SP 第二王子ナシェル
1
レイムラム国王イムラム三世には七人の弟がいて、彼らは第二王子から第八王子の名称でよばれている。
イムラム三世には今のところ子どもがなく、かつて王子だったイムラム三世を含めた八人の王子たちはそれぞれ第一王子から第八王子の名で国民から親しまれていたため、第一王子が国王となった今でも残り七人の王子たちは第二から第八王子と呼ばれるままだ。
その七人の王子の筆頭であるレイムラム王国の第二王子は、名をナシェルいい、浅黒い肌で金色の髪を長く伸ばした美男子である。
ただ、目つきが厳しく笑顔を見せないため、他者に神経質そうな印象を与える人物ではあった。
ナシェルの年齢は兄王の三歳下で、24歳。
二年前に同い年の妻を迎えているが、ふたりの間に子はない。
イムラム三世と王妃との間にも子がないことを考えると、子ができにくい体質の兄弟かもしれない。
ナシェル第二王子。彼は兄王の補佐をつとめる地位についていて、兄王が政にさほど興味を示さないため、彼の働きは重要なものとなっていた。
そして今朝、国政に興味を示さない兄王が、また妻をむかえるといいだした。
これで兄の妻は7人目となる。
というか有力貴族の令嬢を第六夫人としてむかえてから、まだ5日しかたっていない。
正直「またか」とナシェルは思うが、今回は少し事情が違うらしい。
国交を結んでまだ10年ほどの同盟国の国王から、兄王に直々持ちこまれた縁談だというのだ。
その国は我が国より歴史もあり国力も大きく、国王同士での話となると、立場的に弱い兄王が断れないのはナシェルにも理解できた。
とはいえ、
「少し困ったことになった」
そう思うナシェルだった。
ナシェルを困らせる原因となるのは、兄王の第二夫人フレイザートだ。
冷血女帝と異名をとる彼女だが、政治的な思考力と手腕’(しゅわん)は、王家の八兄弟を全てまとめても敵わないとナシェルは感じている。
「兄上ではなくフレイザート義姉上が国王なら、この国は安泰なのだろうがな。いや、そもそも兄上が王でないのなら、フレイザート義姉上は国政に興味を示さなかっただろうか」
フレイザートは国王にぞっこんで、愛する人の国と立場を守るため、第二王子に指示を出す形で裏から王国を動かしているにすぎない。
「わたくしは、陛下を支えることを生きがいにしておりますの。あのかたが国王だから国政を支え、もしあのかたが詐欺師なのでしたら、わたくしは全力で悪事の策を練っていることでしょう」
彼女は一度だけ、ナシェルにそうこぼしたことがある。
あれは確か、兄王が三人目の妻を迎えて初夜を終えた朝のことだった。
静かな口調なのに、充血させた目で虚空を仇のように睨みがなら、義姉はそういった。
「義姉上は、兄上を本当に愛しておられるのだな」
ナシェルにもそれは理解できた。
彼にも愛する妻がいるからだ。
しかし、なぜフレイザートほどの人物が兄に夢中なのかは、理解できなかったが。
本来なら王妃となるのはフレイザートだった。身分的にも能力的にもだ。
だが彼女自身が、第二夫人でよいと、自分は王妃にふさわしくないと兄王に主張した。
なぜならフレイザートは、子どもが産めない身体だから。
だが彼女がそのような身体とされたのには、兄王に責任がある。
少なくともナシェルは、そう考えていた。
義姉は「陛下に責はない」といっているが、ナシェルにしてみればそれは違っている。
「兄上は剣術の修行を軽視して、剣技を磨いてこなかった。だから暗殺者などにつけ入られる隙を作ったし、そのせいで、未だ少女だった義姉上……ロイミュル公爵令嬢フレイザートが兄上をかばい、腹を傷つけられる結果になったのだ」
フレイザートは兄王をかばって負った傷を勲章のように考えているが、それもナシェルには理解ができない。
