Black Lily 8
展示会当日、由利は出展ブースでSNSを開き展示会の写真を投稿していた。
「SNS発信っと……。今までの投稿、全然閲覧伸びてないなぁ」
画面をスクロールさせ、ため息をつく。
行き当たりばったり感があり、マーケティングの勉強をしたいと思っても由利にその余裕はない。
心とはウラハラに、何も身にならない現実に削られる思いだ。
「今日、たくさん見に来てくれるといいな」
けれどもフェアで人気なのは有名工芸品のブースばかり。
体験も気軽に出来て、まるでエンターテインメントであった。
漆器は体験に不向きで、他の工芸品と比べてもリーズナブルとはいえない。
グッズなどを展開してみても素材と手間暇はコストに見合わなかった。
「ちょっといいですか?」
「はい! どうしましたか?」
それでも見てくれて、良さをわかってくれる人はいる。
前を向こうと笑顔をはりつけて声へと振り返った。
少し大きめのジャケットを羽織った若い男性だった。
「この漆器なんですけど、いくつかお借りして使うことは出来ますか?」
「借りる?」
「歴史ドラマの撮影で豪雪地帯で汁物を口にするシーンがあるんですけど、それでこの漆器を使わせていただけないかと」
今は色んな宣伝方法が増えたが、やはりまだまだテレビメディアの力は大きい。
一定の年齢層にとっての主要メディアはテレビだからだ。
人の目に触れることが出来る。
ーーまだ、頑張れるんだ。
「もちろん、素敵なお話ありがとうございます。 ぜひ具体的なお話を出来ればと思います」
それから応接スペースに席を移し、貴利も呼んで打ち合わせをはじめる。
相手は大手テレビ局の制作会社で働いている方で、地元テレビ局の紹介でこの展示会に足を運んだとのことだった。
監督をされる方が展示会ホームページを見ていたときに、『黒咲 輝利の漆器』が目に止まったそうだ。
「それで急ではありますが、この日に撮影を予定しておりまして納品は……」
「参ったな。その日、私は先約があり外出して」
「オレが運ぶよ」
このチャンスは逃してはならない。
由利は何がなんでも食いつきたいと、身を乗り出していた。
「大丈夫、普段から運転はよくしてるから車に積んで運ぶよ」
「ありがとうございます。 では改めてまたご連絡いたしますね」
訪れたチャンスに由利は目を輝かせる。
ーーもっと頑張ろう。
輝利の作った世界はいつだって由利に光を魅せた。
***
展示会を終え帰宅した由利はベッドの上で仰向けになり、嬉しそうに口角をあげていた。
「思うほど販売まではいかなかったけど、仕事に繋がった。ドラマとかで使うって、そんなこともあるんだ。販路拡大にならないかな?」
スマートフォンのメッセージを眺めながら軽い指使いで返事を返していく。
一つ一つ返していき、やがて高校時代の友人である拓司にいきついた。
「えっ!? 彼女が出来た!?」
高校生になってからやたらと彼女欲しいとボヤいていたが、念願が成就したというわけだ。
先を越されてしまったことに由利は苦笑いをし、拓司の喜ぶ姿を想像してすぐに表情を綻ばせた。
「浮かれてるなぁ……。ちゃんと勉強はしてるのかなぁ?」
ふと、思い出すのは高校時代の淡い恋。
誰にも言わなかった由利だけの想い。
身体を起こして机の上にいつも置いている七色の石を手に取る。
角度を変える度に色も変化する石。
結局、この石は何かわからないまま、それでも由利にとって特別なものとなっていた。
「……この石があるから頑張れる。 星祭り、楽しかったな」
誰かを頼る。
それが出来ない由利にとって、自分が叶えたい夢をみんなが手伝ってくれた貴重な思い出。
人の顔色ばかりを伺ってがんじがらめな由利の願いを全て体現してくれた女の子。
夜空で絶対的に寄り添ってくれる月のような笑顔。
豊かな表情はそれこそ七色の石だった。
「頑張ればちゃんと上手くいくんだ。 あんなにすごいことが出来たんだから」
そこで思い出す。
星祭りの結末を。
「……元気かな? 時森、倒れたあとすっかり記憶なくしちゃってた」
(あー、だめだ。モヤモヤする)
あの日、覚悟を決めたはずの想いは不完全燃焼となった。
内に秘めるしかなくなり、いまだに胸の中で燻るどうしようもない心。
何年経過しても色褪せない拗らせた男。
「くそ、寝よう」
この想いはいつか昇華されるのだろうか。
残ったままだと由利の末路は魔法使い。
男としてなんとも言えない状態に火を吐きそうだった。
「……星祭りのことも進めないと。石はなんとかなるとして、運営サイドだよな。星の女王役だって……大丈……すぅ……」
落ちていく。
久しぶりに月に抱かれて優しい眠りにつけていた。




