第十四話:竜の心臓
「今のちょっと凄くなかった?? 何アレ??」
思いっ切り、真正面から詮索されてしまった。
いや、悪気がないのは分かります。
どちらかというと、キャンディの目は純粋な好奇心で輝いていた。
見た目なかなか厳ついのに、彼女の気質は時に童女を思わせる。
成体のエルフであるなら、少なくとも齢は百を数えているはずだけど……。
「気持ちは分かるが落ち着けい。
つーか、運転中は頼むから前見ろ前」
「大丈夫ですよー。
前見ないぐらいで操縦ミスるような素人じゃないですからー」
「それは素人云々の問題か……?」
自動操縦ならいざ知らず。
ヴィーザルが突っ込んでる通り、完全手動でそれは曲芸の類だと思う。
「出来れば、詮索は無用に願いたい。
……ですが、黙ったままでは不義理な部分もあるでしょう」
兎も角、最低限のことは言っておくべきだ。
今回限りかもしれないとはいえ、共に危険へと向かう身ならば。
一期一会でも、それは仲間と呼ぶべきでしょう。
だから私は、キャンディとクロームにそれぞれ視線を向けて。
「隠していましたが、私はドラゴンです」
「……ドラゴン? マジで?」
「いや、それならばあのデタラメな動きも納得だろう。
翼も魔法も無しに空を飛ぶ生き物なんざ、ワシは他には知らんからな」
流石に、キャンディの方はかなり驚いた様子だった。
クロームは年の功か、大分落ち着きを払った態度を見せる。
「……まぁそうなると、逆にそっちは何者だって話になるが。
何だ、もしかしてお前さんもドラゴンなのか?」
「いや、俺は混じりっ気なしのヒューマンだ」
「うっそだぁ! 人間あんな飛んだり跳ねたりしねーですよ!」
言いたい事はとても良く分かる。
少なくとも私の知る限り、彼以外にあんな動きが出来る人間はいなかった。
実はドラゴンだった、と言われた方が納得が行くぐらいだ。
けれどヴィーザルは真顔でその疑惑を否定する。
「繰り返すが、俺は人間だ。
それと素性については、引き続き黙秘させてくれ。
気に入らなければこのまま引き返して貰っても構わない」
「あー……私の方も、ハイ。
ドラゴンである事は明かしましたが、それ以上はご勘弁を。
これはお二人を軽視しているわけでは決してありませんので……」
「いや、十分だ。懐を探られたくないのはお互い様と、ワシ自身が言った事だしな」
私とヴィーザルの言葉に、クロームは肩を竦めて応じる。
「ワイバーンの群れをあっさり蹴散らした腕前。
コイツに関しては見事と言う他ない。
脛に傷や痛い腹を抱えてんのは、どっちにしろお互い様よ。
だったら余計な事は考えず、良い仕事ができるよう努めたいのが本音じゃわい」
「クロームは言い方が硬いねぇ。
もっと気軽に『デキる奴とは仲良くしたい!』って言えないワケ?」
「お前さんは頭の中身も言動もフワフワ過ぎだわ」
ツッコミがツボに入ったのか、キャンディはゲラゲラと笑い出す。
ゴホンと、クロームは大きく咳払いを一つして。
「ま、それはもう良いが。
むしろこっちこそ、そちらさんのお眼鏡に適うかどうかが心配じゃな」
「まだ少し見させて貰っただけだが、技術も度胸も十分にある。
文句はないし、可能ならこの件の後も付き合いを継続したいぐらいだ」
「それは私も同意見です」
キャンディの操縦技術と、クロームの射撃技術。
そして隠し事があると知った上で、それを呑み込んでくれる柔軟さ。
どちらも信頼における人物だと、少なくとも私は判断した。
恐らく、ヴィーザルの方もそう変わらないはず。
「そりゃありがたい話だ。
――ま、『その後』の事は先ず目先の仕事を片付けてからよ」
「ハーイみなさーん、ご歓談中ですけどそろそろ到着するんでー」
気軽な声に釣られる形で、私は正面を見た。
灰に染まった世界でただ一つ、黒々とした闇を思わせる巨体。
ブラックドラゴン。
防衛機能であるワイバーンの姿は、今はまだ近辺には見られない。
飛行機械を巧みに操り、キャンディは横たわる竜体の側面に機体を停止させる。
そこには地割れを思わせる、巨大な裂け目が口を開いていた。
それが過去の戦いで刻まれたのか、その後に流れた年月の中でついたものなのか。