ただ、ナシェルがどう思おうが、兄が王であり義姉がその兄を支えているという構図がなければ、この国は強国の餌となるしかないだろう。
(これはこれで、ことがうまく運んだ結果なのだろうか)
ナシェルは、そう考えるしかなかった。
2
兄王が七人目の妻をむかえるという話は、フレイザート第二夫人の耳にも入っているだろう。
彼女が「その件」をどう処理するつもりなのかは、国政を動かしいてる歯車……それも大きな歯車のひとつであるナシェルには、確認しなければいけない大事であった。
まずは面会を申しこむために、義姉の部屋へとむかうナシェル。
しかし義姉のフレイザートに面会を申しこむまでもなく、彼女の部屋の前で警護に当たっていた兵士が彼の姿を見るなり、
「お待ちしておりました、ナシェル殿下。第二夫人さまが中でお待ちです」
と頭を下げ、彼を室内へと通してくれた。
そして部屋に入るなり、
「異国のかたには申しわけないが、王宮にあげるつもりはない。王宮には秘密が多いのでな。対処を任せてよろしいかナシェルどの」
まだ立ったままのナシェルに、ソファーに腰を下ろして何かの書類に目を通しながら、フレイザートがつげた。
第七夫人は、他国の王が直々に送り込もうとしている女だ。
フレイザートのいいようは、「その女がスパイかもしれない」のだから当然だ。
もちろんナシェルも、その可能性は考慮していた。
取り急ぎの確認作業は終わったが、フレイザートは兄王の側に妻という立場の女が増えることも許せないのだろう。
ナシェルはそう想像する。
そして「事案を対処するために考慮しておくべき点」であるとも認識した。
「おまかせください。義姉上のお心を乱さぬよう、配慮いたします」
フレイザートの心労を増やすことは国益に反する。
彼女は実質的な女王で、彼女の采配なしにこの国は動かないのだから。
自室に戻ったナシェルは、
「確かに異国のかたには申しわけないが、余っている離宮にでも引っ込んでいてもらおう。兄上にも会わせないほうがよいだろう。幸運にも兄上は、異国の人に執着しているわけではない。そもそも白い肌の女は好みではない。兄上にとっては、国王同士のやりとりのひとつでしかないのだろう」
そう考え、すぐに指示を出した。
こうして異国から嫁いできた第七夫人は、結婚相手のレイムラム国王イムラム三世と面会することなく離宮に閉じこめられることになった。
彼女は第二王子が考えるような「他国のスパイ」ではなかったが、当然の配慮としてナシェルは、彼女に監視をつけることにした。
かつて兄王を襲い、その結果としてフレイザートを子の産めない身体にした暗殺者の一族は、今ではフレイザートの子飼いだ。
フレイザートの子飼いという括りではナシェルもその一族と同様であり、一族に仕事を依頼をするくらいはできる立場にある。
「第七夫人を監視して連絡を入れろ。危険人物である場合は、静かに処分してかまわない」
その依頼は即座に実行され、第七夫人は「妹のような召使い」になりすました監視者を得て、彼女の描く童子の裸体絵に気持ちの悪い思いをすることとなった。
3
ナシェル第二王子は王宮の廊下で、家庭教師を連れた第七王子のクシャルとすれ違った。
ナシェルの姿を見て膝を折りかしこまる家庭教師と、少しおびえたような顔をするクシャル。
クシャルはもうすぐ11歳になろうというのに、2歳年下の第八王子ゼルファミルよりも幼く見えてしまう。
ナシェルは、
(クシャルはいつまでも幼子のようで愛らしいな。ずっとこの姿でよいのだが、そんなわけにはいかないだろう。寂しいものだ)
と思ったが、声に出しては、
「クシャル。先生のことを疑うことなく、よく励みなさい」
と、厳しい口調で弟につげた。
「は、はい。ナシェル兄上」
