
(う……やめよ、思い出したら俺まで食欲なくなってきた)
「おれの好きなのは野菜、おれの好きなのは野菜、おれの好きなのは野菜、おれの好きなのは野菜、おれの好きなのは野菜ーー」
アフルは自分の目を両手で覆い、自己暗示してた。
そんなこんなで色々あった。
今日1日で起きたことに今は整理がつく気がしない。
だから今日は何も考えない。また明日考えよう。
ちなみにこの日から数日間、アフルが凄まじいほどのベジタリアンへと変貌を遂げていたのはまた別の話ーー




