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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第一部《ミズガルズ編》第1章 ユミルの街
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第7話 新しい家族

第7話をお送り致します。


今回はこのお話のマスコットキャラの登場です。

違和感が拭えないとは思いますが、今後説明してゆく予定ですので……。


よろしければお付き合いください。

 ようやく被害現場のブオリ村に到着した俺達は、事前に許可を貰っていた村長宅を拠点に行動を開始した。村の規模はざっと三十戸ほどだろうか、村を軽く一周してみたが魔物の影はなく閑散としている。

 周囲には魔物の進入を防ぐため柵が立てられており、日常的に被害があった事が容易に想像できた。

 一件そこまで被害がないように思える光景。

 だが荷馬車のお爺さんが悔やんでいた、連れて来られなかった家畜が前情報ではかなりの数が居たはずなのに、一匹も見当たらない事が被害の多さを物語っている。

 どうやら魔物化した熊は人の手が入っていない山々に住み着き、人里に下りて来ているようだ。


「どうする?」


 単純な戦闘力ではともかく、知能戦となるとこの世界の人間である彼女の意見を尊重した方が正しいだろう。

 山の頂上をジッと見つめていた彼女は、踵を返すと村中の方へ戻ろうと言ってきた。


「こちらから山中へ分け入るのは危険です。山は彼らの領域ですから。まずは熊の魔物がどれほどの物なのか村で待ち伏せてみましょう」


 俺もその意見に賛成だった。ブオリ村にあまり損害を与えたくはないが、自分達が殺されてしまっては元も子もない。それに平地の方が竜形態になった俺には有利だ。


「人気もないし、俺も思いっきり暴れられるな」


 胸の前で拳を手のひらで掴みながら呟いた俺に、彼女は「コウキ様の頑強さは承知していますが、油断は厳禁ですよ?」と苦笑していた。

 まあ、今から緊張していたら本番までに疲れてしまう。俺達は一旦村長宅に引き返し、夕飯の準備を始めるのだった。


 異変が起きたのは深夜、誰もが深い眠りに付いているような時刻だった。

 俺の聴覚は実際それほど良い訳ではない。その代わりに非常に鼻が効く。

 当初は街に居ると余りの生活臭に鼻を曲げていたが、大自然に囲まれた村では敵襲を感知するのに大活躍なのだ。

 その俺の鼻が異変を感知した。何やら肉の腐ったような生臭い匂いがするのだ。その匂いに目が完全に覚めた俺は隣で静かに眠る彼女を揺り起こした。


「起きて。どうやらお客さんのご登場だよ?」


 俺の声に敏感に反応した彼女は、音を立てないようにゆっくりと体を起こした。


「どの辺りにいるか分かりますか?」


 事前に彼女には俺の鼻の鋭敏さは話してある。俺はゆっくり目を閉じると、鼻に漂ってくる異臭に神経を集中した。


「まだそれほど近くには来ていないな……村の外周にある柵を乗り越えた辺りだと思う」


 常に警戒する為か、彼女は就寝する時も防具は身につけたままだ。

 素早く剣を腰に付けた俺達はゆっくりと家を出た。

 相手も野生動物なので物音には敏感だろう。出来るだけ物音を立てないよう慎重に移動する。

 人を襲う魔物と化しても動物は警戒心が強いままらしい。姿も見ずに逃げられてしまっては事態は進展しないのだ。

 ゆっくりと村の外を覗うと大きな影が見えた。

 どうやら畑に残っている作物を漁っているらしい。

 真夜中なのもあって月明かりが照らしてくれなくては良く見えないが、作物を噛み砕く音だけが不気味に村中に響き渡る。


「熊にしては変ですね……」


 彼女が囁き声でボソっと言った。


「変? どこが……?」


「元々熊は雑食性です。なので作物も食べますが、魔物化した熊は肉しか食べないと言われているのです。それに子供でしょうか……? 熊にしては小さめに見えます」


 改めて前方の影を覗き見ると、聞こえてくる咀嚼音は「バリボリッ」と間違いなく野菜系の軽い音だった。だがあの影はどう見ても熊にしか見えない。

 が、その時だった。

 暗い視界の中で目を凝らして観察していた俺達の周囲が突然、明るくなったのだ。

 空を見上げてみると月を隠していた分厚い雲の流れが途切れ、月明かりと共に満月が姿を見せた。

 