ナシェルにとってクシャルは可愛い弟で、いや、弟たちはみな可愛いのだが、それでも素直で子どもっぽいクシャルは、ナシェルの「可愛い弟ランキング」の1位に君臨していた。
その夜。
妻のレミアスと軽く「仲良し」を終えたナシェルは、
「クシャルは、私を恐れているのか? どう思う、レミアス」
ベッドの中で、自分と同様に裸の妻にたずねた。
「そうですわね、ナシェルさまはお顔がおそろしいですわ。目つきが暗殺業のかたのようですし」
そういって微笑む妻。
なんだそれは。お前は暗殺業のかたを見たことがあるのか。
そう思うが、反論できる根拠がない。
確かに自分は表情が険しいし、目つきもきつい。
「お前はそういうところが可愛げがない。改めるように」
つい、思ってもいないこと口にしてしまう。
妻は可愛くて仕方がない。
昔からだが、妻以上に愛らしい女性は見たことがないし、そもそもこの世界に妻以上の女がいるとは思えない。
だがナシェルは性格的になのか、好きな人にほどきつく当たってしまう。
自分でも悪癖だと思うが、ついそうなってしまうのだ。
「わたくしは好きですよ? ナシェルさまのお顔も目も。その蔑まれたような視線をいただけると、ゾクゾクしてキュンとなります」
ナシェルの目を覗きこむ妻が、自分から深いキスを求めてきた。
ナシェルは妻の想いを受け取り、自分へと伸ばされた舌に自らのそれを絡める。
妻は偶然にもナシェルと同じ日に生まれた従妹で、幼いころはともに暮らしていた幼馴染だ。
生まれたときからずっと一緒で、変わることなく可愛くて愛おしい存在。
恥ずかしくて照れくさいから言葉にしたことはないが、ナシェルは妻を「本気で素直に愛して」いた。
国と妻とのどちらかを選択しろといわれれば、一秒も迷わず妻を選ぶほどに。
顔にも態度にも言葉にも出せないが、それでもナシェルにとってこの世界での一番は、国でも弟たちでもなく、こうして唇を重ねている妻だった。
自分を理解してくれる妻。
自分に恐れの目をむけたことのない妻。
ただひとりの、絶対的に愛おしい人。
多少の息苦しさに、妻の激しいキスを避けるナシェル。
「そんなにされると、襲ってしまうぞ」
妻はニヤッと笑って、
「襲っていただきたいので、こうしてますのよ?」
「それでは、お前が襲っているのではないか」
ナシェルの反論に妻は、
「どちらでもかまいませんわ。することは同じでしょ?」
夫の顔を自分の乳房に埋めるようにして抱きついた。
◇
第七王子のクシャルが、11歳を迎えた。
しかし彼は年齢にしては幼く見える。
身体も小さく、考え方も幼稚だ。
愛らしい弟が愛らしい姿のままでいてくれる、どこに不服があるだろうか。
兄としてのナシェルはそれでも構わないのだが、弟の将来を考えるとそうもいかなかった。
離宮に放りこんだ異国の人。
兄王の第七夫人。
一応監視はしているが、上がってくる報告によるとただの小娘だ。
年齢的には大娘かもしれないが、それにしては考えが幼い。
「甘やかされた令嬢でしかない」
ナシェルは判断した。
この人に危険はない、と。
だが一応、弟に……クシャルに彼女の様子を伺ってきてもらおう。
この弟は兄弟の中で、人を見る目に一番優れていると思われる。
宮廷内では恐れられているフレイザートにもなついているし、物腰は丁寧だが裏でやましいことを企んでいる貴族は嫌って避けている。
人の本質を見ることに長けているのだろう。
さすがは我が弟だ。素晴らしい、そして愛らしい。
離宮の第七夫人は、上がってくる報告書からはそれほどの人物とは思えない。
害のない「よいご婦人」ではあるのだろう。
とるにたらない人物であるのなら、そのほうがいい。
だが、「とるにたらない自分を演じることができる女優」であるのなら、それは警戒すべきだ。
