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Black Lily 6

***


それから何年も経過し、由利は高校を卒業し、家業を継いだ。


少し気になっていた女の子には告白出来ず。


彼女は街を去ってしまった。


輝利の形見である望遠鏡で星空を観察することが由利の趣味になっていた。


星になった輝利に会えた気分になり、ボーッと見上げるのが癒しだった。


普段は色んなことを考えすぎて頭がパンクしそうになるが、この時間だけは全てを手放せた。


そういえば彼女は夜空でも目立つ月のような女の子だったなと思い出す。



(また、会えるよな?)





***



「今年の星祭りを縮小!? なんで!? 去年はあんなに盛り上がったのに!」



最初に訪れたのは由利が唯一、成功体験で自信をつけていた星祭りの縮小話だった。


貴利がため息をつきながら漆黒の瞳で由利を見る。



「誰が運営出来るんだ? 去年はそれだけ無償で盛り上げようとした人がいた。それだけのことだ」


「だからオレが出来ることはオレがやるから! 星の女王役も探す! ホームページの改修やポスターだってなんとかするから!」


「仕事はどうする?」



問い詰める言葉に由利は答えられない。


更に深いため息をし、片手で頭を抱えて貴利は現実を口にする。



「従業員に給料を払わないといけない。仕事をとってこないといけないんだ」


「……仕事っていったって、下請けばっかじゃん。全然、本職の器造りが出来てない……」


「それで星祭りが出来るか? やることは他にもあるんだ」



漆を使った器の中で、なかなか世に出る機会は少ない。


金で絵付けされたものや、手に取りやすい箸やキーホルダー。


そういったものの需要はあるものの、ふたご町が原点となる器は木と漆の塗りを特徴とする。


世の中で求められる華やかなものではなく、素朴で厚みのある塗りが演出するものだ。


『黒咲 輝利』の椀として有名ではあるものの、それは界隈での話。


一般的な伝統工芸の需要としては購買者が少なかった。


販売をしてくれる業者が頼むのは、気軽な伝統工芸品。


そちらに職人をまわしており、由利はその中で細々とした事務作業などに追われ、ほとんど器造りに触れる機会がなかった。



「うちは創業から長い。土地もある。だから仕事がもらえると理解しなさい」



貴利の発言が最もなこともわかるが、由利は返事が出来なかった。


焦りと葛藤があり、まだ未成年の由利には現実を認めることが出来なかった。


荒々しく部屋を飛び出し、扉を閉める。


輝利の書斎の面影をなくした部屋は、由利の悲しみが満ちていた。



***


二階の角に位置する由利の一人部屋。


パソコンと向き合っているとき、ふと画面右端に表示された時間が目に入る。


日にちが跨りそうな時間になっていたことに、由利はため息をつきパソコンの電源をおとす。


スマートフォン片手にベッドへと寝転び、メッセージのやりとりを追いかけていく。



「……みんな、楽しそうだな」



ポツリと呟かれた言葉は、部屋に溶け込むだけ。


同級生は県外・県内の大学などに進学し、町にはほとんど人が残らなかった。


あれだけ友達がいたというのに、卒業してからは時間が合わなくなって疎遠になっている。


懐かしく思いはするものの、今の由利にはそれを考えている余裕もない。



「切り替えなきゃ。まずは家のことなんとかしないといけないから。器の良さを広めて、町のイベントも……盛り上げれば、きっと……」



すぅ、と瞼が閉じて眠りに落ちる。


色んなことを考えすぎて疲れきっており、着替えることも出来ずに電気をつけたまま朝を迎える。


何度も夢を見たような気がしたが、起きるとすぐに忘れていた。



***


すぐ隣に立つ作業場となる建物で由利は忙しく動いていた。


器の芯となる木地の材木を運び、これから自然乾燥をさせていく。


何度も削っては自然乾燥を繰り返し、長い時間をかけて器の形となる。


木の性質ごとに合わせた作業をしなくてはならないので、熟練した技術が必要となる。


漆を塗りはじめるまでの工程まで根気強く木目を見つめ続ける。


木地造りから器として完成に至るまで、全てを担っているため覚えることは多かった。


ゆえに『黒咲 輝利』の作品は希少価値があり、究極の逸品と評されることが多かった。



「由利くん、これも運んでおいてくれないかな? 腰が痛くてねぇ」



職人は何人もいるが、多くが『黒咲 輝利』に憧れてやってきた。


目の前の老人は職人歴も長く、卓越した技術を持っている。


だがカリスマ的存在だった『黒咲 輝利』と比較され、スポットライトを浴びることはなかった。


それでも器と真摯に向き合う姿は本物であり、由利はその背中が好きだった。



「わかりました。 あ、そうだ。ちょっと相談が……」



由利はシャツの袖をまくり、腕を出す。



「最近、漆かぶれが治らなくて……」


「お前さんは肌が繊細だな。それに最近のお前さんはつまらないものばかり作る」


「……それは」


「貴利さんはイマイチ技術センスがないし。やれやれ、なかなか困ったもんだな」


「……これ、運んでおきますね」



老人の言葉に由利は目をそらし、頼まれた荷物を運び出す。


悪いことを言われたわけではない。


ただ、作品を作るたびに作るワクワクを失っていく。


比例するように漆かぶれが出来始め、気づけば治りにくい状態が続いていた。


追われる日々は無自覚に、由利を蝕んでいた。


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