 そして……驚愕と共に俺の口が開いたまま塞がらなくなった。


「ぱ、パンダ?」


 あまりに意外な目の前の光景に、俺は頭が真っ白になった。

 熊なのは間違いなかったのだが、その毛色は黒と白のツートンカラーでとても愛くるしい。


 どこをどう見てもパンダだった。


 なんでこの世界にパンダがいるんだ? この世界は北欧神話の世界が色濃く出ているのは以前話したが、ご存知の通りパンダは中国の動物である。

 だが目の前の動物は転生前の世界でよく見る人気者の姿にそっくりだ。立ち上がれば人間の子供くらいの身長だろう。

 だが寝ている時に漂って来た腐肉のような異臭はあのパンダから発せられている。それは間違いない。

 しかしパンダといえば主食が竹というのが定番であり常識だ。


「パンダという名前なのですか?あの奇妙な熊は」


「あ、ああ。知ってる?」


「いえ、初めて目撃しました。おそらく神殿にある辞典にも載っていない個体でしょう」


 それはそうだろう。実は北欧にパンダが生息してました、なんて新発見があれば世界中がビックリだ。あ、異世界かココは。

 

「本来は草食の筈なんだけど……魔物化して雑食になったのか?」


「わかりません。しかし……可愛いですね」


 確かに地面に腰を下ろし、足を投げ出しながら両手で一心不乱に野菜を口に運ぶ愛らしさはTVでよく見ていた光景と瓜二つだ。

 彼女はこれから討伐しようかという存在に対して、女の子として正常な反応なのか目を輝かせている。

 まるで本来の目的を忘れているかのように。

 俺は目をキラキラさせている彼女に不安を感じ得なかった。


「ちょっとまった。可愛い魔物なら昨日も退治しただろ?ウサギの魔物とか」


「ウサギはどちらかと言えば食料として見る事が多いですから」


 確かに食堂の人気メニューにもウサギ料理があったな。

 なんて思い返している場合じゃない。パンダの可愛さに心奪われた彼女は、今にも無防備に飛び出しそうな勢いだ。


「だから待てって。見た目はともかく魔物化しているのなら此方に襲い掛かってくるかもしれない。ここは一旦落ち着いて……」


 俺が必死に彼女を宥めていると警戒するかのようにパンダの耳が此方に向いた後、食事を中断して此方に顔を向けてきた。

 そして不思議そうな表情で顔を傾ける。

 その仕草にもう彼女の心は限界をむかえた。


「こんにちは、パンダさん。ご機嫌いかが?」


 彼女は魔獣(?)の前に身を晒し、挨拶していた。


 これから討伐しようかという魔獣の前で実に和やかな声で挨拶をかました彼女に対して、魔獣のパンダさんは警戒する事もなく不思議そうな表情で見つめている。この悪臭も普通の人間である彼女には気にならない程度のようだ。

 こうなれば対策も何もない。真正面からの戦闘を覚悟して後に続いた俺だったが、その警戒心の欠片もなさそうなパンダの表情に拍子抜けしてしまった。


「あなた何処から来たの? お家はどこ?」


 まるで迷子を保護するかのような言い様だったが、彼女の心を野生の勘で感じ取ったのだろうか。魔獣はその気になれば鋭利な爪で斬りつけられそうな距離まで近づいた俺達を見つめながら寝転んでしまった。

 畑の土に体を擦り付けて実にリラックスしている。


「この子、本当に魔物化しているのか?」


 魔素を感じる術を俺はまだ持っていないので、彼女に確認してみた。


「はい。確かにこの子の体内には魔物と化すのに十分な魔素が宿っています。いますが、魔物化特有の凶暴さがありません」


 ついには頭に手を伸ばしてナデナデまでしている。

 訳のわからない俺達だったが、改めて臭いを探ってみると不審な点が見つかった。


「あれ? この臭い……口からじゃなくて体毛から臭っているな」


 肉食しているなら臭いは口内から漂いそうなもんだが、俺の鼻を刺激した腐肉のような悪臭は体毛から漂っていた。どういう事だ? 好き好んでこんな臭いを自ら付けるとは思えないが。


「そういえば、目撃した村人も山に戻っていくところを目撃しただけで、悪さをしている瞬間を見たわけじゃないんだよね?」


「そうですね……。実際に被害にあったのは家畜と畑であって、人的被害は出ていません」


 当初は村民の自主的避難が迅速だったので事なきを得たと思っていたが、どうやらこの案件は何か裏がありそうだな……と。ん?


――クサイ。ミズアビシタイ。


「え?」


 エダさん、事件です。このパンダの魔獣さん喋れるみたいです。しかも俺の頭に直接。



 幸いブオリ村の傍には村人が炊事洗濯に使用しているであろう小川があった。

 俺達はこの子に染み付いた臭いを落とすため、村長宅から小川に浴室道具を持ち出していた。


「なかなか落ちないな。この毛に絡み付いてるの」


「これはおそらくマツの樹液ですね。子供の頃、服に付けてしまいシスター長にお説教された事があります」


 松ヤニか。どうりで落ちにくいはずだ。村長の家から馬用のブラシをお借りしてブラッシングしているが中々落ちない頑固な汚れに苦戦している。


――ツメタイ。


「我慢してくれ。綺麗になったら暖かい家の中に連れて行ってやるからな?」


 俺の言葉にパンダの魔獣は大人しくされるがままになっている。了承してくれたようだ。

 