クシャルに経験を積ませるためにも、弟を第七夫人と接触させてみよう。
第七夫人に怪しまれないよう、クシャル側に王宮を離れて離宮に避難する必要ができたとするのがいいだろう。
ナシェルは「クシャルに付けている信頼できる執事」を呼び出して、指示を与える。
自分が打った策。
その結果、七年ほど後に第七夫人が自分の「義妹」となるとは、ナシェルは想像もしていなかったが。
「努力だけでどうにかなるものではないが、王族の位は努力もしない者が居座っていてよい地位ではない。理解しなさい」
そう言葉を与え第七夫人の元へと弟のクシャルを送りだしたナシェルだったが、その弟は兄の言葉を理解したような顔はしなかった。
そもそも兄の言葉は意味不明であったし、弟に責はないのだが。
ナシェルがそのことを妻に話と、
「旦那さまのおっしゃりようは、幼い弟王子さまがたには伝わりにくくございますよ?」
との返答だ。
妻がいう幼い王子さまがたとは、
「第六王子、13歳のザッテル」
「第七王子、11歳のクシャル」
「第八王子、9歳のゼルファミル」
のことで、ナシェルにとってみな愛らしい弟たちだったが、だからこそ甘やかすわけにはいかなかった。
この国は「勇者」が建国した国だからか、国民は王家に「強さ」を求める傾向にある。
兄王は弟たちに関心が薄い。
ないとはいわないが、薄い。
ならば次男である自分が、
「弟たちを良い方向に伸ばしてやらないといけない」
ナシェルはそう思っていた。
そして彼の妻は、
「旦那さまがそう思うのは自由ですが、弟君たちは迷惑かもしれませんわよ? ですが弟たちのことに必死になる旦那さまは可愛いらしいですから、このまま観察させていただきますけれど」
と思っていた。
4
第七王子のクシャルが第七夫人のもとに到着したという報告があった、その日の午後。
ナシェルは王宮の中庭で剣術の稽古に励む、第八王子のゼルファミルの姿を目にした。
ゼルファミルには、王国第一騎士団の団長自らが剣の稽古をつけている。
末弟のゼルファミルは未だ9歳と幼いが、兄弟の中では一番、剣術や武術の才能に恵まれているだろう。
必死で剣術の稽古に励んでいた幼いころのナシェルと比べても、ゼルファミルは一段も二段も上に到達している。
ナシェルはかつて交わした、王国第一騎士団の団長との会話を思い出した。
王国随一の騎士である彼でさえ、
「ゼルファミル王子は、建国王の生まれ変わりかもしれません。凄まじい剣才をお持ちです」
との見解を持っていた。
「ふむ」
騎士団長の意見に、
(さすが我が弟。すごいな、お兄ちゃん関心しちゃうよ)
と感じたが、それを表情にも態度にも出すことなく、
「それは、我が国にとって有益に働くものか。弟が危険な存在になるのなら、私はそれ相応の手を打たなければならない」
妻を第一に、国を第二に考えるという「自分にかした制約」のため、ついそういう反応をしてしまうナシェルだが、本心では末弟の才能を伸ばしてあげたいという思いがあった。
「少し気になるところといえば、ゼルファミル王子は冒険心に溢れたかたでもございます。このまま成長を続けられますと、いずれは国を出て諸国を回りたいとおっしゃる可能性が大きいかと」
「そうれは、自分がそうだったからか、騎士団長」
「はい。自分にゼルファミル王子ほどの剣才はございませんが、冒険心は負けておりませんので」
第一騎士団長は長い冒険生活を経てこの国へと来訪し、前代王が懇願して騎士団長に収まってもらった人だ。
剣の才能を持ち冒険心に溢れた者同士、騎士団長と末弟には通じるものがあるのだろう。
建国王は、もともと冒険者であったという。その冒険の中で「勇者」と呼ばれるようになり、多くの人の支持を得てこの国を作ったと。
