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5.引きこもりと禁忌技術:2120年2月7日

 『黄李族誅』の二次創作『死が二人を繋ぐまで(仮題)』の制作をはじめて、10日が経過した。

 創作活動は順調に停滞している。いつものことだよ!

 理由はわたしにある。

 『死が二人を繋ぐまで(仮題)』制作には、本来は『ロミオとジュリエット』的な形で死亡するはずの黄家の娘レミと李家の嫁フォウを、正史オフィシャルが救う気になってるので、「すれ違い心中を完遂してこそレミフォウ」を世に知らしめたい動機がある。

 今もわたしの動機エンジンにブレはない。

 しかし、創作のためにレンタルした調停AIミーディエイターと予備的な会話をはじめたところで、わたしの中に看過しえぬ違和感があることが明らかになった。

 この違和感を放置して制作を始めては、脚本や振り付けの外注でトラブルになる。

 ここ数日は、『黄李族誅』を見直したり、史劇のモデルとなった“豚飼い”について調べたりして過ごしている。

 わたしは勉強が好きだ。

 自分の中に知識を蓄え、溜めた知識の圧で思考が変成する感覚が好きだ。自分という人間がこの世界に生きている実感がある。


 勉強するにつれ、何がわたしの中で違和感となっているかが、みえてきた。気がする。

 傲岸不遜唯我独尊な他の“豚飼い”に比べ、あまりに黄李両家の人々が普通すぎるのだ。

 心が摩耗して折れたセン・ファンをはじめ、皆が繊細だ。レミとフォウも、密かに互いに思慕を抱き、ついにはすべてを捨ててその思いに殉じることとなる。

 もちろん、ドラマの登場人物であるから、現実の人間とは違う。

 それにしても他の“豚飼い”との差が極端すぎないか、とは思う。

 さらに調べていくにつれて、“豚飼い”が駆使した禁忌技術バノロジーのひとつが浮かび上がってきた。


 自我強化。


 言葉の通り、己の自我を強化してタフになる技術だ。

 言うまでもないが、洗脳の一種である。

 興味深いのは、この洗脳を“豚飼い”たちが自分たちに使用していたことにある。

 自我強化が本格的に使われたのは、アメリカ大統領選挙だとされる。

 長い選挙期間中、全米を駆け回って支持を呼びかける大統領候補にとって、何よりの懸念材料は自分自身のメンタルだ。大統領候補になるくらいの人物だ。金が尽きても打つ手はあるが、心が折れればそこまでだ。


 そして第57代アメリカ大統領のジョン・ロジャース大統領こそは、自我強化型政治家のひとつの到達点だった。大学生の時にロジャースは政治家の道をこころざし、そのための援助を上院議員だった李家の当主に求めた。

 誠実で優しいロジャースは、出会った誰もが好きになってしまうタイプの青年だった。

 李家の当主は、懇意にしている黄家の当主に、ロジャースを紹介した。

 ワクレン・ファン。当時30才。先行して市場を独占する大企業を駆逐してシェアを広げることから“野火ワイルドファイア”のあだ名をつけられた天才だ。

 ワクレンとロジャースはすぐに意気投合した。ワクレンはその性、狷介であったが、ロジャースに対してだけは胸襟を開いたという。


「キミのうつわは議員には向かないな。キミは大器というより、底の抜けた人格だ。人望を集めれば集めるほど大きくなるだろう。政治家になるというなら、アメリカ大統領を目指したまえ」


 当時はまだ大学生だったロジャースは驚いた。

 驚きはしたが、瞳に強い輝きを宿らせてうなずき、ワクレンを見た。


「アメリカ大統領ですか。なりたいです。ぼくは亀裂が広がり続けるこの国をひとつにまとめたい」

「そうか。だが、キミがアメリカ国民の願望と欲望、希望と絶望、4億人の相矛盾する清濁ことごとくの望を受け入れる器となりたいのなら、キミはまず己の器を強化せねばな。どれだけの望を受け入れても砕けぬ自我が必要だ」