少なくとも、私には知る由もなかった。
或いは、このブラックドラゴン自身も覚えていないかもしれない。
「『出入口』は幾つかあるが、此処が一番『心室』に近いはずだ」
「悪いけど、こっからは徒歩でね。
通れない事はないけど、中は結構狭くなってるから」
促される形で、私たちは飛行機械から地面に下りる。
足を着くと、それだけでふわりと白い灰が舞った。
生命の気配は何処にもない、屍の世界。
見上げる先は、生傷にも等しい大きな裂け目。
「ハイ、収納――っと」
パンっと、キャンディは軽く手を合わせる。
その声と動作だけで、飛行機械はグニャリと大きく歪んで見えた。
クルクルと空間が不自然に渦を巻き――それが消えれば、後には何も残らない。
さっきまであったはずの飛行機械も含めて。
「《秘密の鞄》、オッケー。
はい、お待たせしました」
「魔法はちょっと使える、という話でしたけど。
思った以上に器用そうですね?」
緩く首を傾げて、私はキャンディに問いかけてみた。
今のは位相のズレた空間に、望んだ物を「収納」しておくタイプの魔法だ。
無生物のみなど条件が幾つかあり、決して「何でも」ではない。
けれど、飛行機械ほどのサイズを難なく隠せるのは相当な腕前のはずだ。
こちらの質問に、キャンディは変わらぬ笑みを見せて。
「まぁ、これでもエルフですから?」
答えと言うにはイマイチ曖昧な、そんな言葉を返して来た。
――確かに、エルフは魔法に優れた種族だ。
種族の生態として、彼らは「異なる宇宙」に対して高い親和性を有している。
特に妖精や精霊と称される、擬人化した自然現象と対話する異常知覚が発達していた。
……とはいえ、それはあくまで「才能を有する確率が高い」だけの話。
優れた術者とは、優れた知識と技術を習得している者に他ならない。
態度や言動からは想像しにくいが、キャンディは高等な教育を受けているのか……。
「アルヴェン」
と――ヴィーザルの声が、私の思考を中断させた。
顔を上げると、既に彼はブラックドラゴン内部へと通じる裂け目の前に立っていた。
剣を片手にぶら下げ、空いた方の手で軽く手招きをする。
「ボーっとしてないで、行くぞ。
俺とお前が前列だ」
「あ――はい、失礼しました。すぐそちらに」
慌てて、私はヴィーザルの方へと駆け出す。
詮索は無用だと、そういう話だったのに。
ついつい宜しくないことを考え込んでしまった。
それを分かっているから、彼も分かりやすく声を掛けたのだろう。
「キャンディ、失礼をしました」
「? 良く分からないけど、別にアタシは気にしてないからいーよ。
それよりアルヴェンちゃんは前衛ホントお願いねー」
「ワシは殿で、お前は真ん中だ。ヘンなところに入り込もうとするなよ?」
「分かってるってー、大丈夫大丈夫!」
軽い言葉で言いつつも、キャンディは特に緩めている気配はない。
彼女もまた経験に富んだ冒険家という事だろう。
むしろ私こそこの手の経験は一番浅いのだから、引き締めなければ。
そう自らを戒めた直後、ぽんっと頭頂部の辺りを軽く叩かれてしまった。
叩いたのは勿論、ヴィーザルだ。
「気負わなくて良い。気負い過ぎればミスが出る。
いつも通り、自然に構えておくのが一番だ」
それは私の内心を見透かした上での、極めて的確なアドバイスだった。
気負って肩ひじ張ってしまったところまで含めて、全てお見通しとは……。
驚く反面、そのぐらいは出来て当然と思わせる男だ。
感じた気恥ずかしさを隠すように、私はコホンと咳払いをして。
「分かってます、大丈夫です。だからご心配なく」
「そうか。今回の仕事は、基本的にはお前次第だ。
しっかり頼むぞ」
「ええ、それは勿論」
不安など感じさせぬよう、自信を込めて頷いた。
「さて、全員準備も良さそうだな。
――では、ブラックドラゴンの介錯に行くとしようかね」
そんなクロームの言葉が、出発の合図だった。
先頭には私とヴィーザル、それに続く形でキャンディとクローム。
四人は隊列を整え、ブラックドラゴンの内側へと踏み込む。
「……何度か採取のために入った事はあるが。
いつ来てもゾッとせんな、コイツは」