「私もパンダさんとお喋りしたいです……」


 羨ましそうな声で彼女が愚痴ってくるが、どんな理屈で会話できているかも分からないので教えようがないのだ。

 しかし夜の冷たい小川の水でいつまでも洗っていては風邪を引きかねない。俺が我慢できる程度まで臭いを落とした所で、寝所である村長の家まで連れていった。

 囲炉裏に火をつけ、布で濡れた体毛を二人がかりで拭いていく。フサフサの毛が完全に乾く頃には気持ちよくなったのか体を丸めて寝てしまったようだった。


「やっと一息つけるな……」


 大きくため息を付きながら囲炉裏の火に手をかざし暖を取る俺に、彼女は不満げに口を尖らせていた。


「さあ、どうやってパンダさんとお話しているんですか? 教えてください!」


 ズズイッと俺の顔に迫りながら問いただしてくる。

 これまでの彼女と違って、年齢相応の少女を思わせるその口調に俺は苦笑してしまった。

 啓示を受けてから今日まで心をずっと張り詰めていたのだろう。

 この世界で出会って初めて女の子らしい一面に出会った気がした。


「そう言われてもなあ……。口で会話している感じじゃないんだよな。頭に直接響いてくる感じなんだ。」


 最初に聞こえてきた声では、この子は口を動かしてもいなかったと思う。

 俺の要領の得ない感想に不満そうな彼女だったが、現状会話が成立するのは俺だけだと一応は納得してくれた。

 それにもう夜も遅い。ちゃんと睡眠をとらなければ明日の行動にも響いてしまう。


「明日はこの子をルオホ村に連れて行こう。ブオリ村の目撃者が見たのが本当にこの子なのか確かめないと」


 確かに魔素は体内に宿してはいるようだが、この大人しさなら俺達が傍に付き添っていれば問題ないだろう。

 彼女は俺の言葉に頷きながらも気疲れしていたのか、ふわふわの毛に抱きつきながら眠ってしまった。寝返りされて潰されなきゃいいけど。



 翌朝、朝日の光で目が覚めた俺は燃え尽きそうになっていた囲炉裏の火に薪を加えながら体を起こした。

 この子の毛が心地よいのだろう。彼女は昨晩パンダと一緒に寝転んだ時と体勢を変えないまま幸せそうに眠っている。このまま眠らせておいてあげたいが、そろそろ出発しないとルオホ村に到着するのが夜になってしまう。

 俺は心を鬼にして彼女の肩に手をかけた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 パンダの子と遭遇した日の夕刻。俺達は元来た道を戻り、ルオホ村に戻ってきていた。

 どの世界でも可愛い動物は子供と女性の心を掴むようで、パンダの魔獣[パンちゃん]は村の女子供に大人気だった。

 ちなみに名付け親は彼女だ。少々安易な名前とも思ったが彼女の嬉々とした迫力に抗う事はできなかった。

 村に到着して以来、地元の子供達はパンちゃんの周りではしゃいでいる。まあ、彼女が傍にいるので滅多な事にはならないだろうが。

 当の本人は村人からもらったクズ野菜に夢中だ。

 俺はその場を彼女に任せ、遠巻きで眺めているブオリ、ルオホ両村長に事情を説明した。


「あんな珍妙な獣は見た事がねえなあ……。ありゃほんまに魔獣なんかい?」


 最初は危険だと村の皆を離れさせていた村長だったが、危険はないと判断してくれたようだ。


「一応、体内に魔素が宿っているのは間違いないようです。ですが他の魔物化した動物と比べても凶暴化はしていないようですし……。ここは目撃者の方に見聞してもらった方が良いと思いまして」


「そうさなあ。そこんとこどうなんだ?」


 ブオリ村の村長が、第一発見者のお爺さんに話を振ってみる。


「あん時はもう暗くなってだし、よくわかんねえけども……。もうちっとばかしでかかったかもしんねえなぁ。それにダイコン食べる魔物なんて見た事ねえだ」


 目撃者のお爺さんも困惑しきりだ。


「俺達も試してはみましたが、あの子は肉を食べません。ですが村に残してきたという家畜がいなくなっていたのも事実です。おそらく他の魔獣の仕業でしょう」


 ――ママ、ヒツジタベタ。


 唐突に頭に響く声に俺は顔を上げる。パンちゃんが此方を向いてジッと見つめている。


 ――ニク、タベタコトナカッタ。イキナリタベタ。コワカッタ。


 どうやら魔獣化したのはパンちゃんの母親らしい。という事は俺達の討伐対象はパンちゃんの母親という事になる。


「オイオイ、勘弁してくれよ……」


 この後の騒動が容易に想像できる展開に俺は思わず天を仰いだ。

感想、評価を頂けると執筆スピードがアップします(笑)


もしよろしければお願い致します。


by mikami

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