ゼルファミルに建国王の血が色濃く出ているのなら、冒険へと焦がれるのは仕方ないことかもしれない。
なるべく、弟たちの自由にさせてやりたい。
ナシェルはそう思う。
もちろん、国に問題が出ない範囲でだが。
剣の稽古に励む自分へと向けられるナシェルの視線に気がついたのか、
「ナシェル兄上っ!」
ゼルファミルが稽古を中断して声をかけてきた。
楽しそうな、嬉しそうな末弟の顔。
ナシェルも嬉しくなったが彼の表情はなにも変わらず、他人には不機嫌とも感じられる形のままだった。
「兄上、ひさしぶりに稽古をつけていただけませんか」
弟からのお願い。
(そうだな、どれほどの腕前になったか見てやろう)
剣の才能があるとはいえ、ゼルファミルは9歳だ。
まだ自分ほうに分があるだろう。
そう考えて、
「よいだろう。兄が軽く見てやろう」
「はい、ナシェル兄上。ありがとうございます」
ナシェルがゼルファミルに近づくと、騎士団長が模擬剣を渡してくれた。
刃が潰されているとはいえ、まともに当たると危険な物だ。
「ご無理はなさいませぬよう」
騎士団長の表情と口調は、明らかにナシェルへと向けた心配が含まれていた。
(それほどなのか? ゼルファミルは)
ナシェルはそう思いながら騎士団長へと頷きを返し、
「ケガをされると困るからな、まずは軽く撃ち合おう」
末弟へはそうつげた。
「わかりました。ではッ!」
ゼルファミルの模擬剣がナシェルの模擬剣の先に触れ、小さく鳴った金属音が稽古の開始を宣言する。
次の瞬間には、
ギンッ!
ナシェルの剣が強く弾かれていた。
彼が剣を手放さなかったのは、弟が「軽く撃っただけ」だからだろう。
正面にいるはずの弟へと意識をむける。
だがそこに、ゼルファミルの姿はなかった。
次いで右側面に防御を回したのは偶然だった。
ナシェルがこれまで続けてきた訓練の成果でしかない。
とても9歳の剣戟とは思えない重さをなんとかいなし、後ろへと距離をとるナシェル。
軽口をたたく余裕はない。
未だ10歳にもならない末弟は、圧倒的な強さを見せた。
変化自在な剣筋は正当なものではないが、「ここが正解」という箇所だけに剣先が流れてくる。
まるで、剣を動かすべき流れが見えているかのように。
凄まじい才能。
騎士団長が「建国王の再来」というのも頷ける。
ガキンッ!
末弟からの激しい打ちつけに、ナシェルの剣が手から離れる。それは当然の結果だったろう。
弟との稽古は50秒にも満たなかっただろうが、彼は疲労しきってきた。
「兄上、お疲れのところをもうしわけございませんでした」
剣を手放した兄に、末弟が頭を下げる。
稽古の前は疲れていなかった。
それに、本気だった。
(すでに私は、ゼルファミルにとっては格下なのだろう)
悔しさよりは嬉しさが勝っていた。
弟の才能が素直に嬉しかった。
だかナシェルは弟に、
「うむ、私こそすまなかったな。万全で相手をしてやりたかったが、このところ忙しくてな」
精一杯に強がってみせた。
自分が落とした模擬剣を拾う騎士団長に視線をむけると、彼はナシェルに「だからいったでしょ?」というような顔をする。
ナシェルは軽く頷いて、
「騎士団長に学び、よく励みなさい」
ゼルファミルに言葉を残すと自室に戻って、疲労困憊の身体を椅子に沈めた。
(えっと……なんだったかな? 次は、何をしないといけなかっただろうか……)
彼がやるべきことは多い。
だが、彼にできることは少ない。
結局は有能な義姉に従い、ぶら下がっているだけ。
これでは兄王と同じだ。
「面倒だな……」
その呟きは誰にも届くことなく、言葉通りの空気が彼を包みこむ。
弟たちにはとても見せられない、疲れきった顔をするナシェル。
それは、数分後飲み物を持ってきてくれた妻の笑顔によって、彼の気力が回復するまで続いた。
End