「望むところですよ」


 ロジャースとワクレンは刎頚の友となった。

 ……どうでもいいけど伝記作家って、こういうその場で見てたかのようなエピソードをどこから集めてくるんだろうね。

 ワクレンの医療チームがロジャースに施した自我強化は、誠実で優しいロジャースを、誠実で優しいまま医療チームが主張するところの“ヴィブラニウムのハート”の持ち主にした。

 2077年に第57代アメリカ大統領となったロジャースは、その中にワクレンも所属する超資本家階級──人豚事件が発覚して彼らが“豚飼い”と呼ばれるのは、22世紀になってからだ──とは対立する立場だった。世界中の富と頭脳を吸い上げ暴走を続ける超資本家階級の動きを、ロジャースは任期中に何度も止めようとした。

 だが、そのことでワクレンがロジャースを恩知らずと面罵することはついぞなかった。


ロジャースはアメリカ国民4億の思いを入れた器だ。私との友情は不変のまま、私に正面から立ち向かうからこそ、彼は“キャプテン・ロジャース”なのだ。彼はああでなくてはいけない。彼は私の最高傑作のひとつだよ」


 ロジャースが2期目の途中に暗殺されるまで、ワクレンはロジャースを支持し続けた。

 その一方で、ロジャースが斃れ、ロジャース一人で支えていた政権が機能不全を起こすや否や、親友のやってきた政策のすべてを叩き潰したのも、ワクレンだ。男同士の友情というものは、そういうものなのだろう。そそる。


 ワクレン以外の“豚飼い”にとっては、ロジャースを大統領に押し上げた自我強化技術は、危険なものと映ったようだ。以後、自我強化技術は“豚飼い”専用となる。

 ロジャースの自我強化が、誠実で優しい性格のまま、彼をアメリカ4億の民の器としたことを思えば、“豚飼い”の自我強化が何をもたらしたかは想像がつく。

 自我強化された“豚飼い”は、地球100億の人々の怨嗟の声を物ともせず、富と力の独占に邁進したのだ。

 となれば、“豚飼い”が破滅したのは必然であった。

 怖くないから平気と言ったって、危険そのものはなくならない。


「祇園精舎の鐘の音。盛者必衰の理か……禁忌とされるわけだよ」


 だが、わたしのような心の弱い引きこもりにとっては、ちょっと……かなりひかれる禁忌技術バノロジーである。

 もしも、わたしが自我強化できれば……他人の目を気にすることなく、ぐいぐいと周囲の人の輪に踏み込んでいって……嫌われても平気で……え、それまずいのでは。


「うん。破滅する。やめよう」


 わたしは苦笑した。

 ついでに“豚飼い”の禁忌技術のリストなるものを引っ張りだしてながめる。

 10年前に“豚飼い”とともに消えたものも多く、真偽があやふやなものも多い。

 腸内細菌叢を知性化させて宿主と人格を融合させる、腸人計画。名前はウソ臭いが、今も新たな論文が発表されてるから、完全なフェイクではなさそう。

 過去と未来にリンクを結んで情報を過去へ、あるいは未来へ送る、異泡点。ひょっとして、これタイムマシン? タイムパラドックスとかどうすんの?

 銀河播種。人格を情報化して恒星間播種船にのせ、新たな新天地を目指す。ドラマ『黄李族誅』でおかしくなったセン兄さんが奥さんや娘の脳を電子的に細断してやろうとしたやつだ。ドラマ内では恒星間播種船の建造は間に合わないから、月のロボット都市に送信しようとしてた。

 自我強化も含め、どれもこれもヤバそうだ。

 だが、本当にヤバいのは、そこではない。


「全部、ワクレン・ファンが中心にいる……こいつ、何者なんだ……」


 二次創作のための勉強をしている間に、わたしはすっかりワクレンという謎めいた人物の虜となっていた。


「……おっと。もう20時すぎだ」


 睡眠ろうどう時間が迫っている。

 わたしは、バディに調べ物の指示をだして、ベッドに横になった。

 眠りに落ちる寸前、両親のことを思い出す。

 もしもわたしが自我強化されていれば、わたしは今も両親と……いや、やめよう。

 過去が変えられたとしても。

 新たなわたしが幸せになったとしても。

 それで今のわたしが消えてしまっては。

 今のわたしが哀れすぎるじゃないか。


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