内部は当然、光源の類は存在しない。
けれどエルフとドワーフは暗闇でも見通す眼を持つ。
私はドラゴンなので言わずもがな。
ヴィーザルはヒューマンだけど、装備にちゃんと暗視機能は施されている。
だから全員、その光景は見えていた。
「竜晶窟と似ているな」
「アレもドラゴンの亡骸が変化したものですからね」
傍らの彼の呟きに応えながら、私は辺りを見渡す。
黒というよりも、濃い紫色の結晶。
それらが幾つも突き出した、灰褐色の自然洞窟。
入り込んだブラックドラゴンの内側は、大体そのような状態だった。
ここだけ見るなら、何処か不可思議な洞穴だと勘違いしてしまうだろう。
「竜結晶はすっごい硬いけど、その分貴重な素材だからねぇ。
採取量は少ないから、どうしたって小遣い稼ぎ程度になっちゃうんだけど」
「……すまんな、悪気はないんじゃが」
「あぁ、いえ。私も気にしませんから、どうか気になさらず」
同じドラゴンという種族である以上、私もこの黒竜も同胞だと。
そう認識して、クロームが相棒の非礼を詫びたのだ。
……確かに、何も思わないわけではない。
思わないわけではないが、彼らにも日々の糧は必要だ。
そのためにドラゴンの亡骸を漁るという行為。
本当に何も思わないわけではないが――それはそれで仕方がない、と。
今は呑み込む程度の余裕はあった。
何より、今の私の目的はそのブラックドラゴンにトドメを刺す事。
キャンディやクロームの行いを非難する資格など、私には無かった。
「……何ですか?」
「いいや、別に」
また、ヴィーザルの手が私の頭を軽く撫でていた。
そう気安く触らないで貰いたいのだけど。
ちょっと睨んでみたけど、さっと視線を逸らされてしまった。
……まったくもう。
「お、もしかしてイチャついてるぅー?」
「全力でブン殴りますよキャンディ」
「止めてやってくれ、枯れ枝みたいに簡単に圧し折れて死ぬ。
それより、中にも亜竜が沸かないわけじゃない。
警戒は怠らずに頼むぞ」
「あぁ、分かっている」
とは言ったものの、道行きは実に順調だった。
外でのワイバーンの妨害が嘘のよう。
前を歩く私は、入り組んだ道を特に迷わず進み続ける。
「心室」――元はドラゴンの心臓が収まっていた場所に向けて。
「『心室』の位置は分かってる。
が、何度も言うが心臓はとっくに破壊されてるぞ。
調査に入った冒険家も直接確認しとるからな」
「だから、このブラックドラゴンは死んでるはずなんだよねぇ。
幾らドラゴンでも、永久機関である心臓が潰れたら死ぬしかないでしょ」
「そうだな。そのはずだ」
「…………」
三人の言葉に、私はその場では応えなかった。
黙して、そのまま目的の場所へと辿り着く。
とは言っても、見えるものとしては先ほどまでと大差はない。
竜結晶に覆われた、少しだけ広い空間。
バラバラに砕けた赤黒い断片が、その場所の中心に幾つも突き刺さっているのが見える。
――アレは、砕けた心臓の痕跡か。
概ね予想通りの光景を、私以外の者たちも見ていた。
「ここが心室か?」
「だねぇ、アタシも一応入ったことあるんだよ?」
「……やっぱり、見たところ特に変わった事はないか。
一応、観測用の機材も一式持っては来たが……」
ヴィーザルにキャンディ、そしてクローム。
彼らが話している間も、私は足を止めなかった。
ここは目的の場所じゃない。
その一歩手前ぐらいだ。
かつて心臓があった場所に、私は躊躇なく近付いていく。
「おいおい、そこらの結晶は下手に触ると危な――」
「此処です」
クロームが口にしようとした警告を遮って。
私はそのまま、鋭く伸ばした爪を床へと突き立てる。
視覚的には何の異常もない。
恐らくは、クロームの持つ機材でも検知できなかっただろう。
其処はある意味、竜にとっては心臓よりも重要な箇所。
だからこそ、同種族にしか分からないような高度な偽装が施されていた。
「――此処が、この下にあるのがドラゴンの『逆鱗』。
この下にある『モノ』を壊さぬ限り、ブラックドラゴンは真の死を迎えません」
引き剥がした床の一部。
その下に広がる空間を、私は三人へと示してみせた。




